発表者
前田 真吾(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
酒居 幸生(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程:研究当時)
梶 健二朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任研究員)
飯尾 亜樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程 3年)
中沢 真帆(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程 3年)
茂木 朋貴(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
米澤 智洋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
桃井 康行(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • 膀胱がんを発症した犬において、HER2とEGFR(注1)を特異的に阻害するラパチニブという分子標的薬が有効な治療法となることを獣医師主導臨床試験により証明しました。
  • ラパチニブの治療を受けた犬のうち50%以上でがんの縮小が認められ、生存期間は従来の治療法と比べて2倍以上に延長しました。
  • 尿に含まれるがん細胞を使ってHER2タンパク質の過剰発現(注2)とHER2遺伝子増幅(注3)の有無を調べることで、ラパチニブの治療効果を予測するバイオマーカーとなることを明らかにしました。

発表概要

 膀胱がんは犬の尿路系腫瘍の中で最も発生頻度が高い悪性腫瘍です。治療には外科手術、放射線療法、内科療法がおこなわれていますが、治療を行っても半年~1年以内に亡くなることが一般的です。そのため、犬の膀胱がんに対する有効な治療法の開発が切望されています。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の前田真吾助教らの研究グループは、HER2とEGFRを特異的に阻害するラパチニブという分子標的薬が犬の膀胱がんに対して有効な治療法となることを獣医師主導臨床試験によって明らかにしました。ラパチニブの治療を受けた犬のうち50%以上でがんの縮小が認められ、生存期間は従来の治療法と比べて2倍以上に延長しました。さらに、ラパチニブ治療前の犬の尿に含まれるがん細胞を用いてHER2タンパク質の過剰発現とHER2遺伝子増幅を調べたところ、HER2過剰発現またはHER2遺伝子増幅を認めた症例では認めなかった症例と比べて生存期間が長いことがわかりました。
 本成果により、ラパチニブが犬の膀胱がんに対する新しい分子標的療法となることが示されました。また膀胱がんの犬の尿を用いたリキッドバイオプシーによりHER2発現を調べることで、ラパチニブの有効性を事前に予測できることがわかりました。今後より大規模な治験を実施することで、犬の膀胱がんに対する新たな治療法の誕生につながることが期待されます。

発表内容

図1 ラパチニブの治療を受けた膀胱がんの犬に膀胱腫瘤の変化
治療前において膀胱内を占拠していた腫瘤がラパチニブによる治療後では顕著に縮小した。


図2 ピロキシカム単独群とラパチニブ併用群における生存期間の比較
ピロキシカム単独群(黄色)と比べてラパチニブ併用群(緑色)の方が無進行生存期間(左)および全生存期間(右)がどちらも延長した。

 膀胱がんは尿路に発生する悪性腫瘍です。犬の膀胱がんはヒトと比べて悪性度が高く、がん細胞が播種を起こしやすいという性質を有するため、外科手術を実施しても多くの症例で再発や転移を起こしてしまいます。このため内科療法が治療の中心となることが多く、これまでに様々な薬剤の治療成績が報告されています。その多くは非ステロイド系抗炎症薬や抗がん剤ですが、近年さまざまな分子標的薬を使用する試みが行われています。しかし、犬の膀胱がんに対して有効な分子標的薬は確立されていないのが現状でした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の前田真吾助教らの研究グループは、HER2とEGFRを特異的に阻害するラパチニブという分子標的薬が犬の膀胱がんに対して有効な治療法となることを獣医師主導臨床試験によって明らかにしました。
 膀胱がんの犬を2つのグループに分け、1つは膀胱がんで標準的に用いられる非ステロイド系抗炎症薬であるピロキシカムを単独で投与し、もう1つのグループはラパチニブとピロキシカムを併用して投与する獣医師主導臨床試験を実施しました。その結果、ピロキシカム単独群では10%程度の犬でがんの縮小がみられたのに対し、ラパチニブ併用群では50%を超える犬でがんの縮小がみられました(図1)。さらに生存期間はピロキシカム単独群と比べてラパチニブ併用群の方が2倍以上の延長が認められました(図2)。
 続いてラパチニブの有効性を予測するバイオマーカーとして、尿を用いたリキッドバイオプシーに着目しました。膀胱がんの犬の尿にはがん細胞が含まれているため、尿を用いてHER2タンパク質発現およびHER2遺伝子増幅を免疫染色とデジタルPCRによりそれぞれ評価しました。その結果、60%以上の症例でHER2タンパク質の過剰発現が、30%の症例でHER2遺伝子増幅が検出されました。さらにラパチニブを投与した膀胱がんの犬において、HER2過剰発現またはHER2遺伝子増幅を認めた症例では認めなかった症例と比べて生存期間が長いことがわかりました。
 以上の結果より、ラパチニブが犬の膀胱がんに対する新しい分子標的療法となることが示されました。また尿を用いたHER2検査を実施することで、ラパチニブの有効性を事前に予測できることがわかりました。今後より大規模な治験を実施することで、犬の膀胱がんに対する新たな治療法の誕生につながることが期待されます。
 本研究は、科研費(課題番号:JP16H06208およびJP19H00968)およびアニコムキャピタル研究助成(EVOLVE)の支援により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
Lapatinib as first-line treatment for muscle-invasive urothelial carcinoma in dogs
著者
Shingo Maeda*, Kosei Sakai, Kenjiro Kaji, Aki Iio, Maho Nakazawa, Tomoki Motegi, Tomohiro Yonezawa, Yasuyuki Momoi(*責任著者)
DOI番号
10.1038/s41598-021-04229-0
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-021-04229-0

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医臨床病理学研究室
助教 前田 真吾(まえだ しんご)
Tel:03-5841-3096
E-mail:amaeda<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室HP:https://www.maedalab.com/

用語解説

  • 注1 HER2(Human epidermal receptor 2)とEGFR(Epidermal growth factor receptor)
     細胞の増殖や生存に関わる分子。ヒトや犬の多くのがん細胞でHER2とEGFRの異常が認められ、がん細胞の活発な増殖に重要であることが知られている。
  • 注2 過剰発現
     タンパク質の発現が異常に多くなること。がん細胞で認められることがある。そのタンパク質をコードする遺伝子の異常によって引き起こされる。
  • 注3 遺伝子増幅
     ある遺伝子のコピー数が異常に増加すること。がん細胞で認められることがある。