発表者
浅井 良樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程:研究当時)
平塚 知成(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任助教)
上田 美祐(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程:研究当時)
河村 優美(理化学研究所 環境資源科学研究センター テクニカルスタッフ)
浅水 俊平(東京大学大学院農学生命研究科 応用生命工学専攻 特任講師)
尾仲 宏康(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任教授)
有岡 学(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
西村 慎一(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 講師)
吉田 稔(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授;理化学研究所 環境資源科学研究センター グループディレクター)

発表のポイント

  • 糸状菌Acremonium persicinum MF-347833が2つのよく似た鉄結合性二次代謝物(シデロフォア)を産生し、機能的に使い分けていることを明らかにしました。
  • 2つのシデロフォアの生合成遺伝子は構造的に異なることから、それらは異なる進化の過程を経て独自の機能を獲得したと考えられます。
  • 2つのよく似た分子の細胞内での生産と局在は鉄濃度により異なる制御を受けており、その分子機構の解明が次の課題です。また、他の微生物のシデロフォアの生理機能にも興味が持たれます。

発表概要

鉄は地球上に豊富にありますが、そのほとんどは水に溶けにくい水酸化鉄(III)として存在します。しかし鉄はほとんどの生物にとって必須元素です。微生物は鉄にキレートするシデロフォアと呼ばれる二次代謝物を合成して鉄の獲得を行っていることはよく知られていますが、その生理機能が詳細に調べられた例は限られています。東京大学大学院農学生命科学研究科の浅井良樹大学院生、平塚知成特任助教、西村慎一講師、吉田稔教授らのグループは、理化学研究所のグループと共同研究を行い、糸状菌Acremonium persicinum MF-347833が2種類のよく似たシデロフォアと呼ばれる有機分子を使い分けて環境中の鉄濃度に適応していることを明らかにしました。本糸状菌のゲノムを解析し、2つのシデロフォアの生合成遺伝子を特定、その遺伝子破壊株の表現型を解析することで、1つは環境中の鉄を吸収するとともに競合する糸状菌に対する抗生物質として、もう1つは細胞内で過剰な鉄を隔離する分子として働くことが示されました。このことから、必須だけれども毒性もある鉄をうまく利用する方法をシデロフォアを使って獲得したことが示唆されます。今後、自然界の微生物同士の相互作用におけるシデロフォアの意義の解明や天然のシデロマイシンの有用性が明らかになることが期待されます。

発表内容


図1 糸状菌Acremonium persicinum MF-347833による2種のフェリクローム型シデロフォアの使い分け。
本糸状菌においてフェリクロシン(左)は菌体に蓄積して鉄の貯蔵・隔離にはたらき、ASP2397/AS2488053は多くが細胞外に分泌されて抗生物質として働く。一部は細胞に取り込まれ、鉄源として使われる。化合物の構造式の下にあるのは生合成タンパク質の模式図。

図2 ASP2397/AS2488053はディフェンス化合物として機能する。
通常の培地と、鉄を欠乏させた培地を用いて、左にA. persicinum MF-347833を、右に別の糸状菌Aspergillus fumigatusを培養した(左)。A. fumigatusはヒト真菌症の主要な菌としても知られている。野生株のA. persicinumの場合、鉄欠乏条件でA. fumigatusの生育が阻止されている(写真、左下)。通常の培地ではそれは見られない。ASP2397/AS2488053の生合成遺伝子sid1を欠損した株では、鉄欠乏条件でも生育阻止が見られない。フェリクロシンを産生するsid2を欠損した株はASP2397/AS2488053を合成できるため、野生株と同様に生育阻止を示す。

 鉄は地球上で最も多い元素ですが酸化的な地球環境では水溶性の低い水酸化鉄(III)として存在します。鉄はDNAなどの核酸合成やエネルギー産生、各種の酵素反応に必須な元素であることから、生物は鉄を取り込むための様々なシステムを発達させています。微生物や一部の植物が産生するシデロフォアと呼ばれる二次代謝産物(注1)もその一つです。シデロフォアは鉄(III)イオンと強力に結合する分子で、鉄が不足すると産生されます。産生されたシデロフォアは細胞外に分泌され、鉄(III)イオンとキレートしたのちにトランスポーターにより細胞に回収されます。また、細胞内に蓄積され、鉄の貯蔵に働くシデロフォアも知られています。しかしシデロフォアの種類や構造は微生物の種によって異なり、いずれも鉄にキレートすることが共通の分子機能ですが、生産菌においてどのような生理機能を持っているのか、実はあまりよく調べられていません。

