発表者
大久保智史(日本新薬株式会社山科植物資料館)
寺内かえで(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員)
岡田 晋治(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任准教授)
齊藤 芳和(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
山浦 高夫(日本新薬株式会社山科植物資料館)
三坂  巧(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)
中島健一朗(生理学研究所生体機能調節研究領域 准教授)
阿部 啓子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)
朝倉 富子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)

発表のポイント

  • 酸味を甘味に換える味覚修飾タンパク質「ネオクリン」を含むクルクリゴと類縁種であるオオキンバイザサの果実の結実に成功し、果実で発現するmRNAを次世代シークエンサーで解析しました。
  • クルクリゴ果実にはネオクリンが存在しましたが、オオキンバイザサでは検出されず、味覚修飾活性もありませんでした。
  • どちらの果実にも遺伝子配列の相同性の高い複数のネオクリン様遺伝子が存在しましたが、発現量は種間で著しく異なっており、発現量の差が味覚修飾活性の有無をもたらすことが明らかになりました。

発表概要

 クルクリゴ(Curculigo latifolia)は東南アジアに広く分布する植物で、その果実は強い甘味に加え、酸味や水を甘く感じさせる味覚修飾作用(酸っぱいレモンを甘いオレンジのように感じさせる)をもっています。この味覚修飾作用はネオクリンというタンパク質によりもたらされます。ネオクリンは非常によく似たアミノ酸配列を持つ塩基性サブユニット(NBS)と酸性のサブユニット(NAS)で形成されるヘテロダイマー(注1)です。
 東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命化学専攻と日本新薬山科植物資料館の研究グループは、クルクリゴの果実とその近縁にあたるオオキンバイザサ(Curculigo capitulata)の果実の結実に成功し、果実に発現するmRNAを次世代シークエンサー(注2)により解析しました。その結果、ネオクリン遺伝子と類似の配列を持つ遺伝子が、どちらにも多数存在していました。進化の過程で遺伝子重複(注3)を繰り返した結果、ネオクリン類似遺伝子が多種類生じたためと推測されます。NBS、NASとほとんど同じ配列を持つオルソログ(注4)が、オオキンバイザサにも存在しましたが、その発現レベルはクルクリゴの約60分の1と大変低くなっていました。今回の結果から、クルクリゴ果実は、進化の過程でネオクリン遺伝子発現が優位となり、味覚修飾作用を獲得したことが明らかになりました。

