発表者
安積 紗羅々(北海道大学水産科学院資源生物学講座 資源生態学領域 博士課程1年)
亘 悠哉(国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 主任研究員)
岡 奈理子(公益財団法人山階鳥類研究所 フェロー)
宮下 直(東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 教授)

発表のポイント

  • 御蔵島のノネコは1年間に1匹あたり平均313羽のオオミズナギドリを捕食していると推定されました。
  • オオミズナギドリの大規模繁殖地は、危機に直面していると考えられます。
  • 今後、御蔵島に生息するノネコの個体数を推定することにより、捕食されるオオミズナギドリの総数が明確になります。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、公益財団法人山階鳥類研究所の研究グループは、オオミズナギドリの大規模繁殖地の御蔵島において、ノネコが本種を数多く捕食している実態を明らかにしました。
 御蔵島では1970年代後半には175万~350万羽のオオミズナギドリが繁殖していると推定されていましたが、近年では10万羽程度と急激に減少しています。その一因として、島に多数生息するノネコによる捕食が考えられていましたが、その実態はよくわかっていませんでした。そこで本研究では、ノネコの糞の内容物分析と、哺乳類が1日に必要とするカロリー量に基づいた推定により、ノネコが年間どのくらいのオオミズナギドリを捕食しているかを調べました。
 分析の結果、オオミズナギドリの繁殖期には、ノネコの糞の約8割から本種の羽毛や骨などが検出され、ノネコ1匹あたり平均で年間313羽のオオミズナギドリを捕食していると推定されました。
 これまでのオオミズナギドリの減少傾向と本研究で示されたノネコの捕食の実態から、御蔵島のオオミズナギドリ繁殖地がノネコの捕食圧で危機に直面していると考えられます。現在、御蔵島のノネコの生息数推定に取り組んでいます。これによりノネコに捕食されるオオミズナギドリの総数が明確になると考えられます。
本研究成果は、2020年11月7日に国際学術誌「Mammal Research」でオンライン公開されました。

背景

(写真a) 御蔵島のオオミズナギドリ

 オオミズナギドリ(写真a)は、東アジア地域の主に日本の島々で繁殖する海鳥で、IUCNのレッドリストでは準絶滅危惧種(NT)に指定されています。森林の地面に横穴を掘って集団繁殖するという特徴を持つ鳥で、かつては日本の多くの島で繁殖していましたが、警戒心が極めて低く、人が持ち込み野生化したイタチやノネコなどがいる島を中心に、繁殖地が次々と消失してしまったと言われています。
 本種の大規模繁殖地のひとつとなっているのが、伊豆諸島の御蔵島です。御蔵島は、東京都心から南へ約200㎞に位置する海洋島で、島を覆う照葉樹林にはスダジイの巨木が数多くみられ、島のほぼ全域が富士箱根伊豆国立公園に指定されています。オオミズナギドリは毎年3月に御蔵島に飛来し、11月中旬までの約9か月間、繁殖のため島に滞在します。御蔵島のオオミズナギドリの繁殖個体数は、1970年代後半には本種全体の繁殖個体数の約7割から8割に相当する175万~350万羽と推定されていましたが、近年では10万羽程度と急激に減少してしまいました。その一因として考えられているのが、島に多数生息するノネコによる捕食です。しかしながら、ノネコがどの程度オオミズナギドリを捕食しているのかその実態は調べられていませんでした。

