発表者
坂本 亘(岡山大学資源植物科学研究所 光環境適応研究グループ 教授)
高梨 秀樹(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
岩田 洋佳(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
堤 伸浩(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表のポイント

  • 有機リン系殺虫剤はアブラムシなどの駆除のために植物(作物)に使われますが、一部の作物ではまれに、殺虫剤の散布により植物が薬害を示して死んでしまうことがあります。
  • ソルガム(別名:コーリャン、和名:たかきび、もろこし)で、この薬害を起こす株に着目して研究を進めたところ、原因となる遺伝子が見つかりました。
  • 有機リン系殺虫剤の薬害を防ぐ、安心で安全な作物の改良に役立つことが期待されます。

発表概要

 本研究科の堤伸浩教授らは、岡山大学資源植物科学研究所・光環境適応研究グループの坂本亘教授らと共同で、ソルガム(Sorghum bicolor)が示す有機リン系殺虫剤の薬害を起こす遺伝子を明らかにしました。
 本研究成果は10月6日に、国際科学誌「サイエンティフィック・レポーツ (Scientific Reports)」に掲載されました。
 今回見つかった有機リン系殺虫剤の薬害はトマトでも類似の報告があり、NB-LRRタンパク質を作る遺伝子の変化により作物に蓄積する可能性があることが示されています。このような遺伝子の作用を明らかにすることで、薬害による生育不全を防ぐ作物の改良に役立つことが期待されます。

発表内容



<研究成果の内容>
 本研究科 生産・環境生物学専攻の堤伸浩教授らは、岡山大学資源植物科学研究所・光環境適応研究グループの坂本亘教授らと共同で、ソルガム(Sorghum bicolor)が示す有機リン系殺虫剤の薬害を起こす遺伝子を明らかにしました。
 ソルガム[注1]はアフリカ起源の雑穀で、生産量は、イネ、コムギ、トウモロコシ、オオムギに次ぐ世界5番目の穀物です。雑穀として食されるだけでなく、お酒やビールの原料、家畜の飼料にも使われ、時には草丈が4メートル近くにもなる高バイオマスで、カーボンニュートラルに貢献する材料として注目されつつあります。日本では「たかきび」「もろこし」「あまきび」などと呼ばれ、非灌漑地域の山間部などで栽培されています。一方で、他の作物と同様、ソルガムはアブラムシがつきやすく、時に大きな虫害を起こすため、有機リン系などの殺虫剤が駆除に使われています。
 研究グループは、ソルガムの遺伝子研究に用いている日本在来のたかきび (NOG)が、フェニトロチオンやマラチオンなど特定の有機リン系殺虫剤[2]で薬害を示すことを10年ほど前に見つけ、この原因となる遺伝子の研究を進めてきました(図1)。アメリカで作られたソルガム(BTx623)とたかきびを交配して作った雑種から、自殖を繰り返して作った純系の集団でこの薬害耐性の分離を調べ、遺伝子の特定を行いました。その結果、NB-LRR[3]と呼ばれる、植物の病害応答に関わることが知られるタンパク質をつくる遺伝子に変化が起きた結果、この有機リン系殺虫剤の薬害が生じることが明らかになりました。NB-LRRタンパク質を作る遺伝子は植物に多く存在して「遺伝子ファミリー」を作っており、一部の遺伝子は特定の病原細菌を認識するタンパク質を作り、植物を護る抵抗性を作り出すことも知られています。今回ソルガムで見つかった遺伝子は、有機リン系殺虫剤を何らかの作用で認識するNB-LRRタンパク質を作るようになった結果、薬害を起こすことが明らかになりました。調べられた世界のソルガム系統からは、3系統のみがこの薬害を示す遺伝子を持っていることもわかりました。

<社会的な意義>
 今回見つかった有機リン系殺虫剤の薬害はトマトでも類似の報告があり、NB-LRRタンパク質を作る遺伝子の変化により作物に蓄積する可能性があることが示されています。このような遺伝子の作用を明らかにすることで、薬害による生育不全を防ぐ作物の改良に役立つことが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports, 2021年10月6日(日本時間午後6時)
論文タイトル
NB-LRR-encoding genes conferring susceptibility to organophosphate pesticides in sorghum
著者
Zihuan Jing, Fiona Wacera W., Tsuneaki Takami, Hideki Takanashi, Fumi Fukada, Yoji Kawano, Hiromi Kajiya-Kanegae, Hiroyoshi Iwata, Nobuhiro Tsutsumi, and Wataru Sakamoto
DOI番号
s41598-021-98908-7
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-021-98908-7

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
教授 堤 伸浩(つつみ のぶひろ)
Tel:03-5841-5073
Fax:03-5841-5183
E-mail:atsutsu<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ソルガム
     ソルガムはアフリカが起源地で、生産量では世界5番目の穀物(下図参照)。トウモロコシと同じC4型という光合成をする作物で、C3型のイネやコムギよりも旺盛な生育を示し、4メートル以上になる品種もある。種子は食用、その他の地上部は飼料として利用される。種子はグルテンフリーで抗酸化物質を多く含み機能性食品としても注目されつつある。茎(くき)にショ糖を蓄積する品種もあり、高バイオマス性を利用したバイオエネルギー・化学製品への利用も試みられている。ソルガムは熱帯・亜熱帯の乾燥地から温帯の世界各地で生育して過酷な環境でも良く育つが、育種による品種改良の歴史は他の穀物より浅く、様々な特性、特に異なる環境適応性を示す在来系統が世界中に散在している。穀物の中では、DNAの遺伝情報がイネに次いで小さく、遺伝子解析の進んだイネの情報を活用して新たな遺伝子を見つけることができる。
  • 注2 有機リン系殺虫剤
     有機リン系殺虫剤は、リン酸をエステル化合物として含む殺虫剤の総称で、昆虫の体内に取り込まれると、コリンエステラーゼという酵素を阻害して、神経末端の伝達物質アセチルコリンの分解を阻害して殺虫作用を示す。
  • 注3 NB-LRRタンパク質
     植物の病原となる細菌やウイルスを認識するための受容体として働くタンパク質。植物の病原に対して抵抗性を示す作用を起こすNB-LRRも知られており、それらのタンパク質を作る遺伝子は抵抗性遺伝子と呼ばれる。モデル植物のシロイヌナズナには、約200のNB-LRRを作る遺伝子があることが知られている。