発表者
永田 奈々恵(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
濵﨑  雄大(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程:研究当時)
稲垣 真一郎(国立成育医療研究センター アレルギーセンター/日本医科大学 小児科 非常勤講師)
中村  達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師)
堀上  大貴(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任研究員:研究当時)
山本 貴和子(国立成育医療研究センター アレルギーセンター 医長/エコチル調査研究部 チームリーダー)
犬塚  祐介(国立成育医療研究センター アレルギーセンター 医員)
下澤  達雄(国際医療福祉大学 医学部 臨床検査医学 教授)
小林  幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
成田  雅美(国立成育医療研究センター アレルギーセンター/杏林大学医学部小児科学教室教授・診療科長)
大矢  幸弘(国立成育医療研究センター アレルギーセンター センター長)
村田  幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • アトピー性皮膚炎のモデルマウスの尿には、脂質の代謝産物である13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGFや13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、13,14-dihydro-15-keto PGJ2が排泄されており、この濃度は症状の悪化に伴って増加した(図1)。このモデルマウスの皮膚を観察したところ、炎症を起こした皮膚の細胞(ケラチノサイト(注1))が、これらの脂質の産生元になっていることが分かった。
  • 国立成育医療研究センターに来院されたアトピー性皮膚炎患者さんの尿中にも、上記の脂質が多く排泄されていることが分かった。
  • この成果は、子供からでも採取しやすい尿を用いてアトピー性皮膚炎を診断できるバイオマーカーの開発に有用である。

発表概要

 アトピー性皮膚炎は、増悪と寛解を繰返す、かゆみを伴う湿疹を特徴とする皮膚の疾患である。この疾患は乳児期に発症することが多く、その患者数は近年増加している。アトピー性皮膚炎の検査では、血中抗体(IgE)(注2)やTARC(注3)などのバイオマーカーが用いられるが、小さな子供から採血する必要があり、採血の負担のない方法の開発が求められる。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーの探索を目的に、アトピー性皮膚炎のモデルマウスを作製し、その尿中脂質を、質量分析装置を用いて網羅的に解析した。アトピー性皮膚炎モデルマウスの尿では、プロスタグランジン(PG)類(注4)の代謝物、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGFや13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、13,14-dihydro-15-keto PGJ2の濃度が増加していた。また、これらの脂質の合成に関与する酵素の発現がアトピー性の炎症を起こした皮膚で発現上昇していることも分かった。一方で、アトピー性ではない皮膚炎のモデルでは、これらの脂質の尿中濃度に変化はなかった。これらの成果をもとに、国立成育医療研究センターに来院したアトピー性皮膚炎患者の尿中の脂質濃度を測定したところ、上記の脂質が多く排泄されることが確認された。これらの知見はアトピー性皮膚炎の病態生理の解明や、採血する必要なくアトピー性皮膚炎を診断できるバイオマーカーの開発に有用である。

発表内容

図1 研究概略図
アトピー性皮膚炎マウスおよび患者の尿では、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、および13,14-dihydro-15-keto PGJ2の濃度が増加していた。

 アトピー性皮膚炎の診断には、臨床的特徴と症状に基づき、さまざまな診断基準が用いられる。アトピー性皮膚炎の重症度の検査として、TARCと呼ばれる血清バイオマーカーの測定が広く知られているが、子供ではこれらマーカーの血中濃度と重症度が相関しない場合がある。 更に、アトピー性皮膚炎は乳児期に発症することが多いため、採血せずに診断できるバイオマーカーが求められている。本研究では、子供からでも採取しやすい尿に排泄されるアトピー性皮膚炎のバイオマーカーを探索する目的で、動物モデルと患者さんの尿中脂質代謝物の濃度を測定した。
 マウス背部にアレルゲンである1-フルオロ-2,4-ジニトロベンゼン(DNFB)を複数回塗布することで、アトピー性皮膚炎のモデルマウスを作製した。また、マウス背部の皮膚をセロハンテープで剥がすことで、アトピー性ではない皮膚炎モデルマウスを作製した。これらのモデルマウスから尿を経時的に採取し、尿中に排泄された脂質代謝物を、質量分析装置を用いて網羅的に濃度測定した。
 DNFBの塗布により、表皮の肥厚や好酸球(注5)やT細胞などの免疫細胞の浸潤、Th2サイトカイン(注6)の上昇を伴うアトピー様皮膚病変が誘発された。このモデルマウスの尿では、PGFと呼ばれる脂質の代謝産物である13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF、PGE2 の代謝産物である13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、およびPGD2 の代謝産物である13,14-dihydro-15-keto PGJ2の濃度が上昇していた。この産生源を明らかにする目的で、DNFB を処置した皮膚の遺伝子やたんぱく質の発現を確認したところ、これらの脂質の合成酵素のmRNAとタンパク質の発現が亢進していることが分かった。つまり、これらの脂質代謝産物は、アレルギー性の炎症を起こした皮膚のケラチノサイトから産生された脂質が代謝され、尿に排泄されたものであることが分かった。

 一方、アトピー性ではない皮膚炎モデルでは、病変部の表皮肥厚はみられたが、Th2型の炎症は起こらず、DNFBモデルでみられたような尿中脂質の変化はなかった。
 これらの結果を基に、国立成育医療研究センター・アレルギーセンターにて、アトピー性皮膚炎患者と湿疹のない患者の尿中脂質を比較した。その結果、アトピー性皮膚炎マウスと同様、アトピー性皮膚炎患者の尿でも上記の脂質が多く排泄されていることが分かった。
 本研究では、アトピー性皮膚炎において、皮膚で産生された脂質が代謝され、尿中に13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGF、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、および13,14-dihydro-15-keto PGJ2が多く排泄されることを発見した。本研究成果は、アトピー性皮膚炎の病態生理の解明や、採血する必要なくアトピー性皮膚炎を診断できるバイオマーカーの開発に有用である。

発表雑誌

雑誌名
The FASEB Journal
論文タイトル
Urinary lipid profile of atopic dermatitis in murine model and human patients
著者
Nanae Nagata, Yuta Hamasaki, Shinichiro Inagaki, Tatsuro Nakamura, Daiki Horikami, Kiwako Yamamoto-Hanada, Yusuke Inuzuka, Tatsuo Shimosawa, Koji Kobayashi, Masami Narita, Yukihiro Ohya*, and Takahisa Murata*(第一著者、 *責任著者)
DOI番号
http://dx.doi.org/10.1096/fj.202100828R
論文URL
https://faseb.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1096/fj.202100828R

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ケラチノサイト
     皮膚の最外層の表皮を形成する上皮細胞。
  • 注2 IgE抗体
     免疫グロブリンの1つ。アレルギー反応に関与する。
  • 注3 TARC(Thymus and activation-regulated chemokine)
     白血球遊走作用を持つケモカインの一種。Th2細胞を病変局所に遊走させて、IgE産生や好酸球を活性化させ、アレルギー反応を亢進させる。アトピー性皮膚炎の症状の重症度を測定する血液検査に用いられる。
  •      
  • 注4 プロスタグランジン
     体内で脂質から合成される生理活性物質。血圧や炎症などの調節に重要な働きがある。
  • 注5 好酸球
     白血球の一種。アレルギーで増加する。
  • 注6 Th2サイトカイン
     リンパ球の1つであるTh2細胞が産生するサイトカイン。アレルギーに関与する。