発表者
小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
松下 誠司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任研究員)
清水 直行(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特定研究員)
益子 櫻(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 大学院生)
山本 雅人(北海道大学 大学院情報科学研究院 教授)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 機械学習の手法の一つであるニューラルネットワークを使うことで (注1)、マウスを撮影した動画から自動的にひっかき行動を検出する方法を開発した。
  • この方法を用いて、かゆみを引き起こすリゾフォスファチジン酸 (注2) を投与したマウスや、アトピー性皮膚炎を惹起したモデルマウスのひっかき行動を、精度よく評価することができた。
  • 特殊な装置を用いることなく、マウスのひっかき行動を自動的に評価できる方法が確立された。

発表概要

 痒みは皮膚炎や肝障害をはじめとする様々な病態で生じ、患者の生活の質を著しく低下させるが、その発症メカニズムは未だ不明な点が多い。そのため、様々な動物モデルを用いた痒みの研究が盛んに行われている。現在のところ、動物の痒みを評価できる唯一の方法としてひっかき行動の検出がある。しかし、ひっかき行動の評価には、人が動物を長時間観察し続けたり、特殊な装置を用意したりする必要がある。東京大学大学院農学生命科学研究科の小林幸司特任助教・村田幸久准教授らの研究グループは、機械学習の手法の一つであるニューラルネットワークを用いて、マウスの動画から自動的にひっかき行動を検出するシステムを確立した。またこのシステムを応用し、アトピー性皮膚炎のモデルマウスのひっかき行動を検出することにも成功した。本研究は、マウスのひっかき行動を低コストで自動的に検出できる点で画期的である。また、本研究で確立された手法は、グルーミングなど他の行動の検出にも応用できる可能性がある。

発表内容


図1 本研究で構築したニューラルネットワークの概略図
3層のCNN、2層のRNN、および5層の全結合層(FC)を積み重ねたニューラルネットワークを構築した。



図2 AIによるひっかき行動の推定と実際に観察された結果の比較
リゾフォスファチジン酸投与後のマウスの行動を撮影した動画を使ってひっかき行動を推定した。推定と実際の結果が一致したときの線を示す。

【研究の背景】
 マウスのひっかき行動は、マウスの痒みを評価することができる唯一の指標である。現在用いられているひっかき行動の評価方法として、目視による観察やひっかきの際に生じる音を観測する方法、マウスの後肢に磁石を取り付けて磁場の中で飼育し、ひっかき行動の際に惹起される誘導電流を測定する方法などが挙げられる。しかし、これらの方法は、観察者の多大な労力を要する、スループット性が低い(1回の評価に時間がかかる)、特殊な装置を使用する必要がある、などの問題点がある。本研究では、マウスを撮影した動画から、簡便かつ高精度にひっかき行動を検出する方法の開発を試みた。

【研究の内容】
 かゆみを引き起こす物質であるリゾフォスファチジン酸(400 nmole/head) を、マウスの皮内に投与して、その行動を市販のビデオカメラで撮影した。撮影した動画をフレームごとに分割した。また、目視によってマウスがひっかき行動を行っているフレームを同定し、画像と合わせて教師データとした。
 畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network: CNN)と再帰的ニューラルネットワーク(Recurrent Neural network: RNN)を組み合わせた深層ニューラルネットワークを構築し、教師データを学習させた(図1)。学習に使ったデータとは別のデータを用いて、構築されたニューラルネットワークの性能を評価したところ、人による観察とニューラルネットワークの予測は高い精度で一致した(図2、相関係数: 0.98)。
 次に、このシステムが病態モデルマウスの評価に使用できるか検討した。マウスにハプテンである、ジニトロフルオロベンゼンを塗布してアトピー性皮膚炎モデルを惹起し、その行動を撮影した。この場合にも、人による観察とニューラルネットワークの予測は高い精度で一致した(相関係数: 0.99)。

【結論と意義】
 本研究によって、動画から自動的にマウスのひっかき行動を検出できる方法が確立された。また、この方法は病態モデルマウスの解析にも使用できることも示された。本研究成果は、動物実験の省力化およびスループット性の向上につながることが期待される。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Automated detection of mouse scratching behaviour using convolutional recurrent neural network
著者
Koji Kobayashi, Seiji Matsushita, Naoyuki Shimizu, Sakura Masuko, Masahito Yamamoto, and Takahisa Murata
DOI番号
10.1038/s41598-020-79965-w
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-020-79965-w

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5394
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ニューラルネットワーク
     脳の神経回路を模した数理モデルの一種。画像認識を得意とする畳み込みニューラルネットワーク (CNN) や、時系列データを処理できる再帰的ニューラルネットワーク (RNN) などの種類がある。
  • 注2 リゾフォスファチジン酸
     生体に存在するリゾリン脂質の一種で、皮下に投与するとかゆみを引き起こす