発表者
岩滝  光儀 (東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アジア生物資源環境研究センター 准教授)
Wai Mun Lum (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 大学院生)
桑田  向陽 (東京大学農学部 水圏生物科学専修 大学生)
高橋  和也 (東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アジア生物資源環境研究センター 特任研究員)
有馬  大地 (北海道立総合研究機構 中央水産試験場 研究職員)
栗林  貴範 (北海道立総合研究機構 中央水産試験場 主査)
高坂  祐樹 (青森県産業技術センター 水産総合研究所 部長)
長谷川 夏樹 (水産研究・教育機構 水産資源研究所 主任研究員)
渡辺   剛 (水産研究・教育機構 水産資源研究所 主任研究員)
紫加田 知幸 (水産研究・教育機構 水産技術研究所 主任研究員)
伊佐田 智規 (北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 准教授)
Tatiana Yu. Orlova (ロシア科学アカデミー極東支部 海洋生物学研究所 副所長)
坂本 節子 (水産研究・教育機構 水産技術研究所 グループ長)

発表のポイント

  • 2021年秋季に北海道東部太平洋岸に発生した有害赤潮の原因種が渦鞭毛藻(注1)Karenia selliformis(カレニア セリフォルミス)であることを形態的特徴と系統的位置から示した。
  • 道東産Karenia selliformisの細胞には形態的変異がみられ、縮小した葉緑体と油滴をもつ透明な細胞も出現した。
  • 道東赤潮中にはカレニア科渦鞭毛藻Karenia longicanalisKarenia mikimotoiTakayama sp.などの混在が確認された。
  • 2021年道東産Karenia selliformisのrDNA部分配列(注2)は2020年ロシア・カムチャツカ半島産のものと一致した。

発表概要

 北海道東部太平洋岸では2021年9–11月に大規模な赤潮が出現し、ウニやサケなどの斃死による大きな漁業被害が発生しています。東京大学大学院農学生命科学研究科、北海道立総合研究機構、水産研究・教育機構、青森県産業技術センター、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、ロシア科学アカデミー極東支部の研究者らによる共同研究グループは、この赤潮生物の形態的特徴と系統的位置を明らかにすることで赤潮原因種と混在種を同定しました。渦鞭毛藻Karenia selliformis(カレニア セリフォルミス)を原因とする赤潮は日本で初めての報告になります。道東産K. selliformisの細胞には形態的変異が見られ、葉緑体が縮小した透明細胞などの出現も確認されています。また、道東産K. selliformisのrDNA部分配列は、2020年秋季にロシア・カムチャツカ半島沿岸から採集された本種のものと一致しました。この結果は、カムチャツカ半島沿岸(2020年)と北海道東部沿岸(2021年)に発生したK. selliformisの赤潮が同じ個体群に由来する可能性が高いことを示しますが、この場合、K. selliformisは寒冷な海域で越冬したことになります。

発表内容

図1 2021年10月9日の北海道周辺の海色リモートセンシング画像(気候変動観測衛星GCOM-C「しきさい」、JAXA)
クロロフィルa濃度(A)、海表面水温(B)


図2 道東赤潮中のKarenia selliformis
赤潮中に多く見られた典型的な形状の細胞(A–F)、小さな細胞(G、 H)、透明細胞(I–L)。スケールバーは10 µm。


図3 道東赤潮中に観察されたカレニア科渦鞭毛藻
Karenia longicanalis (A、B)、Karenia mikimotoi (C、D)、Karlodinium sp. (E、F)、Takayama cf. acrotrocha (G、H)、Takayama tuberculata (I、J)、Takayama sp. (K、L)。スケールバーは10 µm。

