発表者
永田 奈々恵(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
益子   櫻(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程3年生)
井上 理香子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程:研究当時)
中村  達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師)
有竹  浩介(第一薬科大学 薬品作用学分野 教授)
村田  幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 食物アレルギーや筋ジストロフィーの尿中診断マーカーであるtetranor-PGDM(注1)に対する特異的な抗体と、それを用いた酵素免疫測定法の開発に成功した。これにより簡便かつ安価にtetranor-PGDMの濃度を測定することが可能となった。
  • 開発した抗体を用いた酵素免疫測定法の定量範囲は0.252~20.2 ng / mLであり、このEIA法は、他のtetranor-PG代謝物との交差反応性はごくわずかであった。

発表概要

 tetranor-PGDMは、食物アレルギーやデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの一部の疾患でその尿中レベルが増加する。つまりtetranor-PGDMの濃度を測定すれば、これらの疾患に対する診断や治療に利用できる。
 本研究グループは、マウスにtetranor-PGDMを免疫することでモノクローナル抗体を作成し、その抗体を用いて体液中のtetranor-PGDMレベルを測定するための競合EIA法を開発することに成功した。EIAは、その簡便性および迅速性に優れ、臨床の現場でtetranor-PGDMの濃度を測定するのに適している。今回の成果は、体液中のtetranor-PGDM濃度の簡便な定量を可能にし、食物アレルギーやその他の疾患の治療モニタリングに役立つ可能性がある。

発表内容


 確立した競合EIA法は、十分な特異性でtetranor-PGDMを測定できる。
(A)交差性試験に使用した脂質。(B)確立した競合EIAはtetranor-PGEMやtetranor-PGAM、tetranor-PGFMよりも、tetranor-PGDMに対して強い交差性を示した。

【研究の背景】
 先行研究において本研究グループは、尿中のtetranor-PGDMの濃度が、食物アレルギー患者の症状の重症度と比例することを以前に報告した。またその他にも、デュシェンヌ型筋ジストロフィーやアスピリン不耐性喘息患者などの他の疾患でも、尿中のtetranor-PGDM濃度が上昇することが報告されている。従って、tetranor-PGDMの測定は、これらの疾患に対する診断や治療に有用であると考えられている。しかし現在、tetranor-PGDMの測定には、操作が難しく、費用の掛かる質量分析装置が必要である。一方、酵素免疫測定法(EIA)は、その簡便性および迅速性のために臨床使用に適している。そこで本研究では、tetranor-PGDMに対する特異的なモノクローナル抗体を作成し、体液中のtetranor-PGDMレベルを測定するためのEIAの開発を試みた。

【研究の内容】
 抗原性を高めるために、Tetranor-PGDMにKeyhole limpet hemocyanin(KLH)(注2)を結合させ、マウスに投与して免疫した。限界希釈法により、その脾臓の細胞からtetranor-PGDMに対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得た。次に、そのモノクローナル抗体を使ってtetranor-PGDMに特異的な競合EIA法を作成した。この競合EIA法に対するイオン強度やpHの影響を検討し、最適化を図った。尿中には、tetranor-PGDM以外に、tetranor-PGEMやtetranor-PGFMなどの他の尿中PG代謝物が存在するが、確立したEIA法は、特異的にtetranor-PGDMを測定することができた(図)。尿などの体液には、マトリックスと呼ばれる夾雑物が存在し、抗体の特異的な反応を阻害する。しかし、これらの夾雑物は、固相抽出法(注3)により排除でき、確立したEIAでtetranor-PGDMを特異的に測定できることがわかった。以上のように最適化したした条件下で、確立したEIA法は、良好な希釈直線性および添加回収率を示し、尿中のtetranor-PGDMを評価するのに十分な検出感度を有していることが確認できた。

【結論と意義】
 本研究によって、 tetranor-PGDMに対する特異的なモノクローナル抗体が作成できた。またこの抗体を用いて、高感度なEIA法を作成できた。本研究成果は、体液中のtetranor-PGDM濃度の定量化を可能にし、食物アレルギーやその他の疾患の治療モニタリングへの応用が期待される。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Immunology Research
論文タイトル
Development of monoclonal antibody-based EIA for tetranor-PGDM which reflects PGD2 production in the body
著者
Nanae Nagata, Sakura Masuko, Rikako Inoue, Tatsuro Nakamura, Kosuke Aritake, Takahisa Murata
DOI番号
10.1155/2021/5591115
論文URL
https://www.hindawi.com/journals/jir/2021/5591115/

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5394
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 Tetranor-PGDM
     PGD2の代謝物の1つ。マウスとヒトにおけるPGD2の生合成を反映している。
  • 注2 KLH
     キャリアタンパク質の一つ。小さな抗原から抗体を産生させる際にキャリアタンパク質と抗原を結合させて免疫に用いる。
  • 注3 固相抽出
     目的成分と不純物と分離する方法の1つ。固相担体を充填したカラムに試料溶液を通すことで目的物と不純物を分離する。