発表者
中村  毅 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程:当時
     東京工業大学科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター)
須田 恭之 (筑波大学医学医療系 助教)
棟重 賢治 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程:当時)
藤枝 祐二 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程:当時)
奥村 祐哉 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程:当時)
井上 一朗 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
田中 貴之 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程:当時)
高橋 哲夫 (東海大学工学部生命科学科 准教授)
中西 秀樹 (中国・江南大学生物工程学院 教授)
高  暁冬 (中国・江南大学生物工程学院 教授)
岡田 康志(東京大学理学系研究科物理学専攻 教授)
Aaron M. Neiman (米国・ストーニーブルック大学 教授)
舘川 宏之 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 分子内に疎水性のトンネルを形成してオルガネラ間の脂質輸送を担うVps13について、真核細胞のモデルである出芽酵母の系を用いて、アダプタータンパク質と膜リン脂質PI4Pによる調節機構を発見しました。
  • 近年、Vps13が様々なアダプタータンパク質によって異なるオルガネラ接触部位へリクルートされることが明らかにされていますが、本研究では膜脂質に着目し、オルガネラ膜上のPI4PがVps13の機能を制御することを初めて示しました。
  • 酵母からヒトまで真核生物で広く保存されているVps13は、神経系疾患に関与することも示されており、これらの病態の理解につながることが期待されます。

発表概要

 Vps13は出芽酵母の小胞輸送に関わる遺伝子のスクリーニングから同定され、現在ではVps13ファミリータンパク質として真核生物に広く保存されていることが知られています。ヒトでは神経系疾患に関係することも示されていますが、その発見以来20年以上、Vps13の分子機能は不明なままでした。しかしながらここ数年で、オルガネラ間を橋渡しし、分子内にトンネルを形成し直接脂質を輸送するタンパク質であることが示され、にわかに注目を集めています。Vps13は複数のアダプタータンパク質によって異なるオルガネラ接触部位へとリクルートされますが、その機能がどのように調節されているかは明らかにされていませんでした。
 今回、農学生命科学研究科応用生命化学専攻・生物化学研究室の舘川宏之准教授らのグループは、出芽酵母の前胞子膜(注1)形成の系を用いて、膜形成・脂質輸送におけるVps13の役割の解析を行い、Vps13がアダプタータンパク質に加えて、膜リン脂質であるPI4P(注2)によって制御されることを明らかにしました。本研究の成果は、Vps13ファミリータンパク質の生体内における制御機構および関連するヒト疾患の病態の理解につながることが期待されます。

発表内容

図 前胞子膜伸長においてアダプター複合体とPI4PがVps13の脂質供給を調節する概略図
PI 4-キナーゼStt4が生成するPI4Pは、Vps13の脂質供給を阻害するが、アダプター複合体がその阻害を緩和するという機構。PI4Pは別経路では前胞子膜の伸長に必須な機能を担うため、2つの経路を介して胞子形成が適切に進行する。繋留タンパク質は小胞体-前胞子膜接触部位を安定化させると考えられる。

