発表者
西池  雄志 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程 2年)
宮副  大地 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程)
外川  理絵 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程)
横山  圭子 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程)
仲宗根  潔 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程)
菊池 結貴子 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程)
大久保 範聡 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 女性ホルモン受容体(注1)の一種Esr2bの遺伝子に変異が生じたメスのメダカは、オスからの求愛を受け入れず、他のメスに求愛することを見出した。
  • メダカの性指向(注2)と配偶行動パターンは、その時々の体内の男性ホルモンと女性ホルモンのバランスによって、一時的に成り立っているに過ぎないことも分かった。
  • メダカでは、体内のホルモンバランスに応じて「脳の性別」が簡単に変わり得ることになり、魚類にみられる性転換(注3)現象のメカニズムを明らかにする糸口としても注目される。

発表概要

どの動物でも、多くのオスは配偶相手としてメスを選び、逆に多くのメスは配偶相手としてオスを選ぶ。そして通常、求愛はオスが行い、メスから求愛することは稀である。しかし、このような性指向や配偶行動パターンの雌雄差は、多数の遺伝子が関わる複雑なメカニズムによって生み出されていると考えられており、そのメカニズムは、一部の動物種を除いて、あまり分かっていなかった。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の大久保範聡准教授らの研究グループは、女性ホルモン受容体の一種Esr2bの遺伝子に変異が生じたメスのメダカが、オスからの求愛を受け入れず、逆に他のメスに求愛することを見出した。わずか一つの遺伝子変異によって、メス型の性指向と配偶行動パターンが消失し、さらにオス型に逆転したことになる。研究グループはさらに、メダカの性指向と配偶行動パターンは、体内の男性ホルモンと女性ホルモンの量的な関係によって、その時々で一時的に成り立っているに過ぎないことを見出した。魚類にみられる性転換現象のメカニズムを明らかにする糸口としても注目される

発表内容

図1 Esr2b遺伝子に変異が生じたメスメダカ(上)と、そのメスに求愛しようとする通常のオスメダカ(下)。Esr2b遺伝子に変異が生じたメスは、オスからの求愛を受け入れない。西池雄志撮影。


図2 オスを相手にした場合のEsr2b変異メスの配偶行動。通常のメス(対照群)とEsr2b変異メスのそれぞれを相手役のオスと同じ水槽に入れ、配偶行動を観察した。左のグラフは、観察時間中にオスからアプローチされていた時間の割合を示し、右のグラフは産卵に至った個体の割合を示す。Esr2b変異メスは、通常のメスと同じようにオスからアプローチされるが(左のグラフ)、オスの求愛を受け入れず、産卵に至らなかった(右のグラフ)。*印は統計的に有意な差を示す。


図3 メスを相手にした場合のEsr2b変異メスの配偶行動。通常のオス(対照群)、通常のメス(対照群)、およびEsr2b変異メスのそれぞれを、相手役のメスと同じ水槽に入れ、配偶行動を観察した。縦軸は、相手役のメスに対して求愛を行った個体の割合を示す。通常のオスは全ての個体が求愛を行い、通常のメスはほとんど求愛を行わなかった。一方、Esr2b変異メスは、75%の個体(16個体中12個体)が、観察時間内にメスに対して求愛を行った。*印は統計的に有意な差を示す。

 動物種を問わず、多くのオスはメスを配偶相手に選び、逆に多くのメスはオスを配偶相手に選ぶ。また、多くの動物種では、もっぱらオスからメスに求愛し、メスからの求愛はあまりみられない。求愛方法には、装飾や色彩のディスプレイ、歌、ダンス、貢ぎ物など、動物種によるバリエーションがみられるが、オス側からアプローチをかけることは、多くの種で共通している。このような性指向や配偶行動パターンにみられる雌雄の違いを生み出す脳内メカニズムは、昆虫のショウジョウバエで概要が明らかになっているものの、より複雑な脳をもつ脊椎動物では、あまり分かっていなかった。最近も、ヒトの性指向に関わる遺伝子の大規模な探索が行われたが、決定的な遺伝子は見つからず、多数の遺伝子が少しずつ関わる複雑なメカニズムが想定されている。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の大久保範聡准教授らの研究グループは以前、メダカの脳内の配偶行動に関わるとされる領域で、女性ホルモン受容体の一種Esr2bが、性成熟したメスだけで発現(注4)していることを見出した。このことから、メダカではEsr2bがメスの配偶行動に関わると予想された。その予想を検証するため、研究グループは今回、基礎生物学研究所、大阪大学大学院医学系研究科と共同で、TILLING法(注5)を用いて、約6000匹のメダカからEsr2b遺伝子が変異したメダカを1匹見つけ出し、その変異を受け継いだ子孫の配偶行動を解析した。
 解析を行った結果、Esr2b遺伝子に変異が生じたメダカのメスは、通常のメスと変わらない外見と卵巣をもち、オスからアプローチされる(人間の世界でいう「モテる 」状態)にも関わらず、オスの求愛を受け入れず、産卵に至らないことが分かった(図1、図2)。さらには、あたかもオスのように、他のメスに対して求愛する(メダカのオス特有の求愛ダンスを踊る)ことが分かった(図3)。たった一つの遺伝子に変異が生じただけで(しかも、自然界でも偶発的に起こり得るたった1塩基の変異で)、メス型の性指向と配偶行動パターンが消失し、さらにオス型に逆転したことは大変意外な結果だったと言える 。メダカでは、Esr2bは性指向と配偶行動のメス型化を促進するとともに、オス型化を抑制する作用をもち、それらがオス型になるかメス型になるかを決める決定的な因子であると考えられる。
 また、Esr2bが変異したメスが示すオス型の性指向と配偶行動は、卵巣の除去や男性ホルモン受容体の阻害剤の投与によって消失し、男性ホルモンを投与することで回復した。精巣ほどではないが、卵巣で男性ホルモンが合成されていることも分かった。卵巣から分泌される男性ホルモンが、男性ホルモン受容体を活性化することによって、オス型の性指向と配偶行動を誘起したと考えられる。メダカの性指向と配偶行動がオス型になるかメス型になるかは、女性ホルモンがEsr2bを活性化する度合い(メス型化の促進とオス型化の抑制の度合い)と、男性ホルモンが男性ホルモン受容体を活性化する度合い(オス型化の促進の度合い)のどちらが強いかによって決まると推測される。
 研究グループはさらに、性成熟したメスでも、男性ホルモンや女性ホルモン合成阻害剤を投与して、体内の男性ホルモン量を女性ホルモン量よりも多くすると、1日か2日のうちに、配偶行動に関わる脳領域でのEsr2bの発現が消失することを見出した。逆に、性成熟したオスでも、女性ホルモンを投与して体内の女性ホルモン量を男性ホルモン量よりも多くすると、やはり1日か2日で、そこでのEsr2bの発現が誘導された。本来は性成熟したメスだけにみられ、メス型の性指向と配偶行動を引き起こすEsr2bの発現が、体内の男性ホルモン量と女性ホルモン量の変化に応じて、メスでも消失し、オスにも出現するのである。メダカの性指向と配偶行動は、その時々の体内の男性ホルモンと女性ホルモンの量的なバランスによって、一時的に成り立っているに過ぎないと考えられる。魚類は生涯にわたって性転換(注5)する能力を有していることが知られている。性転換に伴って、性指向や配偶行動パターンも雌雄逆転する。体内のホルモンバランスに応じて「脳の性別」が簡単に変わり得る ことが、魚類で性指向や配偶行動の逆転を可能にしているのだろう。

【研究チームの構成】
西池   雄志 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程2年)
宮副   大地 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程)
外川   理絵 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程)
横山   圭子 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 修士課程)
仲宗根   潔 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程)
菊池  結貴子 (研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程)
亀井   保博 (基礎生物学研究所 生命熱動態研究室 特任准教授)
藤堂    剛 (研究当時:大阪大学大学院医学系研究科 放射線基礎医学講座 教授/
        現:大阪大学放射線科学基盤機構附属 ラジオアイソトープ総合センター 招聘教授)
藤原(石川)智子 (研究当時:大阪大学大学院医学系研究科 放射線基礎医学講座 助教/
        現:大阪大学放射線科学基盤機構附属 ラジオアイソトープ総合センター 研究員)
大野    薫 (基礎生物学研究所 多様性生物学研究室 助教)
宇佐美  剛志 (研究当時:基礎生物学研究所 生殖生物学研究部門 研究員)
長濱   嘉孝 (研究当時:基礎生物学研究所 生殖生物学研究部門 教授)
大久保  範聡 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 准教授)

発表雑誌

雑誌名
Current Biology(2021年2月26日オンライン出版)
論文タイトル
Estrogen receptor 2b is the major determinant of sex-typical mating behavior and sexual preference in medaka
著者
Yuji Nishiike, Daichi Miyazoe, Rie Togawa, Keiko Yokoyama, Kiyoshi Nakasone, Masayoshi Miyata, Yukiko Kikuchi, Yasuhiro Kamei, Takeshi Todo, Tomoko Ishikawa-Fujiwara, Kaoru Ohno, Takeshi Usami, Yoshitaka Nagahama, Kataaki Okubo*(*は責任著者)
DOI番号
10.1016/j.cub.2021.01.089
論文URL
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(21)00154-8

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水族生理学研究室
准教授 大久保 範聡(おおくぼ かたあき)
Tel:03-5841-5288
E-mail:okubo<アット>marine.fs.a.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 受容体
     細胞中、あるいは細胞の表面に存在するタンパク質であり、細胞外から運ばれてきたホルモンなどに結合して活性化し、細胞に特定の反応を引き起こす。女性ホルモン受容体は女性ホルモンに結合し、男性ホルモン受容体は男性ホルモンに結合する。
  • 注2 性指向
     ここでは、どちらの性別を配偶相手に選ぶか、配偶行動がどちらの性別に向かうか、の意味で用いた。性的指向ともいう。
  • 注3 性転換
     魚類の中には、一生の間に性別を変える、いわゆる性転換を行う種類が多い。自然には性転換を行わない魚種でも、ホルモン投与によって簡単に性別が変わることから、魚類は種を問わず、性転換するポテンシャルをもつと考えられている。
  • 注4 発現
     平たく言えば、遺伝子がはたらくこと。遺伝子から転写、翻訳を経て、産物であるタンパク質が合成されることを指す。
  • 注5 TILLING法
     Targeting-Induced Local Lesions In Genomes法の略。薬剤などによって、ゲノム中にランダムに変異を誘発した個体集団の中から、特定の遺伝子に変異が生じた個体を見つける実験手法。今回Esr2b遺伝子に見出された変異は、チミン塩基(T)がグアニン塩基(G)に置き換わった1塩基の置換変異であった。