光触媒で空気中に浮遊する”新型コロナウイルス”の感染性を検出限界以下まで消失させることに成功~「Withコロナ」の社会の実現と新たな社会的脅威「変異ウイルス」への対抗策を提示~
- 発表者
- 松浦 遼介 (東京大学大学院農学生命科学研究科 社会連携講座 地球規模感染症制御学 特任助教)
Chieh-Wen Lo (東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 博士課程3年)
和田 智之 (理化学研究所光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム チームリーダー)
染井 潤一 (カルテック株式会社 代表取締役社長)
落合 平八郎 (カルテック株式会社 広報部部長)
村上 武晴 (理化学研究所光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム 研究員)
斉藤 徳人 (理化学研究所光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム 上級研究員)
小川 貴代 (理化学研究所光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム 研究員)
神成 淳司 (理化学研究所光量子工学研究センター光量子制御技術開発チーム 客員主管研究員)
辨野 義巳 (理化学研究所イノベーション推進センター辨野特別研究室 特別招聘研究員:当時)
中川 優 (日本大学医学部内科学系血液膠原病内科学分野 助教)
武井 正美 (日本大学医学部内科学系血液膠原病内科学分野 日本大学総合科学研究所 教授)
間 陽子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 社会連携講座 地球規模感染症制御学 特任教授)
発表のポイント
- 世界で初めて、光触媒技術(注1)で、空気中に浮遊する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染性を検出限界以下まで消失させることを実証しました。
- 光触媒が発生する活性酸素がウイルス粒子表面のSタンパク質(注2)等の分解、ウイルスメンブラン(注3)の破壊やウイルスRNA(注4)を損傷した可能性が一因であることを初めて示しました。
- Withコロナの社会を実現するための安心できるクリーンな空間の構築や現在脅威となっている変異株への効果が期待されると同時に、新たな社会的脅威となり得る未知のウイルス感染症克服の道を拓くものです。
発表概要
現在、新型コロナウイルスの世界的蔓延は「感染症パニック」という言葉に代表されるように、生命と社会・経済に大きな打撃を与え続けています。社会的脅威であるSARS-CoV-2を克服することは現代社会における重要な課題であり、SARS-CoV-2と共生するWithコロナの社会を実現していく上で、SARS-CoV-2の不活化に有効な技術を正確に検証していくことが強く求められています。
東京大学大学院農学生命科学研究科の間特任教授らは、光触媒の実生活への応用を検証するために、120Lのアクリルボックス中にエアロゾル(注5)化したSARS-CoV-2を噴霧し、光触媒搭載の空気清浄機を稼働させたところ(図1②)、光触媒に405nmの可視光を20分間照射することによって、エアロゾル中のSARS-CoV-2を99.9%不活化できることを世界で初めて実証しました(図1③)。同時に、光触媒に励起光を120分照射することによって、液体中のSARS-CoV-2の感染性も検出限界以下となりました(図1①)。光触媒によるSARS-CoV-2の不活化機序として、光触媒反応によるSARS-CoV-2のウイルス粒子への損傷、RNAへの損傷、ウイルスタンパク質の分解が確認され、これらの反応を通じて、SARS-CoV-2が光触媒反応によって不活化されることが始めて明らかとなりました(図1④、図2)。
これらの結果より光触媒技術が液体中とエアロゾル中の新型コロナウイルスの感染性を検出限界以下まで消失させることが実証されました。光触媒反応は紫外線のように人体への有害な作用がなく、屋内の人がいる生活空間において応用が可能であることから、本研究成果はSARS-CoV-2の感染リスクの減少に寄与すると考えられます。
発表内容
図1 光触媒によるSARS-CoV-2の不活化の概略図
感染力を有するSARS-CoV-2の培養液を光触媒を塗布したシートに乗せ、405nmの可視光で光触媒を励起した(①)。エアロゾル中のSARS-CoV-2の不活化試験では、感染力を有するSARS-CoV-2をエアロゾルとして噴霧し、光触媒を搭載した空気清浄機で処理した(②)。その結果、エアロゾル中のウイルスは20分間の光触媒処理で99.9%不活化された(③)。また、光触媒で処理したSARS-CoV-2と未処理のSARS-CoV-2の形態を電子顕微鏡を用いて、観察した(④)。本試験の結果、405nmの可視光で励起した光触媒反応によるSARS-CoV-2のウイルス粒子への損傷、RNAの損傷、ウイルスタンパク質の分解が確認され、これらの反応を通じて、SARS-CoV-2が光触媒反応によって不活化されることが明らかとなった。
図2 光触媒によるSARS-CoV-2の不活化のメカニズム
