発表者
佐久間 渉(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程)
山崎 俊輔(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 修士課程(当時))
藤澤 秀次(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 助教)
塩見 淳一郎(東京大学大学院 工学系研究科 機械工学専攻 教授)
児玉 高志(東京大学大学院 工学系研究科 機械工学専攻 特任准教授)
金森 主祥(京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 助教)
齋藤 継之(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 簡便で低コストの蒸発乾燥法により、木材由来のセルロースナノファイバー(CNF)を骨格とした多孔体の作製に成功した。
  • 得られたCNF多孔体は、発達した網目状構造・高い力学物性・光透過性・断熱性・自己消火性を兼ね備えていることがわかった。
  • これらの機能を活かし、光透過の壁部材への応用が提案できる。

発表概要

 木材などから得られる、セルロースナノファイバー(CNF)を骨格としたエアロゲルは、超低密度と微細な網目状構造が特徴的な多孔体です。高い透明性と優れた断熱性を示すことから、透明断熱材としての応用が期待されています。しかし、特殊な乾燥プロセスが実用化への課題となっていました。
 本研究では、簡便な蒸発乾燥法によってCNF多孔体を作製することに成功しました。得られた多孔体は高強度・光透過性・断熱性・自己消火性を兼ね備えており、新規なCNF多孔性材料であることが分かりました。これらの特徴を活かし、高強度の光透過性断熱材としての応用が期待されます。
 本成果はナノテクノロジー分野における最高峰の学術誌の1つであるACS Nano誌(IF=14.588)にオープンアクセスで掲載されました。

発表内容


図1 CNF多孔体の内部構造(左)と外観(右)



図2 (a) CNF多孔体で10 kgの重りを持ち上げる様子
     (b) CNF多孔体の光透過性の壁部材としての応用例

 冬に着るダウンジャケットや、飲み物の温度をキープする魔法瓶など、断熱性を利用した製品は身の周りのあらゆる場面で用いられています。特に、熱エネルギー利用効率化の観点から、住宅や車両における断熱性の向上は重要です。しかし、一般的な断熱材は不透明であり、採光性の求められる窓には使用できません。そこで、採光部にも適用可能な「透明断熱材」として、エアロゲルと呼ばれる新素材に注目が集まっています。エアロゲルは地球上で最も低い熱伝導率を持つ固体で、高い透明性を有する多孔質材料です。中でも、木材等から得られる、セルロースナノファイバー(CNF)を骨格としたCNFエアロゲルは、バイオマス由来であることや、一般的なエアロゲルの欠点である、「脆さ」を克服していることから、近年注目を集めています。
 一方で、エアロゲルの製造プロセスには、実用化に向けた大きな課題が存在します。CNFエアロゲルは、CNFが含まれた液体をゼリー状に固めたのちに、乾燥によって液体のみを取り除くことで得られます。この時、一般的な蒸発乾燥を用いると、新鮮なブドウが干しブドウになる時と同様に、大きく収縮して多孔性が失われてしまいます。そのため、超臨界乾燥と呼ばれる特殊な乾燥法が必須となっていました。この方法では、物の形状を保ったまま液体のみを除くことが可能であり、網目状構造を持ったCNF多孔体を得ることができます。しかしながら、超臨界乾燥には一般的な圧力鍋の100倍もの高圧が必要であり、装置の大型化が困難です。したがって、コストダウンが難しく、実用化された例は非常に限定的です。
 そこで本研究では、CNF多孔体を蒸発乾燥により作製することに取り組みました。乾燥前の網目構造や乾燥温度を制御することにより、乾燥収縮を抑制し、エアロゲルに類似した網目状構造を持つ多孔体が得られました(図1)。
 得られたCNF多孔体は光透過性を示し、木材よりも高い断熱性能や、着火しても燃え尽きない自己消火性など、原料の木材にない新たな機能を有していました。加えて、体積の80%が空気でありながら、わずか2 mmの厚みで10 kgの重りを持ち上げることができる、高い力学強度を示しました(図2a)。このような多機能を兼ね備えた材料は、我々の知る限り報告例がなく、新規なCNF構造体を作製したと言えます。また、それらの多機能性を活かし、光透過性の壁部材としての応用を提案しました(図2b)。壁部材に求められる強靭性や断熱性、耐燃焼性に加え、採光性という機能を付与していることから、高い付加価値を持つ材料としての利用が期待できます。
 蒸発乾燥によるCNF多孔体の形成は未だ報告例が少なく、黎明期にあると言えます。その状況において本研究の取り組みは、エネルギー問題の解決に貢献する「バイオマス由来の透明断熱材」の実用化に向けた大きな一歩であると考えています。
 本研究は、JST未来社会創造事業「多段階ボトムアップ式構造制御によるセルロースナノファイバーの高度特性発現」の一環で行われました。

発表雑誌

雑誌名
ACS Nano (2021, 15, 1436–1444)
論文タイトル
Mechanically Strong, Scalable, Mesoporous Xerogels of Nanocellulose Featuring Light Permeability, Thermal Insulation and Flame Self-Extinction
著者
Wataru Sakuma, Shunsuke Yamasaki, Shuji Fujisawa, Takashi Kodama, Junichiro Shiomi, Kazuyoshi Kanamori, Tsuguyuki Saito* (*責任著者)
DOI番号
10.1021/acsnano.0c08769
論文URL
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsnano.0c08769

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
准教授 齋藤 継之(さいとう つぐゆき)
Tel:03-5841-5271
研究室URL: https://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp