発表者
申 浩洋 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
白鳥 豊 (新潟県農業総合研究所基盤研究部 専門研究員(当時))
太田沙由理(新潟県農業総合研究所基盤研究部 主任研究員(当時))
増田曜子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
磯部一夫 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
妹尾啓史 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • 畑土壌からの温室効果ガスN2Oの排出量を、菌食性土壌動物の活用によって削減できることを見出しました。
  • 土壌へのココナッツ繊維の施用によって増加した菌食性土壌動物が、N2Oを生成する糸状菌を摂食して減少させることによってN2Oの発生を低減していることを証明しました。
  • 農耕地土壌からのN2O排出量を削減する農業技術につながり、地球温暖化の抑止に貢献します。

発表概要

農耕地土壌は、温室効果ガスの一種でありオゾン層破壊作用も有する一酸化二窒素(N2O)ガスの大きな排出源となっています。N2Oは肥料に含まれる窒素が土壌中の微生物によって形態変化を受ける過程で発生し、その排出削減は世界的な急務です。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻土壌圏科学研究室と新潟県農業総合研究所基盤研究部の共同研究グループは、畑土壌に生息する菌食性土壌動物(ササラダニなど)が土壌中のN2O生成糸状菌(カビ)を摂食することによってN2Oの発生を低減させることを突き止め、土壌からのN2O排出削減に応用できることを見出しました。土壌改良資材として用いられるココナッツハスク(ココナッツの実の周りの繊維質)を土壌に施用すると、その孔隙(隙間)が住み家となって菌食性土壌動物が増殖します。菌食性土壌動物はN2O生成糸状菌を摂食して減少させます。これにより、土壌からのN2O排出が大きく減少するのです。土壌動物によるN2O排出の低減はこれまでに報告例のない新たな発見であり、農耕地土壌からのN2O排出削減技術につながると期待されます。

発表内容


図1 ココナッツハスクを施用した圃場におけるN2O排出量と菌食性土壌動物
ココナッツハスク(a)を施用してスイートコーンを栽培し、土壌からのN2O排出を測定した(b)。栽培期間中のN2O排出総量はココナッツハスク施用区において無施用区のほぼ半分であった(c)。ココナッツハスクには菌食性土壌動物(主にケダニProstigmataとササラダニOribatida)が生息しており(d)、土壌の糸状菌の菌糸を摂食した(e)。



図2 菌食性土壌動物とココナッツハスクを添加した土壌における菌食性土壌動物数とN2O排出量(室内実験)
ココナッツハスクを添加した土壌においては、菌食性土壌動物(ケダニProstigmataとササラダニOribatida)の数が増加した(a)。菌食性土壌動物の数が多いほどN2O排出量が少ないとの関係が見られた(b)。



図3 菌食性土壌動物によるN2O生成糸状菌の摂食(室内実験)
菌食性土壌動物(ササラダニOribatida)は土壌から分離したN2O生成糸状菌(Talaromyces sp.)を培地上で摂食した(a)。ササラダニを添加した土壌では、無添加土壌に比べて、N2O生成糸状菌数(糸状菌nirK遺伝子量を指標とした)が減少し、土壌中でもN2O生成糸状菌を摂食していることが確認された(b)。