 出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeのVps13は、Vps13ファミリータンパク質の中で最も研究が進んでいます。もともと液胞へのタンパク質輸送に関与するタンパク質として見出され、近年では分子内にトンネルを形成し、オルガネラ間を橋渡しして直接脂質を輸送するタンパク質であることが示されています。出芽酵母のVps13は単一の遺伝子にコードされており、複数のアダプタータンパク質との相互作用によって様々なオルガネラ間の接触部位に局在していることが示されていますが、その制御機構については明らかにされていませんでした。舘川准教授のグループでは、細胞内にオルガネラなどの膜構造が新生される過程のモデルとして、出芽酵母の胞子形成過程における前胞子膜形成の分子機構の研究を行ってきました。これまでにVps13が胞子形成時特異的なアダプタータンパク質複合体 (Spo71-Spo73) により新たな膜構造である前胞子膜にリクルートされ、その伸長に必須な役割を果たすことを明らかにしてきました。
 研究グループではまず、Vps13およびアダプタータンパク質複合体の機能に迫るため、出芽酵母の遺伝学の手法を用いたスクリーニングを行い、Spo73の欠損による胞子形成不全を過剰発現により回復する遺伝子として、PI 4-キナーゼの調節サブユニットの遺伝子と触媒サブユニットの遺伝子の断片を取得しました。PI 4-キナーゼ複合体は細胞膜上で膜リン脂質PI4Pを生成することから、前胞子膜形成にPI4Pが関与することが示唆されました。そこで得られた遺伝子をもとに解析を進めたところ、前胞子膜上のPI 4-キナーゼの阻害、または前胞子膜へのPI4P 4-ホスファターゼのリクルートにより前胞子膜上のPI4Pレベルを低下させることで、アダプタータンパク質の欠損を部分的に回復できることが示されました。加えて、アダプター複合体が担うVps13の局在制御と、脂質供給を含めた機能調節の2つを分離する実験から、前胞子膜上のPI4PがVps13による脂質供給の調節において負の影響を与えることが明らかになりました。以上の結果から、アダプタータンパク質複合体はPI4PによるVps13の機能阻害を緩和し、オルガネラ間の脂質輸送を促進するということが示唆されました。
 研究グループではさらに、前胞子膜と他のオルガネラとの関係に着目し、Vps13が小胞体-前胞子膜間の接触部位を形成し、この接触部位に小胞体-細胞膜間の接触部位で機能する繋留タンパク質がリクルートされていることを見出しました。細胞が活発に増殖する栄養増殖時には、Vps13と上述の繋留タンパク質は異なる接触部位で機能することから、前胞子膜形成時にはこれらのタンパク質が連携して機能している可能性が示されました。以上より、Vps13による前胞子膜の伸長について、図のようなモデルが提唱されています。
 本研究により、膜リン脂質PI4PによるVps13の機能調節の分子機構が明らかになりました。この機構は前胞子膜形成に限らず、様々なオルガネラ間接触部位におけるVps13の調節にも当てはまることが予想されます。前胞子膜形成に類似した細胞内での生体膜新生は、オルガネラ形成、精子形成、繊毛形成などでも見られる現象であるため、これらの過程の制御における膜脂質の役割の解明や、ヒトのVps13ファミリータンパク質に関連する疾患の理解にもつながることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「PLOS Genetics」17(8): e1009727
論文タイトル
Suppression of Vps13 adaptor protein mutants reveals a central role for PI4P in regulating prospore membrane extension
著者
Tsuyoshi S. Nakamura, Yasuyuki Suda, Kenji Muneshige, Yuji Fujieda, Yuuya Okumura, Ichiro Inoue, Takayuki Tanaka, Tetsuo Takahashi, Hideki Nakanishi, Xiao-Dong Gao, Yasushi Okada, Aaron M. Neiman, Hiroyuki Tachikawa*
DOI番号
10.1371/journal. pgen.1009727
論文URL
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1009727

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室
准教授 舘川 宏之 (たちかわ ひろゆき)
Tel:03-5841-5113
E-mail:atachi<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 前胞子膜
     出芽酵母の胞子形成の過程で、細胞質中に新生される膜構造。新しい細胞に必要な核、オルガネラ、細胞質などを包み込みながら伸長する。胞子形成が完了すると胞子の細胞膜となる。
  • 注2 PI4P(ホスファチジルイノシトール-4-リン酸)
     真核生物に広く存在する膜リン脂質の1種で、ホスホイノシチドに属する。グリセロールに2つのアシル基が結合したジアシルグリセロール骨格に、リン酸基を介してイノシトール環が結合しており、その4位がリン酸化されたものがPI4Pである。ホスホイノシチドはそのリン酸化部位の組み合わせによって、細胞内でシグナル分子やオルガネラに特異性を与える分子として利用されている。PI4Pは通常の細胞ではゴルジ体と細胞膜に多く分布しているが、出芽酵母の前胞子膜にも多いことが示されている。