発表者
木田 美聖(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程2年生)
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師)
藤原 祐樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程:研究当時)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • マウスにハチ毒を投与すると体温と生存率が低下するが、事前に少量のハチ毒を投与(感作)すると生体防御機構が働き、2回目のハチ毒投与による体温低下が抑制された。一方で、プロスタグランジンD2(PGD2)の受容体CRTH2を欠損したマウスでは、ハチ毒の少量事前投与による、生体防御(体温低下の抑制)は見られなかった。
  • 野生型のマウスでは、ハチ毒を投与するとハチ毒を特異に認識する抗体(IgE)が産生されるが、CRTH2を欠損したマウスではその産生が抑制されていた。
  • 本研究成果は、PGD2/CRTH2シグナルがIgE産生を促進することでハチ毒による体温低下を抑制し、生体防御反応を誘導することを明らかにした。

発表概要

 アレルギー反応と聞くと、本来無害である抗原に対して起こる喘息や食物アレルギーといった疾患を起こす、生体にとって悪い反応と認識されることが多い。しかし、外界と接する上皮に多く存在する肥満細胞や、抗原を認識するIgEの存在によって起こるアレルギー反応は、本来、体内に侵入してきたハチ毒やヘビ毒といった有害な物質を排除し、自身を守るための防御反応であることが分かっている。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、肥満細胞が大量に産生するプロスタグランジンD2(PGD2)と呼ばれる生理活性物質の受容体CRTH2を介したシグナルが、ハチ毒に対する生体防御反応の獲得に重要であり、このシグナルが欠損するとハチ毒の侵入に対する抵抗がなくなり、毒性が強く現れることを発見した。さらには、そのメカニズムとしてこのシグナルが、ハチ毒特異的なIgEの産生を促進する働きを持つことも明らかにした。
 これらの発見は、生物毒に対して生体がもつ巧みな免疫反応の存在意義や、仕組みを明らかにしたものである。また同時に、このPGD2/CRTH2シグナルを介するIgE産生メカニズムを詳細に解明すれば、IgE産生を伴うアレルギー疾患に対する治療法開発の糸口を提案できる可能性を示唆するものでもある。

発表内容

図1 CRTH2シグナルはハチ毒による体温低下を抑制し、生体防御反応を促進する。
 Aはハチ毒投与前の体温を基準に、投与直後から24時間後までの体温変化を表している。白丸はWT、黒丸はCrth2-/-マウスの結果を示している。
 Bは腎臓の切片をHE染色した典型写真である。黒矢頭は尿細管と糸球体内に好酸性の沈着が生じている様子を示している。

【研究の背景】
 生体にはハチ毒やヘビ毒などの動物毒に対する防御機構が備わっている。これらの毒が侵入してくる皮膚には、免疫細胞の一つである肥満細胞が多く存在している。ハチ毒が侵入してくると、肥満細胞は活性化して炎症を引き起こすヒスタミンなどの炎症性物質を放出する。それと同時に、侵入してきたハチ毒の抗原を特異的に認識するIgEが産生される。このIgEが肥満細胞上に結合し、次にハチ毒が入ってきた時にその抗原を認識することで、肥満細胞をより強力、より早く活性化する。マウスを用いた先行研究から、肥満細胞やIgEが存在しないマウスでは、ハチ毒による生体防御反応が起きず、致死率が上がることが分かっている。
 肥満細胞は炎症性メディエーターの他に生理活性脂質であるプロスタグランジンD2(PGD2)も大量に産生することが知られていた。しかし、PGD2やその受容体であるCRTH2がハチ毒に対してどのような役割を担っているのかは不明であった。
 本研究では、PGD2/CRTH2シグナルがハチ毒に対する生体防御反応において果たす役割を解明することを試みた。

【研究の内容】

  • 野生型(WT)とCRTH2受容体を欠損した(Crth2-/-)マウスに80 µgのハチ毒を皮下投与し、その30分後に投与箇所の皮膚を採材してPGD2量を測定した。ハチ毒の投与によって両系統のマウスで同程度にPGD2量が増加することが分かった。
  • 両系統のマウスにハチ毒を皮下投与し、体温を測定した。80、640 µgのハチ毒を投与した時、両系統のマウスで体温低下の程度に差はなかった。640 µgのハチ毒投与では80 µgに比べて体温が顕著に低下し生存率も減少した。さらに、腎臓の切片をHE染色により観察したところ、好酸性の物質が沈着し腎障害が起きていることが確認されその程度は両系統のマウスで差はなかった。これより、初回のハチ毒に対する反応にCRTH2シグナルは関与しないことが分かった。
  • 80 µgのハチ毒を投与した3週間後にさらに640 µgのハチ毒投与した。WTでは初回に640 µgのハチ毒を投与した時に比べて体温低下が有意に抑制され、腎臓の障害程度も軽減された(図1)。一方でCrth2-/-マウスでは体温低下は抑制されず、腎障害も生じた(図1)。これよりCRTH2受容体はハチ毒に対する生体防御反応を誘導することが分かった。
  • ハチ毒を投与したマウスから採取した血清をナイーブなWTに移植すると、血清を移植しなかった群に比べてハチ毒による体温低下が緩和される傾向にあることが分かった。さらに、ハチ毒を投与したマウスの血清中ハチ毒特異的IgE値を測定したところ、WTに比べてCrth2-/-マウスではIgE値が有意に低いことが分かった。これより、血清中に存在するIgEが生体防御反応に重要であることが分かった。
  • IgE産生を促進するメカニズムとして、抗原情報をリンパ節に運ぶ樹状細胞とその活性程度について調べた。その結果、WTに比べてCrth2-/-マウスでリンパ節内の活性化樹状細胞の数が有意に少ないことが分かった。これより、CRTH2シグナルは活性化樹状細胞のリンパ節遊走の促進を介してハチ毒特異的IgEの産生を促進していることが分かった。

【結論と意義】
 本研究はハチ毒を投与するモデルを用いて、投与局所でPGD2が産生されていること、その受容体CRTH2はハチ毒に対するIgE産生を促進することでハチ毒に対する生体防御反応を担うことを初めて示したものである。本研究成果は、PGD2/CRTH2シグナルを標的としたIgE産生メカニズムの解明に応用することで、IgE産生を伴うアレルギー性疾患の治療応用へとつながる可能性を持つものである。

発表雑誌

雑誌名
The FASEB Journal
論文タイトル
PGD2/CRTH2 signaling promotes acquired immunity against bee venom by enhancing IgE production.
著者
Misato Kida, Tatsuro Nakamura, Yuki Fujiwara, Takahisa Murata
DOI番号
10.1096/fj.202002748RR
論文URL
http://dx.doi.org/10.1096/fj.202002748RR

問い合わせ先

東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-5394
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。