発表者
渡辺 大智(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程学生・当時)
高橋 郁夫(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士研究員)
Jaroensanti-Takana Naiyanate(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程学生・当時)
宮崎  翔(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教・当時)
姜   凱(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教・当時)
中安  大(神戸大学 大学院農学研究科 生命機能科学専攻 研究員・当時)
和田 雅人(農業・食品産業技術総合研究機構 果樹茶業研究部門 リンゴ研究領域 主席研究員)
浅見 忠男(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
水谷 正治(神戸大学 大学院農学研究科 生命機能科学専攻 准教授)
岡田 和馬(農業・食品産業技術総合研究機構 果樹茶業研究部門 リンゴ研究領域 主任研究員・当時)
中嶋 正敏(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)

発表のポイント

  • リンゴの樹を円柱状に変える原因遺伝子としてMdDOX-Co(注)が知られています。
  • MdDOX-Coをシロイヌナズナで過剰に発現させると草丈が低くなります。
  • MdDOX-Coは酵素で、草丈の制御ホルモン・ジベレリンを枯渇させます。

発表概要

 自身が生理活性を有する活性型ジベレリンの作用により、植物は正常に成長します。さて、リンゴの遺伝子MdDOX-Coが本来と異なる茎頂で発現することで、樹形を円柱状に変化させると考えられています。しかし、そのメカニズムは不明でした。今回、実験植物シロイヌナズナ中でMdDOX-Co遺伝子を過剰に発現させると草丈が低くなる(矮化)こと、また、遺伝子産物MdDOX-Coは酵素としてはたらき、活性型ジベレリン前駆体であるGA12を前駆体になりにくいGA111へ変換することが原因となって以降の活性型ジベレリンへの代謝が進みにくくなることを明らかにしました。これにより、成長に必要な活性型ジベレリン量の供給が滞る結果として矮化に至る、と結論しました。なお、この研究成果はThe Plant Journal誌(2019年, IF 6.141)に掲載されました。

発表内容

図1 円柱状の樹形を示すカラムナータイプのリンゴ
カラムナータイプのリンゴは通常品種と比べて側枝の数が少なく、立ち上がります。また、その枝は太く、節間が短い特徴を持ちます。(農研機構提供)


図2 MdDOX-Co酵素活性がもたらすジベレリン生合成への影響
シロイヌナズナやリンゴでは通常、左側の経路(ent-カウレン酸→前駆体GA12→前駆体GA9→)を通り、主要な活性型ジベレリンであるGA4が生合成されます。MdDOX-Coが体内に存在すると、前駆体GA12が水酸化を受けてGA111に代謝されます。GA111から活性型GA58へ変換されるためには、2つの酵素(GA 20-oxidase [20ox] とGA 3-oxidase [3ox])が関与しますが、このうちGA 20-oxidaseの触媒反応(赤の二重線)が進行しづらくなる結果、活性型GA58の生合成が妨げられます。

 リンゴの品種「ウイジック」は品種「マッキントッシュ」の突然変異体で、少ない側枝が立ち上がり、枝は太くて節間が短い特徴を持っています(図1)。円柱状の樹形となるため、この形質はカラムナー性(円柱状性)と表現されています。カラムナー性の樹形は、農産現場における整枝や剪定、収穫などの管理作業を省力化・低コスト化する上で重要な形質と捉えられています[1]。
 この「ウイジック」にカラムナー性をもたらす原因遺伝子はMdDOX-Coであると判明していますが機能は未解明でした。今回、遺伝子産物MdDOX-Coが植物ホルモン・ジベレリンの前駆体GA12を水酸化してGA111に代謝する機能を明らかにしました(図2)。これにより、前駆体GA12からGA9へは代謝されにくい状況に変わったと理解できます。MdDOX-Coを過剰に発現させたシロイヌナズナが矮化すること自体は既に知られていましたので、MdDOX-Co酵素が触媒する水酸化反応によりGA111が生産させるとなぜシロイヌナズナの矮化に繋がるのか疑問が残ります。
 そこで、前駆体GA12と、MdDOX-Co酵素代謝物GA111を使い、シロイヌナズナ由来のジベレリン生合成酵素に対する反応性を比べたところ、GA 20-oxidaseと呼ばれる酵素では、GA12→GA9の反応に比べてGA111→GA70の反応の進行がとても遅くなることを明らかにしました(図2)。これにより、最終的にジベレリンとしての生理活性を持つGA58が生合成されにくい状況に陥ることがMdDOX-Co過剰発現体が矮化する原因と結論しました。
 今回シロイヌナズナを用いて明らかにした結果がリンゴにおいても当てはまれば、MdDOX-Coの特徴的な発現様式と統合して、カラムナー性付与機構の全容解明に到達できると期待しています。

発表雑誌

雑誌名
The Plant Journal
論文タイトル
The apple gene responsible for columnar tree shape reduces the abundance of biologically active gibberellin
著者
Watanabe, Daichi; Takahashi, Ikuo; Jaroensanti-Takana, Naiyanate; Miyazaki, Sho; Jiang, Kai; Nakayasu, Masaru; Wada, Masato; Asami, Tadao; Mizutani, Masaharu; Okada, Kazuma; Nakajima, Masatoshi* (*責任著者)
DOI番号
DOI: 10.1111/tpj.15084
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/tpj.15084

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
准教授 中嶋 正敏 (なかじま まさとし)
Tel:03-5841-5192
E-mail:anakajm<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

参考文献

  • 1 岡田和馬, リンゴの省力樹形の分子機構と育種におけるDNAマーカー選抜. アグリバイオ. 3(10): 8-12 (2019).

用語解説

  • 注 DOX
     α-ケトグルタル酸を要求するジオキシゲナーゼ酵素のことで、2ODDあるいは2ODGとも呼ばれます。図2の説明文に出てくる2酵素(GA 20-oxidase [20ox] 、GA 3-oxidase [3ox])はともにDOXに属します。しかし、系統樹解析を行うと、2酵素とMdDOX-Coとは互いにかなり離れた位置関係にあります。