 一酸化二窒素(N2O)ガスは二酸化炭素の約296倍の強度を持つ温室効果ガスであり、オゾン層を破壊する最大の原因物質でもあります。このN2Oの大気中濃度が、人間活動の活発化に伴って急上昇しています。作物生産を行うための農耕地からも大量のN2Oが排出されています。土壌に施用された肥料の窒素成分が土壌中の微生物によって形態変化を受けることによってN2Oが発生するのです。N2Oの人為的排出源のうち、農耕地からの排出量は日本で約25%、世界では約60%を占めており、世界人口の急増や途上国の食生活向上に伴う食料増産によって今後さらにN2O排出量が増加すると予測されています。
 地球温暖化やオゾン層破壊を抑止するため、N2Oの排出削減が喫緊の世界的課題となっています。農耕地土壌からのN2O排出量を減らすには、土壌中の微生物によるN2O生成を抑制することが重要な鍵となりますが、これまで農業現場において広く普及した画期的な削減技術はありませんでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻土壌圏科学研究室と新潟県農業総合研究所基盤研究部の共同研究グループは、畑圃場において土壌にココナッツハスクと粒状有機質肥料を施用して作物を栽培すると、ココナッツハスクを施用しない場合と比べて土壌からのN2O排出量がほぼ半減するという、驚くべき現象を見出しました(図1)。ココナッツハスクは隙間が豊富で軽量・安価な素材であることから、土壌の改良資材として用いられています。圃場からココナッツハスクと土壌を採取して注意深く観察すると、施用したココナッツハスクの隙間にササラダニなどの土壌動物が生息しており、それらは土壌粒子上の糸状菌の菌糸を摂食することが分かりました(図1)。このことから、N2O排出量が半減したメカニズムとして「土壌に施用したココナッツハスクが住み家となって菌食性土壌動物が増加し、N2O生成糸状菌を多く摂食したことにより、土壌からのN2O排出量が低減した」という仮説が考えられました。この仮説の妥当性を検証するため、圃場と実験室内において詳細な実験を行いました。
 圃場において土壌にココナッツハスクと粒状有機質肥料を施用すると、土壌中の菌食性土壌動物(ケダニProstigmataおよびササラダニOribatida)の個体数が5倍程度増加することが確認され、土壌からのN2O排出量はほぼ半減しました。土壌を殺虫剤で処理すると菌食性土壌動物の個体数は増加せず、N2O排出量は低減されませんでした。
 実験室においては、土壌中の菌食性土壌動物を低温処理によっていったん除去してから粒状有機質肥料を施用し、ココナッツハスクと菌食性土壌動物(ケダニおよびササラダニ)を添加しました。ココナッツハスクを添加した土壌では、添加しない土壌に比べて菌食性土壌動物の個体数が2倍程度に増加し(図2)、ココナッツハスクは土壌動物の住み家となっていました。そして、菌食性土壌動物の個体数が多いほど土壌からのN2O排出量が少ないという関係が見られました(図2)。
 圃場の菌食性土壌動物の優占種の一つであるササラダニは、土壌から分離した複数のN2O生成糸状菌(Penicillium, Fusarium, Talaromyces, Trichoderma, Aspergillus)の菌糸を摂食しました(図3)。また、ササラダニを添加した土壌では、添加していない土壌に比べてN2O生成糸状菌数(糸状菌nirK遺伝子量)(図3)ならびに一般糸状菌数(糸状菌18S rRNA遺伝子量)ともに減少しており、N2O排出量も減少していることが確認されました。
 以上の結果から、「土壌に施用したココナッツハスクが住み家となって菌食性土壌動物が増加し、N2O生成糸状菌を摂食したことにより、土壌からのN2O排出量が低減した」という仮説の妥当性を証明することができました。
 日本政府は2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにするという目標を掲げています。農耕地土壌からのN2O排出量削減は、この目標を達成し地球環境を守るために重要です。研究グループではこの成果を活用して、N2O排出量を削減し作物生産性も向上する新たな農業資材の開発を進めています。本成果が農業現場に広く応用され、地球環境の保全に貢献することを期待しています。
 本研究は、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(26037B, 27004C)、農研機構生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」(30012B)、JSPS科研費(15KT0024, 20K21303)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「The ISME Journal」(3月4日)
論文タイトル
Mitigating N2O Emissions from Agricultural Soils with Fungivorous Mites
著者
Haoyang Shen*, Yutaka Shiratori*, Sayuri Ohta, Yoko Masuda, Kazuo Isobe and Keishi Senoo
DOI番号
10.1038/s41396-021-00948-4
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41396-021-00948-4

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室
教授 妹尾 啓史(せのお けいし)
Tel:03-5841-5139
Fax:03-5841-8042
E-mail:asenoo<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:https://park-ssl.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/