発表者
深野 祐也(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構 助教)
曽我 昌史(東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 現代社会に広くみられる虫嫌いの理由を、進化心理学的観点(注1)から提案・検証しました。
  • 13,000人を対象としたオンライン実験・調査の結果、都市化によって、①虫を見る場所が室内に移ったこと、②虫の種類を区別できなくなったことが、虫嫌いの強さと嫌う種数を増やす原因であることが分かりました。
  • 本結果をもとに、虫嫌いの緩和に向けたアイデアを提案しました。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構の深野祐也助教らは、昆虫をはじめとする陸生節足動物(以下、総称して「虫」と呼ぶ)に対する否定的な認識(以下、虫嫌い)が世界的にみられる原因を、進化心理学的観点から検証しました(図1)。虫嫌いは世界中、特に先進国で広くみられますが、その原因は不明です。多くの虫に対する否定的な態度は嫌悪という感情として現れ、嫌悪は病原体回避行動を生み出すための心理的適応と考えられています。このような進化心理学の理論(嫌悪感の病原体回避理論とエラーマネジメント理論)に基づいて、「都市化」が虫嫌いを増やす経路が2つあると仮説を立てました。
 1)都市化によって室内で虫を見る機会が増え、室内で見られる虫の方が屋外で見られる昆虫よりも強い嫌悪感が誘発される
 2)都市化によって虫に関する知識が低下し、知識が低下することで嫌悪感を誘発する虫の種類が多くなる
 これらの仮説を検証するために、日本全国で大規模なオンライン実験と調査(n=13,000)を実施し、都市化度、昆虫の目撃場所(屋外・室内)、昆虫に関する知識、および回答者の嫌悪感との関連を定量化しました。結果は仮説を支持し、虫嫌いの背景には、病原体の感染を避けようとする過去の進化的圧力によって形成された心理的メカニズムがあり、それが都市化によって強化されていることが示唆されました。現在、世界中で昆虫の生物多様性の減少が深刻な問題になっており、虫嫌いの多さが、昆虫の保全が進まない要因の1つであると認識されています。そこで、結果に基づいて、虫嫌いを緩和するためのアイデア(①野外に近い条件で虫を見る機会を増やす、②虫の知識を増やして、種類を区別できるようにする)を提案しました。

発表内容

図1 研究の概略図
都市化によって虫嫌いが増える経路が2つあると仮定した。


図2 回答者に提示した虫の画像(屋外背景・室内背景、右)とその結果
回答者の半分が屋外背景の虫を、半分が室内背景の虫の画像に割り当てられた。同じ虫であっても、室内背景の虫の方が高い嫌悪スコアを示している。室内背景でも唯一増加していない種は、カブトムシ。


図3 幼少期と現在の居住地が虫の識別能力に与える影響(左)と回答者の虫の識別能力と各虫に感じる嫌悪の関係(右)
右図では、代表例として最も嫌悪スコアが高かったゴキブリと最も低かったテントウムシのデータを示している。

