発表者
Tom Willhammar(Department of Materials and Environmental Chemistry, Stockholm University)
大長 一帆(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
Duncan N. Johnstone (Department of Materials Science & Metallurgy, University of Cambridge)
小林 加代子(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)
Yingxin Liu(Department of Materials and Environmental Chemistry, Stockholm University)
Paul A. Midgley(Department of Materials Science & Metallurgy, University of Cambridge)
Lennart Bergström(Department of Materials and Environmental Chemistry, Stockholm University)
齋藤 継之(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻)

発表のポイント

  • 世界最高レベルの分解能でセルロースナノファイバー(CNF)1本の結晶性を解析した。
  • CNFは、180度ねじれても、結晶の秩序構造を保つことが明らかとなった。
  • CNFのねじれ周期は、繊維径に依存していることを世界で初めて実験的に突き止めた。

発表概要

 持続可能な新素材として、セルロースナノファイバー(CNF)が注目されています。CNFは結晶性のナノ繊維であり、局所的にねじれています。しかし、CNFの局所的な「ねじれ」の構造は明らかになっておらず、従来欠陥部であると考えられてきました。ナノ材料において「ねじれ」などの形態は、力学的・熱的・光学的な性質を支配するため、その構造を解明することは重要です。本研究では、海産動物のホヤを由来するCNF1本の局所的なねじれ構造を、世界最高レベルの分解能を有する走査型電子回折(Scanning Electron Diffraction: SED)*と原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)により解析しました。
 その結果、CNFは局所的に大きく180度ねじれても、結晶性の秩序構造を維持していました。すなわち、CNFのねじれ構造は、従来想定されていた、分子鎖の集まり方が乱れた「欠陥」ではなく、CNFの強靭さの起源ともいわれる「1方向に並んだ分子が密に結束している」構造であることが明らかとなりました。さらに、AFMを用いた統計解析より、ねじれ周期はCNFの断面積に反比例することを世界で初めて実験的に突き止めました。
 自動車部材や化粧品、食品への応用など、近年CNFの実用化に向けた研究開発が精力的に推進されていますが、本研究により、これまで欠陥部と考えられていたCNFの「ねじれ」構造の理解を再考する必要がでてきました。本研究で解析したCNFは、海産動物であるホヤを由来とするものであり、現在実用化が推進されている木材由来のCNFとは原料が異なります。従って、本研究で得られた結論が、現在産業的に流通しているCNFに通じるか否かは検証が必要ですが、本質的にCNFは180度ねじれても結晶性を維持できる強靭な高次構造を有することが示されました。
 本研究の成果は、ナノテクノロジー分野における最高峰の学術誌の1つであるACS Nano誌(IF=14.588)において、オープンアクセスで掲載されました。

*走査型電子回折(Scanning Electron Diffraction: SED): 光学顕微鏡では観察不可能な微小な構造を鮮明に観察でき、さらに、電子線による物質構造の解析や原子レベルでの情報を得ることができる技術。

発表内容


図1 木材由来の新素材、セルロースナノファイバー



図2 研究成果

 樹木を構成する固形分の約50%を占めるセルロースは、ナノスケールの結晶性の繊維を形成しています。このナノ結晶体は、セルロースナノファイバー(CNF)として抽出することができ、持続可能な新素材として注目されています(図1)。
 現在、CNF研究は、新規用途の開拓などを目的とした応用研究が盛んです。一方で、CNFの精密構造はほとんど明らかになっていません。CNF1本の形態や結晶性は、材料の力学的・熱的・光学的な性質にも影響を与えるため、その解明は重要です。CNF1本の構造解析がそれほど進んでいない主な要因は、CNFが有機物であることに由来します。CNFの構造を解析する手段は、これまで固体NMR法やX線回折法が適用されてきました。これらの解析手段は、材料の平均的な構造をとらえることはできますが、CNF1本レベルの精密構造を直接解析することはできません。
 近年、ナノテクノロジーの進展とともに解析技術も著しく進んでいます。原子間力顕微鏡(AFM)は、有機物の表面構造や物性を解析するためのツールとして有用です。また、最近開発された走査型電子回折(Scanning Electron Diffraction: SED)という技術を用いることで、電子線のダメージを大きく受けてしまう有機物から、超高空間分解能で電子回折を含めた4次元情報を取得することが可能になりました。
 本研究では、英国Diamond Light Sourceにある世界最高レベルの空間分解能(約5nm)を有するSEDとAFMを組み合わせ、CNFの「ねじれ」構造を解析しました。その結果、CNFが局所的に大きく180度ねじれていても、結晶構造を維持していることが明らかになりました(図2)。これは、CNFがいかに強靭であるかを示しています。さらに、AFMを用いた統計解析より、「ねじれ」の周期は、CNFの断面積に反比例することが明らかになりました。 本研究で得られた知見は、CNF1本の精密構造に関する基礎的な側面だけでなく、CNFの実用化に向けた応用研究においても重要なものといえます。
 本研究の成果は、Stockholm大学・Cambridge大学との共同研究によるものであり、ナノテクノロジー分野における最高峰の学術誌の1つであるACS Nano誌(IF=14.588)において、オーブンアクセスで掲載されました。

発表雑誌

雑誌名
ACS Nano
論文タイトル
Local Crystallinity in Twisted Cellulose Nanofibers
著者
Tom Willhammar*, Kazuho Daicho, Duncan N. Johnstone, Kayoko Kobayashi, Yingxin Liu, Paul A. Midgley, Lennart Bergström, Tsuguyuki Saito* (*責任著者)
DOI番号
10.1021/acsnano.0c08295
論文URL
https://doi.org/10.1021/acsnano.0c08295

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 製紙科学研究室
准教授 齋藤 継之(さいとう つぐゆき)
Tel:03-5841-5271
研究室URL:https://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp/