発表者
籾山 寛樹(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 博士課程)
熊谷 朝臣(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 教授)
江草 智弘(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 特任研究員(研究当時)/ 現 静岡大学農学部 助教)

発表のポイント

  • 主要な森林施業の一つである間伐(注1)が流出にどれほど影響を与えるのかをコンピュータ・シミュレーションによって検討しました。
  • 間伐に伴い総流出量は増加するものの、そのほとんどは渇水時の流出増加には寄与しませんでした。
  • 間伐による渇水時の流出増加量は流域の保水性によって大きく左右されました。

発表概要

 日本では近年、森林流域における水資源を保全するために間伐が求められることがあります。そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻の大学院生・籾山寛樹と熊谷朝臣教授、江草 智弘研究員(現 静岡大学農学部助教)のグループは、実際にどの程度水の流出量が渇水時に間伐によって増加するのかを調べるために、数値計算によるアプローチで流出増加量の計算を試みました。すると、流出増加が望まれる渇水時に配分される割合は限られました。また、渇水時にどれほど流出増加量が配分されるかは流域の保水性にも左右され、保水性の低い流域では総流出量の増加のうち渇水時に配分される割合がとりわけ低くなりました。

発表内容

図1 間伐による大渇水時(低水・渇水年)の流出増加量は平常時(平水・平年)より少なくなるという結果が得られました。また、大渇水時の流出増加量は流域の保水性が高い方が大きくなるということが示唆されました。(図のグラフは間伐前2229本ha-1、間伐後1132本ha-1を想定して計算されたグラフです。)

 日本の国土の7割は森林によって覆われており、源流部の森林は水源として重要な役割を果たしています。気候変動による乾燥日の増加や降雪量の減少によって渇水リスクの増大が懸念されておりますが、森林管理には渇水を防ぐはたらきも期待されてきました。そういった中で推進されている森林施業の一つが間伐です。国内外における長年の研究の結果として、樹木の伐採などの植生の喪失を伴う施業によって総流出量が増加することは分かっています。しかし、100年に1度というような大渇水時に間伐が流出量にどれほど影響を与えるのかはまだよく分かっておりません。また、近年の研究により、間伐が蒸発散(注2)に及ぼす影響が明らかになりつつあります。このような知見をモデルに反映させることによって、間伐に伴う蒸発散の変化が渇水時の流出量に及ぼす影響について調べました。
 本研究の試験地は神奈川県の大洞沢流域です。現地で観測された気象データや地形データをモデルに入力することによって試験地で観測された流出量が予測できることを確かめ、このモデルの蒸発散プロセスを変化させることによってスギやヒノキなどの針葉樹人工林における間伐のシミュレーションを行いました。この際、森林流域の蒸発散は樹木の葉などで遮られて地表に到達することなく蒸発する「遮断蒸発」と植生による「蒸散」に大きく分けられますが、既往研究を参考に日本の針葉樹人工林における間伐ではこのうち遮断蒸発のみが変化すると仮定して計算しました。シミュレーション結果の検討にあたっては、一年の中で流出量の少ない時期の流出量を低水として、中間にあたる流出量である平水と比較しました。さらに、乱数を用いて生成した疑似的な気象データを利用して、低水がとりわけ低くなる渇水年と一般的な年である平年との比較も行いました。すると、平水に比べると低水の方が増加量は少なく、さらに低水の増加量は平年と比較すると渇水年の方が少なくなる、という計算結果が得られました(図1)。これは間伐による流出増加量のうち大渇水時に配分される割合は限られる、ということを意味します。そのため、間伐は総流出量の増加から期待されるほどの渇水を防ぐ効果は無いことが示唆されました。
 また、流域の保水性が異なる流域ではどのようになるのかも検証しました。すると、保水性の低い流域では総流出量の増加のうち大渇水時に配分される割合がとりわけ低くなるという結果が得られました(図1)。これは、もし間伐を利用可能な水資源を増やすために行うのであれば、土壌の圧迫などで流域の保水性が下がるのは望ましくないことを意味します。モデルの中で流域の保水性をどう決定するのか、流域の保水性は施業によってどのようにどれほど変化しうるのかは今後の検討が必要になりますが、この研究は森林計画やそれに関する政策立案にも役立てられるものと考えられます。

発表雑誌

雑誌名
Forest Ecology and Management
論文タイトル
Model analysis of forest thinning impacts on the water resources during hydrological drought periods
著者
Hiroki Momiyama*, Tomo’omi Kumagai, and Tomohiro Egusa(*責任著者)
DOI番号
10.1016/j.foreco.2021.119593
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0378112721006836

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 森林生物地球科学研究室
教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ)
Tel:03-5841-8226
E-mail:tomoomikumagai<アット>gmail.com  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 間伐
     樹木が込み合いすぎるのを防ぐためにその一部を伐採して間引く、森林施業の一種。
  • 注2 蒸発散
     地表からの蒸発と植物による蒸散を合わせて蒸発散と呼ぶ。