SARS-CoV-2はSタンパク質が細胞の表面に存在するACE2と結合することで、細胞内に侵入する。細胞内に侵入したSARS-CoV-2はRNAを放出し、そのRNAを翻訳し、ウイルスタンパク質を合成することで、新たなウイルス粒子を形成し、細胞外へと放出することで増殖する。①光触媒によるウイルス粒子の損傷は、ウイルス粒子自体を破壊することによって、このウイルスの生活環を回らなくする。②光触媒によるウイルスタンパク質の分解、特にSタンパク質の分解はウイルスの細胞内への侵入を阻害し、ウイルスの感染性を喪失させる。③光触媒によるウイルスRNAの損傷は、ウイルスゲノムからのウイルスタンパク質への翻訳を阻害し、ウイルスを不活化する。
図3 光触媒によるエアロゾル中のSARS-CoV-2の不活化
培養液中のSARS-CoV-2を、ネブライザーによりエアロゾロとして120Lのアクリルボックス中に噴霧し、光触媒を搭載した空気清浄機により0分から20分間処理した(①-③)。その後エアサンプラーによって回収し、ウイルス感染価を測定した。その結果、光触媒に405nmの光を照射し、光触媒反応を励起したサンプルにおいて、時間依存的に有意に感染性が減少した(④、⑤)。また、405nmの光のみも、エアロゾル中のSARS-CoV-2に対する不活化能を有したが、光触媒のほうが不活化能は高かった。一方で、未処理のコントロール群では、20分後でも感染性を維持していた。回収したSARS-CoV-2のウイルスRNA量を測定した結果、ウイルスRNAは時間依存的に減少し、その減少はウイルスの力価と高い相関を示した(⑥、⑦)。
現在、世界中でパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルスは汚染された物体の表面やエアロゾルを介して急速に感染が広まっています。この急速な感染拡大を止めるためには、環境からのウイルスの除去が必須です。次亜塩素酸などの化学物質や紫外線がSARS-CoV-2を不活化することは知られていますが、毒性などの理由から人が日常生活を行っている場での使用には適しません。そのため、生活環境において効率的にウイルスを不活化する新たな方法の開発は必要不可欠です。ヒトに有害な作用を及ばさずにSARS-CoV-2を不活化するための戦略の一つとして光触媒が挙げられます。光触媒は、光を吸収して触媒作用を示す物質の総称であり、代表的な光触媒の材料としては酸化チタン(TiO2)が知られています。光触媒は抗菌・抗ウイルス効果を有することが知られており、さらに最近、紫外線を用いた酸化チタン光触媒の液体中のSARS-CoV-2の不活化能が示されたばかりですが、その詳細なメカニズムは解明されていません。また、可視光線を利用した酸化チタン光触媒が液体中のSARS-CoV-2を不活化できるか否か、さらに、環境中でのSARS-CoV-2の感染経路として重要なエアロゾル中での効果も未だ明らかになっていません。
間特任教授らは、120L(40 x 50 x 60 cm)のアクリルボックス中に咳と同等のサイズ(粒子径5µm)のエアロゾル化したSARS-CoV-2を噴霧し、アクリルボックス中の空気を酸化チタン光触媒を搭載した空気清浄機で処理することで(図3①-③)、エアロゾル中のSARS-CoV-2を20分間で99.9%不活化できることを世界で初めて証明しました(図3④、⑤)。また、3cm角の光触媒をコーティングしたガラスシートにウイルス液を2ml滴下し、405nmの可視光で励起して反応させることで、液体中のウイルスが120分で99.9%不活化されました(図1①)。加えて、同グループは電子顕微鏡を用いた解析により、光触媒反応によってウイルス粒子の数が減少すること、ウイルス粒子のサイズが大きくなること、ウイルス粒子表面のSタンパク質の数が減少することを明らかとしました(図1④)。この電子顕微鏡による観察の結果は、光触媒反応がウイルスの粒子、特に脂質二重膜へ損傷を与えていることとSタンパク質を分解していることを示唆しています(図2)。さらに、液体中での120分間の光触媒反応によって、Sタンパク質及びNタンパク質(注6)が分解されることをウェスタンブロッティング法(注7)で証明しました。Sタンパク質はウイルスの細胞への侵入に必須のタンパク質であり、Nタンパク質はウイルスの生活環に重要なタンパク質であることから(図2)、このウイルスタンパク質の分解は光触媒によるSARS-CoV-2の不活化のメカニズムの一つと考えられます。同様に、液体中での120分間の光触媒反応によって、ウイルスRNAが損傷を受けることをq-PCR法(注8)で証明しました。ウイルスRNAへの損傷は、ウイルスの細胞侵入後のウイルスの産生を阻害するため(図2)、光触媒のSARS-CoV-2の不活化の非常に重要なメカニズムと考えられます。