 私たちは抗真菌活性を持つASP2397/AS2488053(注2)に注目して研究を開始しました。本化合物は糸状菌Acremonium persicinum MF-347833が産生する二次代謝産物で、糸状菌によくみられるフェリクローム型のシデロフォア(注3)とよく似た化学構造を持っています。病原性の糸状菌(真菌)に対して臨床試験では安全で強力な抗真菌活性を示すことがわかっています。どのように病原性真菌を殺すのかについては、シデロフォアになりすまして病原菌に取り込まれるトロイの木馬型の抗生物質(注4)であることは分かっていましたが、その薬理活性の発現メカニズムも、生産菌における生理機能も不明でした。本研究ではASP2397/AS2488053の生理機能の解明を目的として、まず生産菌であるA. persicinum MF-347833のゲノムを解析したところ、本糸状菌は2つのフェリクローム型シデロフォアの生合成遺伝子を持っていることを見出しました(図1)。遺伝子破壊株を作製し、培養液の成分を解析すると、1つはASP2397/AS2488053を合成する遺伝子(sid1と命名)、もうひとつはフェリクロシンと呼ばれるシデロフォアを合成する遺伝子でした(sid2と命名)。sid1遺伝子の発現とASP2397/AS2488053の産生は一般的なシデロフォアと同様に鉄が枯渇した条件でみられましたが、面白いことに、sid2遺伝子の発現とフェリクロシンの産生は逆に鉄が多い条件で誘導されました。さらに作製した遺伝子破壊株を用いて種々の培養実験を行ったところ、ASP2397/AS2488053は細胞外に分泌されて他の糸状菌の生育を阻止する抗生物質として働くとともに、外から鉄を取り込む働きを持つこと、フェリクロシンは細胞内に蓄積して過剰な鉄による毒性を抑制することが明らかになりました(図1、2)。

 シデロフォアは一般に鉄飢餓条件で生合成遺伝子の発現誘導がかかると考えられていますが、本糸状菌においてフェリクロシンは鉄過剰条件で産生されました。一方、強力な抗真菌活性を示すASP2397/AS2488053がフェリクロシンと異なり、鉄飢餓条件で生産され、競合する真菌を攻撃する抗生物質としてだけでなく鉄を回収する道具としての機能を持つ点は予想外の発見でした。sid1sid2は遺伝子構造も異なることから進化の過程も異なると予想されます。本糸状菌が鉄濃度をどのように感知し、それがシデロフォアの生合成制御にどのように伝達されているのか、分子レベルで理解することが次の課題です。また、ASP2397/AS2488053に対する自己耐性の獲得機構についても、ゲノム情報を詳細に解析することにより明らかになるかもしれません。そして他の微生物についても解析すると、シデロフォアの予想しない生理機能が見つかることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
ACS Chemical Biology
論文タイトル
Differential biosynthesis and roles of two ferrichrome-type siderophores, ASP2397/AS2488053 and ferricrocin, in Acremonium persicinum.
著者
Yoshiki Asai, Tomoshige Hiratsuka, Miyu Ueda, Yumi Kawamura, Shumpei Asamizu, Hiroyasu Onaka, Manabu Arioka, Shinichi Nishimura,* and Minoru Yoshida*(*責任著者)
DOI番号
10.1021/acschembio.1c00867
論文URL
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acschembio.1c00867

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
教授 吉田 稔(よしだ みのる)
Tel:03-5841-5161
E-mail:ayoshida<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
講師 西村 慎一(にしむら しんいち)
Tel:03-5841-5162
E-mail:anshin<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 二次代謝物
     生命に必須な一次代謝物(アミノ酸、脂質など)をもちいた二次代謝によって産生される代謝物。抗生物質や色素がその代表例で、欠損しても致死ではない。
  • 注2 ASP2397/AS2488053
     アステラス製薬によって報告された、真菌に対して強力な生育阻害活性を示すトロイの木馬型抗生物質。アルミニウムイオンをキレートしたものがASP2397、鉄(III)イオンをキレートしたものがAS2488053。
  • 注3 フェリクローム型シデロフォア
     真菌が産生するシデロフォアで、6つのアミノ酸が環状に縮合した化学構造を有する。6つのうち3つはオルニチン誘導体で、それらが鉄(III)イオンにキレートする。
  • 注4 トロイの木馬型抗生物質
     シデロフォアと抗生物質を結合させた分子。シデロマイシンとも呼ばれる。それらは微生物のシデロフォアを取り込むための輸送体により細胞内に取り込まれ、抗生物質として機能する。微生物からすると、鉄源として取り込んだはずが、シデロフォアに結合してある抗生物質によって死滅させられることになる。