発表者
張   倢(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 博士課程3年)
湯澤  賢(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 特任助教:当時)
唐  薇麗(東京大学生物生産工学研究センター 特任研究員:当時)
品田 哲郎(大阪市立大学大学院理学研究科物質分子系専攻 教授)
西山  真(東京大学生物生産工学研究センター 教授)
葛山 智久(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)

発表のポイント

  • 放線菌から単離されたアルキルベンゼン(注1)骨格を作るための遺伝子を特定し、アルキルベンゼンを試験管内で合成することに成功しました。
  • アルキルベンゼンの生合成経路の全容を明らかにするとともに、その鍵となる電子環状反応を触媒する「電子環化酵素」を世界で初めて特定し、その反応機構を提唱しました。
  • 自然界に眠るゲノム配列情報から様々な「電子環化酵素」を発掘して解析することで、アルキル鎖の異なるアルキルベンゼンを自由自在に設計できるようになる可能性があります。

発表概要

 微生物の一種である放線菌の中には、特徴的なアルキルベンゼン骨格を含む天然化合物を生産するものがいます(参考文献1)。アルキルベンゼンは、合成洗剤の原料や合成潤滑油として広く利用されており、これまでにも化学的に合成する方法は報告されていましたが(参考文献2)、生物がアルキルベンゼンをどのように作るかは不明のままでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の分子育種学研究室と生物生産工学研究センター細胞機能工学研究室、大阪市立大学大学院理学研究科物質分子系専攻分子変換学研究室の共同研究グループは、アルキルベンゼンを作るのに必要な全ての遺伝子を特定し、それらの働きを明らかにしました。さらに、同グループは、アルキルベンゼンを作る鍵となる酵素を発見し、「電子環化酵素」と呼ぶことを提案しました。
 この発見により、自然界に眠るゲノム情報から様々な「電子環化酵素」を発掘して解析することで、アルキル鎖の異なるアルキルベンゼンを自由自在に設計し、新たな化学素材として開発できるかもしれません。

発表内容

図1
(a) CBT-1の構造(参考文献1)。 b) アルキルベンゼン骨格を含む天然化合物の例。アルキルベンゼン骨格を赤色で示す。(c) pseudorubrenoic acid Aの化学合成の例(参考文献2)


図2 CBT-1の生合成経路
ACP, acyl carrier protein; CLF, chain length factor; CoA, coenzyme A; DH, dehydratase; 4-HBT like, 4-hydroxybenzoyl-CoA thioesterase-like enzyme; KR, ketoreductase; KS, ketosynthase.


