発表者
福嶋  沙良(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 修士)
西   宏起(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 特任研究員)
熊野 未佳子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 修士)
山中  大介(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 特任助教)
片岡  直行(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 准教授)
伯野  史彦(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 准教授)
高橋  伸一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 培養肝細胞モデルを用いて、アミノ酸刺激による糖新生酵素G6Pase遺伝子の転写促進作用を代謝物の一種オルニチンが仲介する可能性を示した
  • ホルモンによる糖新生酵素遺伝子の発現調節は広く知られているが、アミノ酸、特にオルニチンはこれらのシグナル経路とは独立の新規経路を介してG6Paseの転写調節をしていた。
  • 近年アミノ酸は代謝制御性シグナル因子として再注目され、その分子基盤の解明が求められている。本研究によりタンパク質栄養状態に応じた代謝調節機構の一端が明らかになった。

発表概要

 三大栄養素の一つ、タンパク質は、生体のエネルギー源であると共に、生体を形作る主要な材料として非常に重要である。一方で、一部のアミノ酸やその類縁体は情報伝達物質としても働いており、生体の代謝恒常性を維持する上でも欠かせない役割を果たしている。動物は適切な量と質のタンパク質を摂取できない時には物質代謝を変化させて栄養環境に適応するが、その詳しい分子メカニズムはほとんどわかっていなかった。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の伯野史彦准教授、高橋伸一郎教授らとその共同研究者らは以前に、低タンパク質食を給餌したラットの肝臓では糖新生(注1)が抑制されることを見出していた。今回、培養肝細胞をアミノ酸欠乏培地で培養する実験から、アミノ酸が内分泌系や神経系とは独立に肝細胞に直接作用して糖新生を促進することを新たに発見。さらにその作用は、既知のシグナル経路とは異なったオルニチン(注2)が仲介する新規経路を介して発現する可能性を示した。本研究は、応用動物科学専攻動物細胞制御学の特任研究員西宏起博士、修士課程の学生、福嶋沙良氏、熊野未佳子氏が中心となって行われた。
 本研究により、近年注目されつつあるアミノ酸による代謝制御システムの一端が明らかになった。さらに、タンパク質の摂取バランスに応じた糖代謝変動の仕組みの理解にもつながると期待している。

発表内容

 糖・脂質・タンパク質は生体の主要なエネルギー源とされ、三大栄養素と呼ばれている。中でもタンパク質/アミノ酸は、生体のあらゆるシステムや構造を形作る主要な材料としても重要な栄養素である。一方で、一部のアミノ酸やその類縁体はホルモンや神経伝達物質としても働いており、生体の代謝恒常性を維持する上でも欠かせない役割を果たしている。したがって動物は効率的に成長、繁殖するために、自身の栄養状態を把握し、適切な量と質のタンパク質を摂取する必要がある。しかし、それがかなわない場合には物質代謝を変化させることで栄養環境に適応する。動物の栄養状態に応じた代謝変化を誘導する仕組みの一つとして、近年、アミノ酸自身の代謝制御シグナル因子としての機能が注目され始めている。そのシグナルの仲介因子としてmTORC1(注3)などが代表的によく知られているが、それらもごく一部であり、アミノ酸シグナルの分子機構の大部分は未解明である。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の伯野史彦准教授、高橋伸一郎教授らとその共同研究者らは以前に、低タンパク質食を給餌したラットの肝臓ではG6Pase mRNA量が低下し、糖新生が抑制されることを見出していた。そこで伯野、高橋らは今回、培養肝細胞モデルを用いてそのメカニズムを検討した。G6Pase遺伝子の発現はホルモンや自律神経系によって調節されることがよく知られているが、培養肝細胞モデルを無血清のアミノ酸欠乏培地で培養するだけでG6Paseの発現が低下し、アミノ酸を再添加するとG6Pase発現が濃度依存的に増加することが明らかになった。これは、内分泌系や神経系とは独立に細胞外のアミノ酸が肝細胞に直接作用してG6Pase発現を調節する仕組みの存在を示している。そこで次に、通常の培地に含まれる20種類のアミノ酸のうちどのアミノ酸が重要か1種類ずつアミノ酸欠乏培地に添加して検討したところ、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミンがG6Pase発現を促進する傾向を示した。肝臓においてこれらは全て尿素回路に直接関係するアミノ酸であることから、アミノ酸によるG6Pase発現制御への尿素回路の関与が強く想定された。そこでアミノ酸欠乏培地に尿素回路の中間代謝物を添加したところ、オルニチンを添加した場合のみ全アミノ酸を添加した場合と同程度にG6Pase発現が促進された。さらに、アミノ酸欠乏時には細胞内オルニチンレベルが顕著に低下する、アミノ酸もオルニチンもラットゲノム中のG6Pase遺伝子上流の同一のプロモーター領域に作用して転写を促進するなどの結果もあわせ、アミノ酸によるG6Pase発現促進作用をオルニチンが仲介している可能性が示された。一般にアミノ酸により活性化されて種々の代謝調節を誘導するシグナル分子としてmTORC1が有名だが、興味深いことに、アミノ酸およびオルニチンのいずれによるG6Pase発現促進作用もmTORC1の阻害剤添加の影響を全く受けなかった。このことは、オルニチンを介したシグナル経路が、既知のホルモンシグナルやアミノ酸シグナル経路とは異なる新規シグナル経路である可能性が高いことを示している。
 タンパク質/アミノ酸は非常に身近な栄養素で、その栄養学的な研究は古くから盛んに行われてきた。食餌中のタンパク質の量や質が動物の成長、代謝、行動に多大な影響を与えるという現象に関しては膨大な知見がある。しかし現在に至るまでそのほとんどの現象の具体的な分子レベルのメカニズムは明らかにされてこなかった。その点で本研究は糖新生活性制御に関わる新規アミノ酸シグナル経路を明らかにした。この成果は、ごくありふれた栄養素であるアミノ酸を利用した新しいエネルギー代謝への介入法の開発につながる可能性がある。比較的安価で安全なアミノ酸を用いた栄養学的なアプローチは、ヒトの代謝改善や資源動物の栄養管理などへの寄与が期待される。本研究は、応用動物科学専攻動物細胞制御学の特任研究員西宏起博士、修士課程の学生、福嶋沙良氏、熊野未佳子氏が中心となって行われた。

発表雑誌

雑誌名
iScience(Volume 24, Issue 7, 23 July 2021, 102778)
論文タイトル
A Novel Amino Acid Signaling Process Governs Glucose-6-phosphatase Transcription
著者
Sara Fukushima*, Hiroki Nishi*, Mikako Kumano, Daisuke Yamanaka, Naoyuki Kataoka, Fumihiko Hakuno*, Shin-Ichiro Takahashi(*責任著者)
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.102778
論文URL
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34278273/

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 動物細胞制御学研究室
准教授 伯野 史彦(はくの ふみひこ)
〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1(7号館B棟332号室) Tel:03-5841-1310
Fax:03-5841-1311
E-mail:hakuno<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 糖新生
     アミノ酸などから糖を合成する代謝反応で、主に肝臓で行われる。Glucose-6-phosphatase (G6Pase) やPhosphoenolpyruvate carboxykinase (PEPCK) などの酵素が触媒する反応が律速反応とされる。
  • 注2 オルニチン
     窒素排出に関わる尿素回路の中間代謝物で、タンパク質を構成しないアミノ酸の1種。
  • 注3 mTORC1
     mammalian target of rapamycin complex 1