発表者
石田 大歩(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:当時)
村上  晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
神木 春彦(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:当時)
松郷 宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
片山 美沙(東京大学農学部 獣医学専修 学部生)
関根  渉(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
大平 浩輔(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
上間 亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
堀本 泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • D型インフルエンザウイルスは、牛呼吸器病症候群(注1)の原因ウイルスの一つです。
  • D型インフルエンザウイルスゲノム(注2)を構成する7分節の一つであるNS分節を人為的に二つに分離させた8分節ウイルスの作出に成功しました。
  • 組換えウイルスは、D型インフルエンザウイルスの基礎研究やワクチン開発などに応用できます。

発表概要

 最近、米国で発見された新しい型(D型)のインフルエンザウイルスは、疫学解析の結果、わが国を含む世界中に広がっており、牛の死亡原因の多くを占める牛呼吸器病症候群(BRDC)の原因ウイルスであることがわかってきました。しかし、そのウイルス性状については不明な点が多く、また、病気を予防するワクチンも実用化されていません。今回、私たちは、D型インフルエンザウイルスゲノムを構成する7分節の一つであるNS分節を二つの人工分節(NS1およびNS2分節)に分離した8分節の組換えウイルスを、リバースジェネティクス法(注3)により作出しました。この方法は、本来のNS分節では不可能であったNS1およびNS2遺伝子に独立した変異を導入することを可能にします。そこで、NS1およびNS2タンパク質のN末端の重複領域(NOR: N-terminal overlapping domain)を個別に欠損させた変異体の作出(レスキュー)を試みたところ、NS1のNORのみがウイルス増殖に必須な機能をもつことがわかりました。今回確立した8分節レスキューシステムは、ウイルスタンパク質の機能解析やワクチン開発などに高く貢献することが期待されます。

発表内容

図 8分節ゲノムをもつ組換えD型ウイルス
人工NS1分節とNS2分節をもつ8分節ウイルス(rD/OK-8seg)を作出しました。野生型(WT D/OK)と比べ増殖性はやや低下しました。丸いスポットはウイルスの増殖部位を示します。加えて、NS2のNORを欠損する8分節ウイルス(rD/OK-8seg-NS2ΔNOR)もレスキューされました。rD/OK-8segと増殖性の差はなく、NORにはNS2機能ドメインが含まれないことが示されました。一方、NS1のNORを欠損する8分節ウイルスは得られませんでした。

 インフルエンザウイルスは、粒子内部のタンパク質性状によりA型からD型に分類されます。A型ウイルスは人の季節性インフルエンザや鳥インフルエンザを、また世界的大流行(パンデミック)をひき起こすのもA型ウイルスです。B型ウイルスも季節性インフルエンザを、C型ウイルスは幼児に軽い呼吸器症状を起こします。一方、D型ウイルスは2011年に米国の呼吸器症状の豚から初めて分離されましたが、その後の調査で、わが国を含め世界の畜産業に多大な経済的損失を及ぼしているBRDCの原因ウイルスの一つであることがわかってきました。したがって、BRDCを制御するためにD型ウイルスに対する予防ワクチンの開発が家畜衛生分野における重要課題になっています。しかし、その開発にはウイルスの増殖機構などの基礎データの獲得が必要です。最近私たちは、感染性のD型変異ウイルスをプラスミドから人工的に作出するリバースジェネティクス法を確立しました(Ishida et al., JVI, 2020)。今回、この方法を用いて8分節改変ゲノムをもつD型ウイルスの作出を試みました。
 D型ウイルスゲノムは7分節で構成されます(注2)。このうちNS分節にはスプライシング制御により2種類のタンパク質(NS1およびNS2)がコードされています。研究が進んでいるA型ウイルスのNS1タンパク質は、宿主の自然免疫を抑制する多機能因子として宿主域や病原性を制御し、NS2タンパク質はウイルスRNP(注4)の核外移行を担うことがわかっていますが、D型ウイルスのNS1やNS2タンパク質の機能はわかっていません。各タンパク質の機能解析には、それぞれに任意の変異を導入した変異ウイルスの表現型の変化を解析する手法が必要ですが、NS1とNS2遺伝子間には重複領域があるためNS分節上で各タンパク質に特異的な変異を導入することは不可能です。そこで、スプライシング配列の改変によりNS1のみを発現するNS1分節とイントロン配列の欠損変異によりNS2のみを発現するNS2分節を同時にもつ8分節ウイルスを作出しました(図: rD/OK-8seg)。さらに、各分節のNORを欠損させた8分節変異ウイルスのレスキューの成否から、NS1タンパク質のNORはウイルス増殖に必須の機能をもつことがわかりました。
 今回、私たちが確立したD型インフルエンザウイルスの8分節レスキューシステムは、NS1やNS2タンパク質のみならず、M分節に同様にコードされる2つのタンパク質(M1およびM2)の分子解析にも応用できます。さらに、8分節ウイルスは弱毒化すること、またそのゲノム構造から強毒復帰する可能性は極めて低いため、D型インフルエンザのワクチン開発への応用も期待できます。
 本研究は、JRA畜産振興事業の助成により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Viruses
論文タイトル
Construction of an Influenza D Virus with an Eight-Segmented Genome
著者
Hiroho Ishida, Shin Murakami, Haruhiko Kamiki, Hiromichi Matsugo, Misa Katayama, Wataru Sekine, Kosuke Ohira, Akiko Takenaka-Uema, Taisuke Horimoto
DOI番号
10.3390/v13112166
論文URL
https://www.mdpi.com/1999-4915/13/11/2166

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
准教授 村上 晋(むらかみ しん)
Tel:03-5841-5398
Fax:03-5841-8184
E-mail:shin-murakami<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel:03-5841-5396
E-mail:taihorimoto<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 牛呼吸器病症候群
     様々なウイルスや細菌などの感染を原因とするウシの呼吸器複合病。肥育牛の死亡率が高く、ワクチン開発が世界的に期待されている。BRDC(bovine respiratory disease complex)と呼ばれる。
  • 注2 D型インフルエンザウイルスゲノム
     7分節のマイナス一本鎖RNAから成る。各分節(PB2, PB1, P3, HEF, NP, M, NS)はそれぞれウイルスタンパク質をコードする。
  • 注3 リバースジェネティクス法
     インフルエンザウイルスのゲノムRNA分節およびタンパク質をコードするプラスミドを同時に培養細胞に導入することでウイルスを作出する方法。ゲノムRNA転写プラスミドに変異を導入することで、任意の変異ウイルスを作出できる。
  • 注4 インフルエンザウイルスRNP
     ウイルスのリボヌクレオタンパク質(ribonucleoprotein)。ウイルスRNAと核タンパク質(NP)およびRNAポリメラーゼ(PB2, PB1, P3)が会合した複合体のこと。核内で形成されたRNPは核外に輸送され、細胞膜上で出芽するウイルス粒子に取り込まれる。