内容

(写真b) ノネコの糞1個から検出されたオオミズナギドリの羽毛

 本研究では、ノネコの食性を調べるために、まず御蔵島全域を踏査し、島の方々の協力も得ながらノネコの糞を採集するという調査を2016年から2017年にかけて行い、オオミズナギドリが島に滞在している時期(繁殖期)に82個、オオミズナギドリが島を離れている時期(非繁殖期)に86個、合計168個の糞を採集しました。糞の内容物を分析した結果、オオミズナギドリ繁殖期には、糞の78.3%から同鳥の羽毛や骨が検出され (写真b)、オオミズナギドリが不在となる非繁殖期には、91.9%の糞からネズミ類が検出されました。この結果は、オオミズナギドリが島に滞在する9か月間、ノネコはオオミズナギドリを主食とし、オオミズナギドリがいなくなる冬季の3か月間は、ノネコはネズミに食性を変化させることで、餌不足にならず冬を乗り切っていることを示しています。つまり、ネズミ類がノネコの個体数を支えることで、オオミズナギドリへの捕食圧が途切れることなくかかり続けていることが示唆されました。また、オオミズナギドリ繁殖期にはネズミ類も島に生息しています。それにも関わらず、ノネコはオオミズナギドリを主食としていることから、ネズミ類よりもオオミズナギドリを好んで捕食していることが明らかになりました。
 次に、哺乳類の必要カロリー量に基づき、ノネコが捕食する餌の数を推定しました。まず、既存研究の知見からノネコの1日あたりに必要なカロリー量を算出し、それを満たすために必要な餌の重量を求めました。そして、糞の内容物分析で明らかになった餌動物の相対割合を当てはめることで、ノネコが1日に捕食する各餌の重量を推定しました。これらの値を餌動物の体重(オオミズナギドリの場合は可食部重量*1)で割ることで、一日当たりに捕食される餌動物の個体数を算出し、最後にこれらの計算をオオミズナギドリの繁殖期と非繁殖期でそれぞれ積算することで、ノネコ1匹あたりの各餌動物の年間捕食個体数を算出しました。
 これらの計算の結果、御蔵島のノネコは1匹あたり平均で年間313羽のオオミズナギドリを捕食していると推定されました。ノネコによるミズナギドリの仲間への捕食は海外でも研究例があり、各地で繁殖数の減少が懸念されています。御蔵島においても、これまでのオオミズナギドリの減少傾向とノネコの捕食の実態から、強い影響が生じている可能性が高いと考えられます。

今後の展開

(写真 c)オオミズナギドリの頭部を食べるノネコ

(写真d)オオミズナギドリの幼鳥を捕獲したノネコの若齢個体。
cとd の写真は自動撮影カメラによる。

 本研究により、御蔵島においてノネコによるオオミズナギドリの捕食の実態が明らかになりました。オオミズナギドリは、世界的には繁殖場所が東アジアに限定され、IUCNのレッドリストにおいて準絶滅危惧種に指定されていますが、中心の繁殖地である日本においては普通に見られることもあり、地域レベルでの保全対策がほとんどとられてきませんでした。しかしながら、本研究の結果は、かつての世界最大の集団繁殖地でさえ、たった1種の外来種により危機に陥る可能性があることを示しています。関係者・関係機関が連携し、早急に対策を講じることが必要です。
 本研究では、ノネコ1匹あたりの捕食数が算出されましたが、現在継続しているプロジェクトにおいて、自動撮影カメラの設置などにより、ノネコの個体数推定に取り組んでいます(写真c,d)。これにより、ノネコによって捕食されるオオミズナギドリの総数の推定とノネコのインパクトのより正確な評価が可能となり、効果的な対策につながると期待しています。

発表雑誌

雑誌名
Mammal Research、2020年11月7日オンライン掲載
論文タイトル
Seasonal and spatial shifts in feral cat predation on native seabirds vs. non-native rats on Mikura Island, Japan
著者
Sarara Azumi, Yuya Watari, Nariko Oka, Tadashi Miyashita
論文URL(DOI)
https://doi.org/10.1007/s13364-020-00544-5

 

研究費

(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費 (JPMEERF20204006)

 

共同研究機関

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、公益財団法人山階鳥類研究所

 

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻
教授 宮下 直(みやした ただし)
Tel:03-5841-7544
E-mail:tmiya<アット>es.a.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • *1 可食部重量
    ノネコが各餌動物を採食する部分の重量を可食部重量としています。既存研究により、ノネコはオオミズナギドリの全身を食べるのではなく、翼や骨などを除いた体重の半分程度を捕食することが知られており、本研究でもオオミズナギドリの可食部は体重の半分という仮定を用いました。それ以外の餌動物(おもにネズミ類や陸生鳥類)については、可食部重量=体重として用いました。
本研究成果は、2020年12月8日に、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所からプレスリリースされています。