発表者
浅野 友子(東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林 講師)
鈴木 智之(東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林 助教)

発表のポイント

  • これまで、地形が険しく標高が高い山地流域では、観測が困難なため、水収支を観測した事例は少なく、蒸発散量を直接観測する有効な方法もないため、蒸発散量はよくわかっていませんでした。
  • 本研究では、秩父山地の川又流域(標高628~2,475m)での10年間の水収支から、山地帯や亜高山帯の森林流域では年蒸発散量が372±78mmであることを示しました。
  • これは、例えばこれまで北日本の森林の年蒸発散量とされてきた600~700ミリと比べても228~328ミリ少なく、今後の森林管理、水資源管理において重要な情報です。

発表概要

 山地流域は下流への水の供給源であり、水収支の把握は水資源管理の観点から重要ですが、標高の高い地域では特に降水量の観測が容易でないため情報が限られています。本研究では山地帯林と亜高山帯林からなる秩父山地の川又流域(標高628~2,475 m、流域面積94 km2 写真)の水収支を求めました。平均すると、川又流域の年降水量は1,747±245 mm y-1、年流出量1,375±220 mm y-1、年損失量は372±78 mm y-1 でした。この年損失量はほぼ年蒸発散量に等しいと考えられるので、川又流域の年蒸発散量は、同じ関東地方の標高の低い場所にある森林流域と比べて数百ミリ小さいこと、また緯度の高い北海道や東北地方にある冷温帯林や亜寒帯林からなる流域と同程度であることがわかりました。対象流域は面積が大きいため、降水の空間分布を考慮する必要がありましたので、まずは流域内外の地上雨量計による観測値を用いてレーダー雨量計による1 km メッシュ解析雨量の精度検証を行い、月降水量、年降水量とも解析雨量は地上雨量計による観測値とほぼ1:1 の対応関係があることを確認しました(図)。その上で解析雨量を用いて流域平均降水量をもとめ、国交省等による流出量の観測値とあわせて2009~2018 年の年水収支を得ることができました。

発表内容

写真 秩父山地の川又流域を白泰山の先、覗岩から望む。手前の岩や谷には日が差しているが、対岸の稜線には雲がかかっている。起伏の大きな山では、標高や斜面の向きによって気象条件が違うこともあり、観測や水収支の定量評価が難しかった。


図 川又流域内外にある4カ所の気象観測所「豆焼」(国土交通省)および「栃本」「ワサビ沢」「小赤沢」(東京大学大学院農学生命科学研究科附属秩父演習林)の地上雨量計と、雨量計のあるメッシュのレーダ雨量計解析雨量による月雨量の比較

 流域単位で見ると、山地は流域下流部に住む人の暮らしを支え、河川生態系を支える水の供給源です。水循環のなかで、森林は蒸発や蒸散により降水を直接大気に戻しますので、森林からの蒸発散量は下流に供給される水の量を左右する重要な要素です。本研究では、これまで観測が困難で情報が少なくあまりわかっていなかった高標高な森林流域の蒸発散量の定量評価に成功しました。日本列島のような急峻な地形条件下では、狭い地域内でも標高等の違いによって流域の水収支や蒸発散量が異なることを示しました。この結果が示唆することとして、今後温暖化で植生の分布が変化すると、高標高域での蒸発散量が増加し、河川を流れる水の量が減る可能性も考えられます。
 今回、高標高な秩父山地で水収支を定量化できたのは、東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林や国土交通省等によって長年にわたり観測されてきた気象・水文観測値と、気象庁・国土交通省による最新のレーダー雨量計による観測値が整備されてきたことによります。

発表雑誌

雑誌名
「日本森林学会誌」103巻2号(2021)145-155
論文タイトル
秩父山地の山地帯林と亜高山帯林からなる流域における水収支 ―1 km メッシュ解析雨量の精度検証と流域平均降水量の算出―
著者
浅野友子*・鈴木智之
DOI番号
https://doi.org/10.4005/jjfs.103.145
論文URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjfs/103/2/103_145/_article/-char/ja

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
講師 浅野 友子(あさの ゆうこ)
〒368-0034
埼玉県秩父市日野田町1-1-49 東京大学大学院農学生命科学研究科附属秩父演習林
Tel:0494-22-0272