発表内容


図1 クルクリゴおよびオオキンバイザサとネオクリン
NAS、NBS:ネオクリンサブユニット



図2 ネオクリン類似配列とGNAタイプレクチン遺伝子の系統樹
L:クルクリゴ、C:オオキンバイザサ

 クルクリゴ(Curculigo latifolia)は東南アジアに広く分布する植物で、その果実は強い甘味に加え、酸味や水を甘く感じさせる味覚修飾作用(酸っぱいレモンを甘いオレンジのように感じさせる)をもっています。東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、2004年にこの味覚修飾作用の活性本体がネオクリンというタンパク質であることを明らかにしました。ネオクリンは非常によく似たアミノ酸配列を持つ塩基性サブユニット(NBS)と酸性のサブユニット(NAS)で形成されるヘテロダイマーで、そのアミノ酸配列や立体構造はスノードロップの球根に含まれるレクチン様タンパク質(GNA)に類似していました。一方、クルクリゴの近縁種にもネオクリン様の活性が存在するのかどうかといった知見は全く得られていませんでした。日本新薬山科植物資料館ではクルクリゴの近縁種であるオオキンバイザサ(Curculigo capitulata )の栽培研究を約10年に亘って行い、果実の結実に成功しました。しかし、この果実には味覚修飾活性がなく、また甘味も示しませんでした。ウエスタンブロッティング(注5)によりネオクリンの存在を確認したところ、オオキンバイザサではネオクリンは検出されませんでした(図1)。
 そこで研究グループは、両植物の果実に発現するmRNAの配列を次世代シークエンサーにより解析しました。クルクリゴについては約7.0万種類、オオキンバイザサについては約6.3万種類の遺伝子が見出され、これらの遺伝子の発現量を見積りました。ネオクリンとの配列相同性が高いスノードロップレクチンを含むレクチン遺伝子の発現をクルクリゴとオオキンバイザサで比較すると、どちらもスノードロップレクチン、大豆アグルチニン、タバコレクチン様タンパク質などを多く含んでいました。スノードロップレクチンファミリーに属する遺伝子を調べたところ、ネオクリン遺伝子と類似した配列を持つ遺伝子は、クルクリゴにはNBSとNASを含めて10種、オオキンバイザサには15種と多数の類似遺伝子が検出されました。NBSとNASとほぼ一致する配列を持つオルソログはオオキンバイザサにも存在しましたが、その発現レベルはクルクリゴの約1/60と大変低くなっていました(図2)。クルクリゴの果実には、生の果肉1gあたり約1.3mgものネオクリンが含まれています。一方、オオキンバイザサでは、計算上、オオキンバイザサの果肉1gあたりのネオクリン量は約22µgとなります。今回の次世代シークエンサーによる解析結果から、オオキンバイザサの果実が味覚修飾作用を示さず、また、甘味も示さなかった理由は、十分な量の遺伝子が発現していないためと推測できました。
 このように種間での発現量が大きく異なる理由として、進化の過程で一方の種の転写レベルが低下するような突然変異が生じたことが考えられます。今後、ゲノム解析を行うことで、どのような変化が起こり、種の多様性がもたらされたのかについて詳細な知見を得られると考えられます。
 レクチン様の構造をとるネオクリンのほかにも、ミラクルフルーツに含まれる味覚修飾作用を持つミラクリンや、クズウコン科植物の果実に含まれ、低カロリー甘味料として知られるソーマチンもタンパク質で、前者はダイズKunitz型トリプシンインヒビター、後者はα-アミラーゼ/トリプシンインヒビターに類似した構造を持っています。トリプシンインヒビターもα-アミラーゼインヒビターもレクチンも皆、一般的に果実に含まれる主要な分子群で、量、種類ともに多く存在します。これらの分子の多様性は、進化の過程で遺伝子重複と変異によって生じたと考えられます。ネオクリンを構成する二つのサブユニット(NBS, NAS)は、塩基配列で93%と高い相同性を有しています。次世代シークエンサーの結果では、両サブユニットの発現量がほぼ一致することから(図2)、遺伝子重複が生じたのちに変異が挿入されたこと、また、同じ制御因子下にあることなどが推定されました。クルクリゴにとって甘味と味覚修飾活性を有することが、どのような意味を持つのかは現時点では不明ですが、ヒトが甘味や味覚修飾活性を感じる分子は、偶然出現したのではないかと予想されます。植物の進化の過程での贈り物かもしれません。

発表雑誌

雑誌名
「BMC Genomics」(2021)22:347
論文タイトル
De novo transcriptome analysis and comparative expression profiling of genes associated with the taste-modifying protein neoculin in Curculigo latifolia and Curculigo capitulata fruits
著者
Satoshi Okubo, Kaede Terauchi, Shinji Okada, Yoshikazu Saito, Takao Yamaura, Takumi Misaka, Ken-ichiro Nakajima, Keiko Abe, Tomiko Asakura*
DOI番号
10.1186/s12864-021-07674-3
論文URL
https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12864-021-07674-3

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 味覚サイエンス寄附講座
特任教授 朝倉 富子(あさくら とみこ)
Tel:03-5841-1942
E-mail:asakura<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ヘテロダイマー
     二つの異なるサブユニット(単量体)が物理的・化学的な力によって結合したタンパク質
  • 注2 次世代シークエンサー
     数千から数百万ものDNA断片を同時に配列決定可能な装置
  • 注3 遺伝子重複
     遺伝子を含むDNAのある領域が重複する現象のこと。遺伝子重複が起こる原因としては、遺伝的組換えの異常、レトロトランスポゾンの転移、染色体全体の重複などがある
  • 注4 オルソログ
     共通の祖先遺伝子から種分岐に伴って派生した遺伝子間の対応関係、もしくは、そのような対応関係にある遺伝子群
  • 注5 ウエスタンブロッティング
     電気泳動によって分離したタンパク質を膜に転写し、任意のタンパク質に対する抗体でそのタンパク質の存在を検出する方法