発表者
藤澤 秀次(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 助教)
齋藤 継之(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 准教授)
磯貝 明(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 特別教授)
甲野 裕之(苫小牧工業高等専門学校創造工学科応用化学・生物系 教授)
松木 詩路士(東亞合成株式会社R&D総合センター)
茅野 英成(東亞合成株式会社R&D総合センター)
髙田 じゆん(東亞合成株式会社R&D総合センター)

発表のポイント

  • 漂白剤である次亜塩素酸ナトリウムの高濃度水溶液を用いて紙パルプの酸化反応を行い、解繊性に優れた酸化セルロースを得ることに成功しました。
  • 開発した酸化セルロースは比較的穏やかな撹拌・混合にてナノ解繊が進行し、容易にセルロースナノファイバー(CNF)が得られます。これにより、従来に比べて大幅なエネルギー負荷低減が期待できます。
  • CNFはバイオマス由来であるとともに、軽く、強く、しなやかな透明材料です。これらの特性からさまざまな用途で利用が見込まれ、脱石油化・低炭素社会の構築に貢献することが期待されます。

発表概要

 非可食性バイオマス由来のセルロースナノファイバー(CNF)は、脱炭素化社会の実現に貢献する材料として注目されており、自動車部材などへの応用も加速しています。
 一方で、木材等から得られるセルロース繊維をシングルナノサイズ(毛髪の1万分の1の細さ)まで解繊する(解きほぐす)には多大なエネルギーが必要です。これはCO2負荷や製造コストを増大させるため、CNFの優れた特性を生かした実用化の障壁のひとつとなっています。そこで解繊に必要なエネルギーの低減、および、低コスト化を目指した研究開発を進めました(東亞合成株式会社との共同研究)。
 この共同研究により、パルプ等の原料を高濃度の次亜塩素酸ナトリウム(注1)水溶液で酸化することで、少ない撹拌・混合エネルギーによってCNFにまで解繊される酸化セルロースの開発に成功しました。また、この酸化反応は常温・常圧で進行し、環境負荷が小さいと考えられます。
 本開発品(酸化セルロース)は、ナノ解繊後の繊維長が比較的短いため高濃度でも粘度上昇が小さく、分散剤としての応用が期待されます。さらに、乳化重合時に本開発品を使用することで、CNFを高濃度で均一に分散させた樹脂(CNFによる補強効果)の作製も可能となります。そのため、バイオ資源の有効活用とCO2削減を目的とした環境に優しく、持続可能で豊かな社会の実現に貢献する材料として期待されます。
*本成果は、2020年11月26日付 日本経済新聞オンライン版、2020年12月2日付 化学工業日報等で報道されました。

発表内容

図1 セルロースナノファイバー水分散液の調製
ミキサーまたは超音波処理によって、酸化セルロース(紙の原料であるパルプを30分間次亜塩素酸ナトリウム水溶液で処理したもの)を簡単にナノファイバーにまでほどくことができます。これは、酸化処理によってナノファイバー表面に反発力を発生させる荷電基を導入したことによる効果です。µm (マイクロメートル):ミリメートルの1,000分の1、nm (ナノメートル):ミリメートルの1,000,000分の1

 近年、脱石油化、低炭素社会実現に向けて、バイオマス由来材料が注目されています。なかでも非可食性バイオマス由来のCNFは、軽く、強く、しなやかな材料として高機能用途への応用が加速しています。特に自動車部材への補強効果により、車体軽量化への貢献が期待されています。
 一方、紙パルプ等のセルロース繊維をシングルナノサイズまで解繊するには多大なエネルギーが必要です。これによりCO2負荷が大きくなると同時に製造コストが嵩むため、CNFの 実用例が少ないのが現状です。そこで、これらの課題を解決するため「容易にナノ解繊できるCNF原料の開発」に取り組みました。
 具体的には紙パルプを原料とし、22%と高濃度な次亜塩素酸ナトリウム水溶液による酸化反応を検討しました。その結果、6時間後にはカルボキシル基当量が0.87mmol/gに達し、触媒を用いることなく、酸化反応が進行することを明らかにしました。
 さらに、得られた酸化セルロースは、ホモミキサーまたは超音波ホモジナイザーにてナノレベルの解繊が可能なことを見出しました。処理液は透明性を有し、安定な水分散状態を維持しました。走査型プローブ顕微鏡にて形状を観察したところ、シングルナノサイズのCNFが生成していることが確認されました(図1)。
 固体13C NMRを用いた解析により、高濃度次亜塩素酸ナトリウムを用いた酸化セルロースは、グルコースユニットのC2、C3のグリコール結合が酸化的に開裂していることを解明しました。この従来とは異なる酸化様式が、良好な解繊性の一因と推定されます。
 本成果を活用することで、従来に比べ低エネルギーでCNFを得ることが可能となり、低炭素社会実現のためにCNFの応用展開が加速することを期待しています。

発表雑誌

雑誌名
ACS Sustainable Chemistry & Engineering,(11月19日オンライン版)
論文タイトル
Nanocellulose Production via One-Pot Formation of C2 and C3 Carboxylate Groups Using Highly Concentrated NaClO Aqueous Solution
著者
Shiroshi Matsuki, Hidenari Kayano, Jun Takada*, Hiroyuki Kono, Shuji Fujisawa*, Tsuguyuki Saito, and Akira Isogai (*責任著者)
DOI番号
https://dx.doi.org/10.1021/acssuschemeng.0c06515
論文URL
https://dx.doi.org/10.1021/acssuschemeng.0c06515

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻
助教 藤澤 秀次(ふじさわ しゅうじ)
Tel:03-5841-5270
E-mail:afujisawa<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 次亜塩素酸ナトリウム
     水酸化ナトリウムと塩素を原料として製造される。酸化作用、漂白作用、殺菌作用を有し、上下水道やプールの除菌、パルプの漂白、食品工業、水処理、廃水処理、バラスト水浄化など幅広い分野で利用されている。