図3 Mbg2とMbg17の共同触媒によるアルキルベンゼンの推定生合成機構

 放線菌は多様な構造の天然化合物を生産する微生物として知られています。天然化合物の一つ、CBT-1(図1a)は、その構造に特徴的なアルキルベンゼン骨格を持っています(参考文献1)。このようなアルキルベンゼン骨格を持つ二次代謝産物の数は多くはないものの、他にも報告例があります(図1b)。これまで、アルキルベンゼンを化学合成する方法としては、微生物の生産するpseudorubrenoic acid Aの報告例がありますが(図1c)(参考文献2)、この化学合成方法では、150˚Cという高温にする必要があります。一方で、生物がどのようにしてアルキルベンゼンを合成するかは不明のままでした。そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の分子育種学研究室と生物生産工学研究センターの細胞機能工学研究室、大阪市立大学大学院理学研究科物質分子系専攻の分子変換学研究室の共同研究グループは、CBT-1を生産する放線菌、TW-R50-13株を用いて研究を行いました。
 まず、TW-R50-13株のゲノムシーケンスを行い、CBT-1を作るための生合成遺伝子群を特定しました(図2a)。次に、この中に含まれる19個の遺伝子を使って酵素を調製して、試験管内反応を種々検討することにより、CBT-1のアルキルベンゼン部分を合成することに成功しました。また、個々のMbg組換え酵素の機能を詳しく調べることで、CBT-1の生合成経路の全容を明らかにしました(図2b)。さらに、2つのMbg酵素(Mbg2とMbg17)がアルキルベンゼン骨格を合成する仕組みを示し(図3)、このうちMbg2を、電子環状反応を触媒する酵素として、「電子環化酵素」と呼ぶことを提案しました。また、この「電子環化酵素」による反応は、アルキルベンゼン骨格を含む天然化合物の生合成に共通の生産システムであることも突き止めており、ゲノムデータベースからまだ解析されていない「電子環化酵素」も見つけています。
 本研究は、電子環状反応を触媒する「電子環化酵素」を世界で初めて特定したものであり、今後、生化学や天然物化学の教科書に記載されるべき成果としてもきわめて重要と言えます。
 メチルベンゼン(トルエン)は溶媒、燃料、有機化合物の原料として世界中で毎年大量に生産されています。現在、トルエンはガソリンあるいは石炭を利用して生産されていますが、今回見出したメチルベンゼンを含む化合物を生産できる放線菌を用いて生合成することで、環境負荷が少ないトルエン供給が可能となり、カーボンリサイクルにも貢献できる可能性があります。また、アルキルベンゼンの生合成を担う「電子環化酵素」を改変することで、天然からは得られない新規化合物を創出できるかもしれません。さらには、新しい「電子環化酵素」をゲノムデータベースから探索することで、新しいアルキルベンゼン誘導体を発見できるかもしれません。生物の生産するアルキルベンゼンの研究は浅く、原油には含まれないアルキルベンゼンを生物生産することで、新たな化学素材としての開発も期待されます。

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「生合成リデザイン」(16H06453)と公益財団法人長瀬科学技術振興財団の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル
Reconstitution of a Highly Reducing Type II PKS System Reveals 6π-Electrocyclization Is Required for o-Dialkylbenzene Biosynthesis
著者
Jie Zhang (張 倢)1、Satoshi Yuzawa (湯澤 賢)1、Wei Li Thong (唐 薇麗)2、Tetsuro Shinada (品田 哲郎)3、Makoto Nishiyama (西山 真)2、Tomohisa Kuzuyama (葛山 智久)1*

1Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo
2Biotechnology Research Center, The University of Tokyo
3Graduate School of Science, Osaka City University

DOI番号
10.1021/jacs.0c13378
論文URL
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.0c13378

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 分子育種学研究室
教授 葛山 智久(くずやま ともひさ)
Tel/Fax:03-5841-3080
E-mail:utkuz<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:https://webpark2107.sakura.ne.jp/index.html
研究室Twitter:@Kuzuyama_Lab

用語解説

  • 注1 アルキルベンゼン
     ベンゼン環の1つ以上の水素がアルキル基に置換された芳香族炭化水素の総称である。アルキルベンゼンは、合成洗剤の原料として多く使用されており、それ以外にも、物理・化学特性は石油系潤滑油とよく似ていることから、合成潤滑油として使用されることも多く、その主な用途は電気絶縁油、超高圧油充てんケーブル油、冷凍機油,極寒地用潤滑油などである。また、ジアルキルベンゼンは、ベンゼン環にアルキル基が2個付いた化合物群で、分子量は大きいため沸点も高く、粘性も増大し、しかも低温流動性が良好なため、様々な用途の潤滑油として単独にまたは鉱油系潤滑油や他のタイプの合成潤滑と混合して使用されている。

参考文献

  • 参考文献1
     Thong WL, et al. Methylbenzene-containing Polyketides from a Streptomyces that Spontaneously Acquired Rifampicin Resistance: Structural Elucidation and Biosynthesis. J. Nat. Prod. 79: 857 (2016).
  • 参考文献2
    Rickards, RW & Skropeta D. Electrocyclic Processes in Aromatic Biosynthesis: A Biomimetic Study of Pseudorubrenoic Acid A. Tetrahedron 58: 3793 (2002).