 日本沿岸では、有害赤潮による漁業被害が西日本を中心に例年発生していますが、北海道沿岸では赤潮による海産生物の斃死報告はほとんどありませんでした。ところが、2021年9月から11月にかけて北海道東部太平洋岸に大規模な赤潮が出現し(以下、道東赤潮、図1)、ウニやサケなどの斃死による漁業被害が出ています。この道東赤潮による被害額は、暫定的な見積りでは、これまでに日本最大の赤潮被害とされていた瀬戸内海でのラフィド藻シャットネラによる赤潮(1972年、約71億円)を超えるとも言われています。また、100 cells/mLを超える高細胞密度が確認された水温の範囲は9.8–17.6°Cで、道東赤潮には低水温でも長期間維持される特徴もありました。この冷水域に出現した新奇有害赤潮への対策を模索するためには、原因種の増殖環境、生産物質、海洋生物への影響などの理解が不可欠です。そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科、北海道立総合研究機構、水産研究・教育機構、青森県産業技術センター、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、ロシア科学アカデミー極東支部の研究者らによる共同研究グループは道東赤潮の原因種を特定し、形態的特徴と系統的位置を明らかにしました。
 道東赤潮の優占種は、形態的特徴と系統的位置からカレニア科渦鞭毛藻Karenia selliformisと同定されました。日本では、本種による赤潮は過去に報告がありません。この道東産K. selliformisの細胞は、上錐溝の形状や核の位置についてはチリ産やニュージーランド産の試料と一致しました。一方で、細胞の大きさは原記載(注3)で報告された細胞長20–27 µm(平均23.6 µm)と比較すると、道東産K. selliformisは35.3–43.6 µm(平均39.4 µm)と倍ほど大きく、また、原記載では数個とされた葉緑体も、道東赤潮の細胞からは平均70.6個(46–105個)観察されています。また、道東赤潮に観察された典型的な細胞は円盤形ですが、小型で楕円形の細胞や、縮小した葉緑体と油滴をもつ透明細胞も確認されるなど、形態的な変異も確認されました(図2)。そのため、赤潮試料中に含まれる様々な形態の細胞を単離し、単細胞PCR(注3)によりこれらが系統的にもK. selliformisであることを確認しながら形態的変異の範囲を把握しました。
 カレニア科渦鞭毛藻が形成する赤潮には、カレニア科の別種が混在することがあります。道東赤潮では、カレニア科のKarenia longicanalisKarenia mikimotoiKarlodinium sp.、Takayama cf. acrotrochaTakayama tuberculataTakayama sp.の出現が確認されました(図3)。K. selliformisの細胞は、下錐中の核と小さな葉緑体(粒状の状態で長径3.7±0.4 μm)を確認することで、赤潮に混在したK. longicanalisK. mikimotoiとも識別できることを示しました。
 rDNA部分配列(注2)に基づく分子系統解析では、道東産K. selliformisは種内系統群Iに含まれ、チリ産とロシア産の試料と系統的に近縁であることが分かりました。中でも、2020年にロシア・カムチャツカで発生した赤潮原因種とは決定したrDNA部分配列が一致しました。この結果は、2020年にロシア・カムチャツカ半島沿岸と2021年に北海道東部沿岸で発生したK. selliformisの赤潮が同じ個体群に由来する可能性が高いことを示しますが、この場合、K. selliformisは寒冷な海域で越冬したことになります。
 本研究では道東赤潮の原因種であるK. selliformisの形態的特徴と系統的位置を明らかにしました。喫緊の課題であることを考慮し、赤潮原因種等の同定と形態的特徴に関する情報は関連各所と共有しており、道東赤潮の実態把握調査に活用されています。

発表雑誌

雑誌名
Harmful Algae
論文タイトル
Morphological variation and phylogeny of Karenia selliformis (Gymnodiniales, Dinophyceae) in an intensive cold-water algal bloom in eastern Hokkaido, Japan
著者
Mitsunori Iwataki*, Wai Mun Lum, Koyo Kuwata, Kazuya Takahashi, Daichi Arima, Takanori Kuribayashi, Yuki Kosaka, Natsuki Hasegawa, Tsuyoshi Watanabe, Tomoyuki Shikata, Tomonori Isada, Tatiana Yu. Orlova, Setsuko Sakamoto(*責任著者)
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.hal.2022.102204
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1568988322000336

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アジア生物資源環境研究センター
准教授 岩滝光儀(いわたき みつのり)
E-mail:iwataki<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 渦鞭毛藻
     海域から淡水域まで広く分布する原生生物の一群。約200種が知られる海産有害微細藻類のうち約半数を占める。
  • 注2 rDNA部分配列
     リボソームRNAをコードしているDNA。渦鞭毛藻では大サブユニット(LSU)rDNAの前半950塩基程度(D1–D3)が系統解析によく使用されており、多種との比較が可能である。
  • 注3 原記載
     生物の新分類群の記載のこと。Karenia selliformisはニュージーランド南島沿岸から1994年に分離された培養株を用いてHaywood et al.(2004、 J. Phycol.)の中で記載されている。
  • 注4 単細胞PCR
     1つの細胞を顕微鏡下で分離してDNA塩基配列を増幅すること。