発表者
髙梨  秀樹 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
七条  光年 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程: 当時)
坂本  莉沙 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程: 当時)
鐘ケ江 弘美 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任助教: 当時)
岩田  洋佳 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
坂本   亘 (岡山大学 資源植物科学研究所 大気環境ストレスユニット 教授)
堤   伸浩 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表のポイント

  • ソルガムにおいてこれまで報告のなかった小穂構成器官のサイズを制御する遺伝子座を明らかにしました。
  • ソルガムの小穂構成器官のサイズは、草丈を制御することが知られている半矮性遺伝子に大きく影響されることがわかりました。
  • これらの結果は、今後ソルガムの小穂形態に着目した品種改良を計画する際に役立つ基盤情報となると期待されます。

発表概要

 イネ科植物の小穂 (花器官) は生殖に関わる器官であり、その構造を制御する遺伝子/遺伝子座を知ることは子実を利用する作物の品種改良にとって非常に重要であるものの、ソルガムにおいてはこれまで小穂構成器官 (図1) のサイズを制御する遺伝子座は報告されていませんでした。
 東京大学と岡山大学の研究グループは、ソルガムの組み換え自殖系統 (注1) を用いたQTL解析 (注2) により、これまで報告のなかったソルガムの小穂構成器官のサイズおよび子実サイズを制御する遺伝子座を同定することに成功しました。また、ソルガムにおいて草丈を制御することが知られている半矮性遺伝子が小穂構成器官サイズの制御にも関与していることを明らかにしました。さらに、イネにおいては小穂のサイズが子実サイズを制限していることが知られていましたが、ソルガムにおいて子実サイズは小穂サイズに影響を受けない可能性が示唆されました。本研究によるソルガムの小穂構成器官サイズを制御する遺伝子座の同定は、これらの器官に焦点を当てた品種改良を行う際に非常に有用な情報となると期待されます。

発表内容

図1 ソルガムリファレンス系統BTx623における小穂構成器官および成熟子実の様子 (拡大図はこちら)
(a) ソルガムの穂を構成する二次枝梗の一例。不稔である有柄小穂と稔実する無柄小穂がペアで着生し、末端の無柄小穂には二つの有柄小穂が着生する。各種測定には上から二番目の小穂ペアを用いた (矢印)。(b) 前述の上から二番目の小穂ペア拡大図。 (c) 無柄小穂から取り出した小花 (護穎、内穎、鱗皮、雄蕊、雌蕊のセット)。(d) 小花から取り出した葯。(e) 小花から取り出した雌蕊。挿入図は柱頭色の評価基準を示す (BTx623のような白い柱頭を0、NOGのような黄色い柱頭を2、その中間的な色の柱頭を1とした)。(f) 成熟子実の正面および側面画像。各測定項目・基準は図中にある通り。Bars = 2 mm (a、b)、 1 mm (c-f)。


図2 ソルガム小穂構関連形質および成熟子実形質におけるQTL解析結果 (拡大図はこちら)
縦軸はLOD scoreを、横軸はソルガムの染色体上の位置を表し、各パネルの縦軸上の点線は有意水準を示す。LODスコアがより高い領域というのは、すなわちその領域に表現型により強い影響を与える多型が存在する可能性が高いことを意味している。第7染色体, および第9染色体長腕上 (図中黄色枠) に草丈を制御することが知られている半矮性遺伝子Dw3、およびDw1が存在する. 多くの小穂関連形質において共通して検出される興味深い第6染色体上のQTL (図中橙色枠) の責任遺伝子は現時点では明らかになっていない。

