発表者
桐澤 力雄(酪農学園大学大学院獣医学研究科長・教授)
加藤 里佳(酪農学園大学獣医学類獣医ウイルス 学部学生/現職、みなみ北海道農業共済組合獣医師)
古崎 孝一(一般社団法人ミネラル活性化技術研究所 代表理事)
小野 寺節(東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センタ―・持続可能な自然再生科学寄付講座 特任教授)

発表のポイント

  • メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウムが口蹄疫ウイルスに対し、強力な消毒作用を示しました。
  • 口蹄疫ウイルス代替えウイルスである牛鼻炎Bウイルスを用いてRNAコピー数を測定したところ、コピー数は1/100以下にまで減少しました。他のRNAウイルスを用いた消毒研究でもウイルスRNA量が大幅に減少しました。したがって、RNA破壊による消毒作用と考えられました。
  • 一方、ヘルペスウイルス、パルボウイルス、アデノウィルス等のDNAウイルスに対しては消毒効果は見られたものの、DNA量の減少は明確でありませんでした。したがって、他の未解明機構によりウイルスの不活化が起こると考えられました。
  • 既にこの消毒剤は、プリオンや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する消毒効果を有するのが知られています。したがって、様々な病原体に対し、この消毒剤の有効性が明らかにされました。

発表概要

 口蹄疫は牛、豚におけるピコルナウイルス感染症で、2010年における西日本で歴史的な被害・経済損失を及ぼしています。この病原体の消毒には、ヨウ素系、塩素系およびアルデヒド系消毒薬が良く知られています。しかしながら、将来より伝播性の高いウイルスの出現が危惧され、より有効性の高い消毒剤の開発が期待されています。我々は、新たにメゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム剤を開発し、これに口蹄疫ウイルスを用いたところ、強力な消毒効果を見出しましたので、その有効性を検討しました。この製剤検討はベトナム・ハノイ市の国立獣医学研究所で確認し、東南アジアに広く分布しているA型、O型、Asia1型に有効であることを明らかにしました。また、口蹄疫ウイルスの代替ピコルナウイルスである牛鼻炎Bウイルス(BRBV)に対しても同様に有効である事を明らかにしました。BRBVに対しメゾ構造を持つ重炭酸カルシウム剤を2秒間作用したところ、104/25μl 量のウイルスが検出限界以下まで低下しました。今後、ヒト、動物に対し様々なパンデミック流行が日本に侵入した際に、有効な消毒剤と考えられます。

発表内容


表1 メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム(CAC-717)溶液によるRNAウイルスに対する消毒効果



表2 メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム(CAC-717)溶液によるRNAウイルスに対するウイルスコピー数の減少

【研究の背景】
 2010年の西日本の口蹄疫大流行により、農水省は新たな消毒薬の開発を目指すこととなりました。口蹄疫感染症は農水省検疫、ワクチンの備蓄、T-1105ウイルス増殖抑制剤の備蓄、動物体液を用いた迅速診断、動物材料を用いたウイルス分離・ウイルス型別を主な対策にしています。また、このウイルスの伝播性は強力であるため、ウイルス汚染現場の動物の殺処分、野外の消毒作用の徹底が望まれます。また、消毒効果の作用機構をあきらかにする為の、代替ピコルナウイルスとして、BRBVが知られている。BRBVを用いてより詳細な分子機構が明らかにされ、動物薬事上の審査の便宜が図られることとなりました。

