発表者
林  世映(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
山口 公輔(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
板倉 正典(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
近澤 未歩(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教;当時)
松田 知成(京都大学工学研究科附属 流域圏総合環境質研究センター 准教授)
内田 浩二(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授/AEMD-CREST研究者 兼任)

発表のポイント

  • DNA様構造特性を示す翻訳後修飾タンパク質(ピロール化タンパク質)の蓄積により、自然免疫系の抗体産生細胞のレパトアが変化することを見出した。
  • ピロール化タンパク質の体内における蓄積が自然免疫応答に及ぼす影響を初めて見出した。また、ピロール化タンパク質に結合する自然抗体産生細胞(B-1a細胞)が産生する抗体がDNAを認識することを発見した。
  • ピロール化タンパク質の蓄積という生体環境の変化が抗体レパトアの多様性を上昇させることが示され、生体内の酸化的イベントと自然免疫の関連性の一端が明らかになったことから、生体恒常性維持や疾患予防におけるピロール化タンパク質の役割が注目される。

発表概要

 発表者らはこれまでに新規のタンパク質翻訳後修飾としてリジンのN-ピロール化を発見し、ピロール化タンパク質(pyrrolated proteins, pyrP)が核染色試薬や抗DNA抗体に認識されることなどのDNA様の性質を持つことを報告してきた。また、pyrPの内因性受容体としてアポリポプロテインE(アポE)を同定し、アポ欠損(アポE-/-)高脂血症マウスにおいてpyrPが蓄積することを明らかにしてきた。本研究ではアポE-/-マウスを研究対象とし、pyrPの蓄積が自然免疫応答、特に免疫グロブリンM(IgM)の産生に及ぼす影響について検討し、下記の内容を明らかにした。
1) アポE欠損に伴いpyrP/DNAに対するIgM抗体反応が上昇するとともにIgM産生を担うB-1a細胞が増加すること
2) B細胞受容体(BCR)を介してpyrPを認識するB-1a細胞の存在を見出し、それらがDNAを認識する多重交差性IgM抗体を産生すること
3) BCRレパトアを解析することで、多重交差性IgM抗体の配列情報を取得し、IgM抗体を産生する細胞の起源を特徴づけたこと

発表内容

図1 タンパク質リジン残基のピロール化


図2 アポE欠損マウスにおけるピロール化タンパク質の蓄積


図3 ピロール化タンパク質の蓄積によるB-1a細胞の多重交差性IgM-BCRの進化

 これまでに発表者らは、脂肪酸過酸化に起因したアルデヒド類により生成する修飾タンパク質の構造が免疫系、特に抗体に認識されることに着目し、その構造(エピトープ)の同定および疾患との関連性の解明を目的として研究を進めてきた。近年、新規エピトープとしてN-ピロール化リジンが見出され(図1)、pyrPが抗DNA抗体やSYBR Greenなどの核酸染色試薬により認識されることを明らかにしてきた。また、pyrPの内因性受容体としてアポEを発見し、アポE-/-高脂血症マウスにおいてpyrPが蓄積することを明らかにしてきた(図2)。しかし、このような内因性抗原であるpyrPの病態生理学的意義は不明であった。
 自然抗体IgMは病原体や内因性の抗原に結合しそれらの除去に寄与するタンパク質であり、生体防御と恒常性の維持に重要な自然免疫系分子である。本研究ではアポE-/-マウスにおけるpyrPの蓄積がIgMの産生に及ぼす影響について、DNA様の特徴を持つpyrPが抗DNA抗体産生のトリガーであるという仮説のもと研究を進めた。その結果、野生型(WT)マウスと比較してアポE-/-マウスでpyrP/DNAに対するIgM応答の上昇が認められ、それはIgM産生を担うB-1a細胞の増加に起因することが示唆された。さらに発表者らは、pyrPを認識しIgMを産生するユニークなB-1a細胞画分の同定に成功した。B細胞は自身が産生する抗体をBCRとして細胞表面に発現する。そこで、同定したpyrP結合性B-1a細胞のBCRを次世代シークエンサーにより網羅的に解析することで、WTマウスおよびアポE-/-マウスのIgM-BCRの塩基配列を比較した。その結果、アポE-/-マウスにおいて成体骨髄由来のB-1a細胞プールが形成され、抗体レパトアの多様性が上昇することが明らかとなった。さらにpyrP結合性B-1a細胞をハイブリドーマとしてモノクローン化することで、pyrP結合B-1a細胞が産生するIgMはpyrPとDNAの両方を認識する多重交差性IgMであることを明らかにした。これらの結果からpyrPの蓄積がB-1a細胞のBCRレパトアの質的、量的変化をもたらし、アポE-/-マウスの多重交差性IgM応答の上昇につながることが示唆された(図3)。
 本研究は抗原(pyrP)の蓄積という生体環境の変化により、多重交差性IgM抗体レパトアの多様性が上昇することを示唆する最初の報告であり、これにより生体内の酸化的イベントと自然免疫の関連性の一端が明らかになった。

 この研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(S)、AMED革新的先端研究開発支援事業 AMED-CRESTの支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Biological Chemistry
論文タイトル
Unique B-1 cells specific for both N-pyrrolated proteins and DNA evolve with apolipoprotein E deficiency.
著者
Lim, S. -Y., Yamaguchi, K., Itakura, M., Chikazawa, M., Matsuda, T., Uchida, K.
DOI番号
10.1016/j.jbc.2022.101582.
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0021925822000229?via%3Dihub

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食糧化学研究室
教授 内田 浩二(うちだ こうじ)
Tel:03-5841-5127
Fax:03-5841-8026
E-mail:a-uchida<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/foodchem/index.html