 ソルガムは世界五大穀物の一つに数えられる幅広い用途を持つイネ科植物であり、特に近年ソルガム子実はグルテンフリーの小麦代替品として、また健康食品として注目されており、その需要は上昇し続けています。
 子実が稔実する場であるイネ科植物の小穂は、苞穎とその内側に含まれる小花 [護穎、内穎、鱗皮、雄蕊、および雌蕊 (子房+花柱+柱頭) のセット] の集合からなります (図1)。これらの小穂構成器官の構造はイネ科植物の生殖にとって非常に重要であり、例えばイネでは柱頭の露出度 (花柱・柱頭の長さと護穎・内穎サイズのバランスによって決まる) が自然交雑の効率を左右することなども知られています。その重要性から、イネにおいてはこれまでに小穂構成器官のサイズに関する研究が数多くなされてきており、これを制御する遺伝子座も多数報告されています。一方で、ソルガムにおいては品種改良や研究の歴史が浅いこともあり、これまで小穂構成器官のサイズを制御する遺伝子座についての報告はありませんでした。そこで、本研究ではソルガムの小穂構成器官サイズの制御に関する知見を充実させる目的で、QTL解析によりこれらを制御する遺伝子座の同定を試みました。
 ソルガムのリファレンス系統であるBTx623と日本在来系統NOGとの交配から作出した組み換え自殖系統約200系統を栽培し (F7-F8世代)、出穂した各個体から開花直前の小穂をサンプリングし、実体顕微鏡下で解剖・撮影を行い、得られた画像を用いて各小穂構成器官のサイズ (無柄小穂長・無柄小穂幅・有柄小穂長・小花柄長・葯長・花柱長・柱頭長・柱頭幅・柱頭色の9形質) を測定しました (図1b-e)。子実サイズデータに関しては高解像度スキャナを用いて子実画像を取得し、得られた画像を用いて子実長・子実幅・子実厚を測定し (図1f)、またこれらの値から子実長/子実幅比、子実長/子実厚比、および子実幅/子実厚比を算出し、計6種類の子実関連形質データを得ました。
 これら計15種類の形質データと、RAD-seq法 (注3) により得られた本RILs集団におけるゲノムワイドな高密度SNPマーカー情報 (注4) を用いてQTL解析を行った結果、小穂関連形質については計36個、子実関連形質については計7個のQTLを検出することに成功しました (図2)。これらの結果を精査したところ、興味深いことに複数の小穂関連形質で検出されたQTLには、これまでに草丈を制御することが知られていた半矮性遺伝子Dw1Dw3が含まれていること、すなわちこれらの小穂構成器官のサイズもまたDw1Dw3によって制御されていることがわかりました。また、現時点では詳細は明らかになっていませんが、第6染色体上に多くの小穂関連形質について共通して大きな影響力をもつQTLが存在することも示されました。さらに、これまでにイネにおいて子実サイズが小穂サイズに制限されることが知られていましたが、本研究による小穂構成器官のサイズと子実サイズの間に相関が見られなかった、またそれぞれにおいて検出されたQTLが全く一致しなかったことから、少なくとも本研究で用いたソルガム集団において子実サイズは小穂サイズに制限されないことが明らかになりました。
 本研究により同定されたソルガムの小穂構成器官サイズを制御する遺伝子座の情報は、これらの器官に焦点を当てた品種改良を迅速に行う際に不可欠なものであり、今後のソルガム研究ならびに品種改良にとって非常に有用な知見となると期待されます。
 なお、本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業 (17H01457) および科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Genetic dissection of QTLs associated with spikelet-related traits and grain size in sorghum
著者
Hideki Takanashi*, Mitsutoshi Shichijo, Lisa Sakamoto, Hiromi Kajiya-Kanegae, Hiroyoshi Iwata, Wataru Sakamoto, Nobuhiro Tsutsumi* (*責任著者)
DOI番号
10.1038/s41598-021-88917-x
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-021-88917-x

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室
助教 髙梨 秀樹 (たかなし ひでき)
E-mail:atakana<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室
教授 堤 伸浩 (つつみ のぶひろ)
E-mail:atsutsu<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

Tel:03-5841-5075

用語解説

  • 注1 組み換え自殖系統 (Recombinant Inbred Lines: RILs)
     純系同士を交配して得られたF1個体を自殖すると、組み換えによってさまざまなパターンで遺伝子型が分離したF2集団が得られる。RILsとは、各F2個体をスタートとしてそれぞれ自殖をくり返すことで得られる系統群を指す。十分な集団サイズで十分に自殖を繰り返した集団においては、さまざまな組み換えパターンが保存されており、かつほぼ全ての遺伝子座がホモで固定されているため、遺伝学的な解析にとって非常に有用なツールとなる。
  • 注2 QTL (Quantitative Trait Loci) 解析
     ある集団における量的形質 (Quantitative Trait) の形質データとゲノムワイドなマーカー情報を用いて遺伝統計学的解析を行い、その形質を制御する遺伝子座 (責任遺伝子が座上しているであろうゲノム上の領域) を検出する手法。
  • 注3 RAD-seq (Restriction-site Associated DNA Sequencing) 法
     ゲノムDNAを制限酵素により切断し、次世代シーケンサーを用いて制限酵素認識サイトの近傍領域のみをシーケンスし (ゲノム全体の0.1~1%程度)、その中に含まれるSNPを同定・比較する手法。シーケンスする領域を限定することにより低コストで多検体のゲノムワイドな解析が可能。
  • 注4 SNP (Single Nucleotide Polymorphism) マーカー
     本研究では、RAD-seq法によりRILs個体間におけるゲノムワイドな一塩基多型 (Single Nucleotide Polymorphism) を検出・選抜し、これらを高密度ゲノムワイドマーカー (計3,710 マーカー) として用いた。