【研究内容】
 メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム結晶は、ウイルスや細菌、プリオンに対し消毒効果を示すことが明らかにされています。この結晶(FDA/USA Regulation No. 880.6890、クラスI消毒剤、日本特許No. 5778328)は、重炭酸カルシウムを含むミネラル水に持続的に電流を照射して生産されました。また、水素イオンを吸蔵する物理学的性質を持っているため、水溶液はpH12.4を示します。しかし動物やヒトの皮膚に触れると急激な放電が起こり、pH7.0となります。
 口蹄疫ウイルスは、東南アジアに広く分布しているA型、O型、Asia1型を用いました。口蹄疫ウイルスの増殖・定量にはBHK-21細胞株(ハムスター腎細胞株、Cellosaurus ID:CVCL_1914)を用いました。BRBVの増殖・定量にはBFK細胞(牛初代培養胎仔腎細胞)を用いました。これらのウイルスの力価はTCID50/25μlで表現されました(表1)。その結果、どのウイルス型も水道水処理では4.0 log10 以上を示しましたが、我々の消毒液処理では2秒後に検出限界以下に減少しました。口蹄疫ウイルスの増殖・定量を含む研究はベトナム・ハノイ市の国立獣医学病研究所BSL3実験室内で実施されました。また、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含む試料の研究は酪農学園大学BSL3実験室内で実施されました。
 メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム結晶の消毒機構を明らかにするために代替えウイルス(BRBV)を用いてBSL2実験室で検討しました。水道水処理では4.21 log10ウイルス量を示しましたが、メゾ構造を持つ重炭酸カルシウム処理群では検出限界(0.58 log10)を2秒間の処理で示しました。一方、RNAウイルスコピー数では、メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム処理群では水道水処理群に比べて1/100以下に減少しました。これは他の3種のRNA-ウイルスに一般にみられる現象で、この群のウイルスはRNA破壊によりウイルス量が減少すると考えられました(表2)。

【社会的意義・今後の予定】
 本研究により、メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム結晶は口蹄疫ウイルスに対し、強力な不活化作用を有することが明らかになりました。現在、農林水産省は口蹄疫対策としての水際対策(病気診断、ウイルス同定)、抗ウイルス剤の開発(富山化学、T-1104)、ワクチンの備蓄、新たな消毒薬の開発を進めています。
すでに、メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム結晶をセラミックに吸着させたカラムを用いることにより、さらに消毒効果を持続させることが可能となっています。したがって、現在一般的に散布使用されている消石灰と併用することにより、メゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウム・セラミックの散布は、口蹄疫ウイルスの拡散をさらに防除すると考えられます。
 今後、SARS-CoV-2を含め、他のウイルスに対するメゾスコピック構造を持つ重炭酸カルシウムの効果の検証もさらなる研究が必要です。SARS-CoV-2RNA+ウイルスのグループに属しますが、その際には、この消毒剤によるウイルスコピー数の減少は明確でなく、むしろ表在スパイク蛋白等、ウイルス表面蛋白の変性を介するウイルス感染抑制効果と推測されました(表2)。
 ヘルペスウイルス、パルボウイルス、アデノウィルス等のDNAウイルスに対しては消毒効果は見られたものの、DNA量の減少は明確でありませんでした。したがって、他の未解明機構によりウイルスの不活化が起こると考えられました。

発表雑誌

雑誌名
Microorganisms, 10, 262, 2022. 1月24日印刷
論文タイトル
Universal virucidal activity of calcium biocarbonate mesoscopic crystals that provodes an effective and biosafe disinfectant
著者
Rikio Kirisawa, Rika Kato, Koichi Furusaki, Takashi Onodera
DOI番号
10.3390/microorganisms10020262
論文URL
https://www.mdpi.com/article/10.3390/microorganisms10020262

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座
特任教授 小野寺 節(おのでら たかし)
Tel:03-5841-8182
E-mail:atonode<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

略語説明

Coronaviridae:コロナウイルス属 SARS-CoV-2:新型コロナウイルス BCoV:ウシコロナウイルス Picornaviridae:ピコルナウイルス属 FMDV:口蹄疫ウイルス BRBV:ウシ鼻炎ウイルスB Caliciviridae:カリシウイルス属 FCV:ネコカリシウイルス Reoviridae:レオウイルス属 BRoV:ウシロタウイルス BuORV:ヒヨドリオーソレオウイルス Paramyxoviridae:パラミクソウイルス属 BPIV-3:ウシパラインフルエンザ3型 BRSV:ウシ呼吸器シンシチウムウイルス CDV:イヌジステンパーウイルス NDV:トリニューキャッスル病ウイルス Rhabdoviridae:ラブドウイルス属 VSV:ウシ水泡性口内炎ウイルス Flaviviridae:フラヴィウイルス属 BDVD:ウシウイルス性下痢ウイルス Ortho Myxoviridae:オーソミクソウイルス属 SwIV:ブタインフルエンザウイルス EqIV:ウマインフルエンザウイルス