 現在、虫嫌いは世界中で広くみられる現象です。世界的な虫嫌いは、昆虫の生物多様性保全が進まない一因と考えられており、また強い虫嫌いは日常生活を困難にするため、大きな課題です。しかし、なぜ虫嫌いがこんなに世界的に一般的なのかはわかっていません。大部分の虫が人間にとって害がないことを考えると、これは不思議な現象です。深野助教らは、虫嫌いの多くが嫌悪という感情であるという知見と、都市部の住民ほど虫への負の感情が大きいという知見に注目しました。その上で、進化心理学的な理論に基づいて、「都市化」が虫への嫌悪の強さと幅を増大させる経路が2つあると仮説を立てました。 1つめの経路は、嫌悪という感情が、病原体回避行動を生み出すための心理的適応であるという「嫌悪感の病原体回避理論」に基づいています。この理論では、嫌悪の強さは、対象の感染症のリスクに応じて変化すると予想されます。深野助教らは、都市化によって野外の虫が減る一方で、居住環境(室内)で虫を見る機会が増えると考えました。そして、食事や睡眠・休息を行う居住環境に侵入してきた生物は感染症リスクが高いため、侵入してきた生物を、野外にいる生物よりも嫌悪する傾向があるだろうと予想しました。つまり、都市化によって、野外よりも室内で虫を見る機会が増え、その結果虫に対する嫌悪感が高まるという経路です。
 2つ目の経路は、エラーマネジメント理論に基づいています。この理論では、偽陽性(本当は危険ではないのに危険と判断してしまう)と偽陰性(本当は危険なのに危険でないと判断してしまう)のコストが、進化の歴史の中で非対称的であった場合、コストのかからない誤りをする方に判断が偏る傾向が進化すると予測しています。病原体に対する反応を考えた場合、偽陽性のコスト(=感染症のリスクはないのに対象を避けてしまう)よりも、偽陰性のコスト(=感染症のリスクが高いのに対象を避けずに感染してしまう)の方が圧倒的に高いので、少しでも感染症のリスクがあるものを避ける傾向があると考えられます。そして不確実性が大きければ大きいほど、この偏りが大きくなるだろうと予想されます。自然が失われがちな都市部の住民では、自然に対する知識が失われ、虫の種類を区別できなくなっているかもしれません。この状況では、エラーマネジメント理論によって、本来ならば避ける必要のない多くの虫まで嫌悪を感じている可能性があります。これが、都市化によって嫌悪を誘発する虫の種類が多くなると考えた理由です。
 以上2つの経路を検証するために、日本全国13,000人を対象としたオンライン実験とアンケート調査を行いました。そして回答者の現在・幼少期の居住地の都市化度、昆虫の目撃場所(屋外・室内)、昆虫に関する知識、および回答者の嫌悪感との関連性を定量化しました。まず経路1を検証するための統計解析をした結果、都市に耐性のある生物(ゴキブリ、ハエ、クモなど)ほど、室内で見られがちなことがわかりました。そして、同じ虫の画像であっても、室内を背景にした画像を提示された回答者の方が、屋外を背景にした画像を提示された回答者よりも、強い嫌悪感を持つことがわかりました(図2)。これらは、都市化によって、野外よりも室内で虫を見る機会が増え、その結果虫に対する嫌悪感が高まる経路1を支持する結果です。
 次に経路2を検証しました。幼少期と現在の居住地の都市化度は、現在の自然経験の頻度と虫の識別能力と明確に関連していました。つまり、都市化度が高い地域の住民ほど自然経験の頻度が低く、虫の種名を識別できていませんでした(図3左)。最後に、回答者の虫の識別能力が、嫌悪を感じる虫の種数に与える影響を検証したところ、強い関連がありました。つまり、虫の識別能力が高い人は、嫌悪を感じる虫(ゴキブリなど)と感じない虫(テントウムシなど)がはっきり分かれていたのに対して、虫の識別能力が低い人は、テントウムシにも高い嫌悪感を持つ傾向を持つことがわかりました(図3右)。これは、都市化によって虫の識別能力が低下することで、多くの虫を嫌悪するようになるという経路2を支持する結果です。
 以上の結果をまとめると、虫嫌いの背景には、病原体の感染を避けようとする過去の進化的圧力によって形成された心理的メカニズムがあり、それが都市化によって強化されていることが示唆されました。虫に対する否定的な態度は、昆虫の生物多様性保全が進まない要因の一つとして捉えられています。世界的に進行する都市化によって虫嫌いが増加することが、世界的な昆虫の減少と関連しているかもしれません。本研究の結果は、①野外もしくは野外を感じさせる条件で虫をみること、②虫の知識を増やし、種類を区別できるようになること、が虫嫌いを緩和できる可能性を示しました。今後、これらの可能性を実験的に検証する必要があります。また、この研究は、人間と生物多様性の関係を理解し、より良い関係を構築する上で、進化の観点が有効であることを示しました。

発表雑誌

雑誌名
Science of the Total Environment
論文タイトル
Why do so many modern people hate insects? The urbanization–disgust hypothesis
著者
Yuya Fukano*, Masashi Soga(*責任著者)
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.146229
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.146229

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構
助教 深野 祐也(フカノ ユウヤ)
〒188-0002 東京都西東京市緑町1-1-1
Tel:070-6442-9528
E-mail:yuya.fukano<アット>gmail.com  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 進化心理学
     現在みられる人間の心理メカニズムの多くが、過去の自然選択によって形成された生物学的適応であると仮定し、進化理論から人間の心理学的構造を探求するアプローチ。