発表者
遠藤龍之助(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生、当時)
内山和樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生、当時)
林 世映(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
板倉正典(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
安達貴弘(東京医科歯科大学 難治疾患研究所 准教授)
内田浩二(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授、AEMD-CREST研究者 兼任)

発表概要

 新型コロナウィルス感染症に関連して何かと耳にする「自然免疫」や「抗体」などの用語ですが、本研究では極めて反応性の高いアクロレインという有毒アルデヒドが、タンパク質に反応して付加体を生成すると、生体防御系(自然免疫)を活性化できるようになるということを発見しました。発見の要点は以下の通りです。

  1. アクロレイン修飾タンパク質を認識するB細胞の存在を見出したこと
  2. アクロレイン付加体特異的B細胞受容体 (BCR) を同定したこと
  3. B細胞受容体レパートリーを分析し、アクロレイン修飾タンパク質に親和性を示す免疫グロブリンM (IgM) 重鎖遺伝子セグメントを特定特定したこと

発表内容


図1 アクロレイン修飾タンパク質による自然抗体産生促進機構

 自然免疫は、病原体に対する生体防御と恒常性の維持に重要な役割を果たしますが、病原体だけでなく、変性タンパク質や酸化修飾タンパク質など、細胞死やストレスに関連した内因性の危険シグナル分子に対しても作用します。これらの危険シグナル分子は、スカベンジャー受容体やトール様受容体(TLR)などの細胞表面受容体によって認識されるほか、自然抗体(主にIgM)などの可溶性パターン認識受容体にも感知されます。自然抗体は、液性免疫応答に関与するB細胞リンパ球のサブタイプであるB-1細胞によって産生されます。 B-1細胞は、外部抗原刺激がない場合でも自然抗体を自発的に分泌し、抗原にいち早く対抗するための既存の即時防御系として機能します。
 本研究では、内因性の自然抗体産生刺激因子の発見を目的に、種々の脂質および糖質関連代謝化合物をタンパク質と反応させ、腹腔細胞や脾細胞に投与し、それぞれの修飾タンパク質刺激による細胞のIgM抗体産生能を調べました。その結果、驚いたことにアクロレイン修飾体が最も高いIgM抗体産生活性を示しました。アクロレインはタバコの煙や自動車の排気ガスにも含まれる環境物質であり、脂質やポリアミンなどの代謝でも生成される内因性アルデヒドです。このスクリーニング結果をもとに、アクロレイン修飾タンパク質がB細胞のサブタイプのうちB-1a細胞に結合し、IgM分泌プラズマ細胞への分化を促進することなどが明らかになりました (図1) 。B細胞は抗原を認識する受容体として抗体を細胞表面に発現しています。さらにIgM産生活性化がBCR依存的であり、アクロレイン修飾タンパク質に特異的に応答するB-1a細胞をハイブリドーマとしてクローン化することにも成功しました。アクロレイン修飾タンパク質特異的B細胞の存在が明らかになったことを受け、次世代シークエンサーによるB細胞受容体レパトア解析を行い、アクロレイン修飾タンパク質に親和性を示すIgM重鎖遺伝子セグメントを特定しました。
 本研究は、アクロレインがタンパク質に反応することにより、自然免疫応答を活性化する特異的な抗原として機能することを明らかにした最初の報告になります。この発見の意義については、細胞内および細胞外においてアクロレインが普遍的に生成されているという事実とも相まって興味深い考察ができます。つまり、アクロレイン修飾タンパク質に対する自然免疫B細胞の存在は、生命がその誕生とともにこの毒性化合物に対して対処しなければならず、その手段として自然免疫を使う術を獲得したことを想像させます。一方、こうした有害物質による自然免疫系の活性化は、ウィルス感染などに対する防御系としても機能している可能性もあり、生命の生存・進化とも関係ある成果と言えます。

 この研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究 (S)、AMED革新的先端研究開発支援事業 AMED-CRESTの支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「The Journal of Biological Chemistry」296, 100648 (2021)
論文タイトル
Recognition of acrolein-specific epitopes by B cell receptors triggers an innate immune response
著者
Ryunosuke Endo, Kazuki Uchiyama, Sei-Young Lim, Masanori Itakura, Takahiro Adachi, and Koji Uchida
DOI番号
10.1016/j.jbc.2021.100648
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0021925821004348?via%3Dihub

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食糧化学研究室
教授 内田 浩二(うちだ こうじ)
Tel:03-5841-5127
Fax:03-5841-8026
E-mail:a-uchida<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/foodchem/index.html