光触媒反応は紫外線のように人体への有害な作用がないことが知られています。そのため、屋内の人がいる生活空間において応用が可能であり、SARS-CoV-2の感染リスクの減少に寄与すると考えられます。加えて、光触媒による酸化反応によりウイルスゲノム、ウイルスタンパク質およびウイルス粒子への損傷が惹起されることから、SARS-CoV-2だけでなく、光触媒は幅広いウイルスへの応用が期待されます。さらに、現在脅威となっている変異株に対する光触媒の有効性も期待されます。即ち、薬剤やワクチンはそれらの作用部位に変異が加わることよって、標的となるウイルスが抵抗性を獲得し効果がなくなることがあります。一方で、光触媒反応では、OHラジカル(注9)が発生し、タンパク質を酸化することで、配列や立体構造に関わらずにウイルスを不活化するため、ウイルスの変異によって、その抗ウイルス効果が減少することはありません。また、OHラジカルはタンパク質だけではなく、ウイルスメンブランやウイルスRNAも分解することから、ウイルスメンブランやRNAでの反応もタンパク質の変異とは無関係に起こるため、やはりウイルスの変異によって、光触媒の抗ウイルス効果が減少することはありません。
世界で初めて、光触媒技術で、空気中に浮遊する新型コロナウイルスの感染性を検出限界以下まで消失させることが実証されたことは、Withコロナの社会を実現するための安心できるクリーンな空間の構築が期待されると同時に、現在脅威となっている変異株や新たな社会的脅威となり得る未知のウイルス感染症克服の道を拓くものであることから、今後、ますます光触媒技術の社会への貢献度が増すと考えられます。
発表雑誌
- 雑誌名
- Viruses
- 論文タイトル
- SARS-CoV-2 disinfection of air and surface contamination by TiO2 photocatalyst-mediated damage to viral morphology, RNA, and protein
- 著者
- Ryosuke Matsuura, Chieh-Wen Lo, Satoshi Wada, Junichi Somei, Heihachiro Ochiai, Takeharu Murakami, Norihito Saito, Takayo Ogawa, Atsushi Shinjo, Yoshimi Benno, Masaru Nakagawa, Masami Takei and Yoko Aida※(※責任著者)
- DOI番号
- 10.3390/v13050942
- 論文URL
- https://www.mdpi.com/1999-4915/13/5/942
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 社会連携講座 地球規模感染症制御学
特任教授 間 陽子(アイダ ヨウコ)
Tel:090-2314-5229
E-mail:yoko-aida<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
- 注1 光触媒技術
光触媒とは光を照射することにより、触媒作用を示す物質の総称であり、特に代表的な光触媒活性物質として、本研究でも用いた酸化チタンが知られています。酸化チタンは光を吸収することで、強い酸化還元反応を示すことが知られており、本研究では、この酸化還元反応を利用して、SARS-CoV-2を不活化しています。 - 注2 Sタンパク質
SARS-CoV-2の構造タンパク質の一種であり、ウイルス粒子の表面にスパイク上に存在します。細胞表面に存在するレセプター(ACE2)に結合し、ウイルス粒子の細胞内への侵入を調節します。 - 注3 ウイルスメンブラン
ウイルスの最外殻を構成する脂質二重膜をウイルスメンブランといいます。ウイルスはウイルスメンブランを有するエンベロープウイルスと、ウイルスメンブランを持たないノンエンベロープに分けられ、本研究で用いたSARS-CoV-2はウイルスメンブランを有するエンベロープウイルスです。 - 注4 ウイルスRNA
RNAをゲノムとするウイルス(RNAウイルス)が有する遺伝子の総称。本研究に用いたSARS-CoV-2はRNAウイルスであり、ゲノムとして有するウイルスRNAをもとに感染をした細胞内で増殖します。 - 注5 エアロゾル
気体中に浮遊する微小な液体または個体の粒子と気体の混合体の総称です。SARS-CoV-2は、飛沫として放出された後に、エアロゾルとして空気中を漂い、このエアロゾルからも感染することが知られています。 - 注6 Nタンパク質
SARS-CoV-2の構造タンパク質の一種であり、ウイルスRNAと結合し、ヌクレオカプシドを形成します。Nタンパク質は高い保存性と強い免疫原性を有し、コロナウイルスの診断の標的として使用されています。 - 注7 ウェスタンブロッティング法
タンパク質検出法の一つであり、抗原抗体反応を利用して、目的のタンパク質を特異的に検出します。本研究では、SARS-CoV-2のSタンパク質およびNタンパク質を検出し、その量を測定しました。 - 注8 q-PCR法
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて、サンプルの中になる特定配列のDNAを増幅し、そのDNA量を測定する手法です。本研究では、SARS-CoV-2のN遺伝子領域を増幅し、その量の減少から、光触媒によるウイルスRNAへの損傷を算出しました。 - 注9 OHラジカル
いわゆる活性酸素種と呼ばれる分子種の中の一つであり、非常に強い反応性・酸化力を有する分子です。光触媒反応などにより発生し、あらゆる物質と反応すると考えられ、特に有機物との反応においては、最終的には水やCO2まで分解します。