ゲノム編集技術を活用した新しい品種を開発する基礎的な研究が世界各国で活発になっています。その際、CRISPR/Cas9と呼ばれる技術が頻繁に活用されていますが、これは核ゲノムを改変するもので、ミトンコンドリアゲノムの改変はできませんでした。一方、本研究グループではこれまでに、ミトコンドリアゲノムを改変するゲノム編集技術mitoTALENを開発し、イネ、ナタネ、あるいはシロイヌナズナに適用できることを明らかにしています。本研究では、このmitoTALEN技術をトマトに適応し、トマトでもミトコンドリアゲノム編集技術が可能であることを実証しました。
 本研究グループはすでに、ミトコンドリアゲノム上に存在するorf137という遺伝子が、トマトにおいて正常な花粉をつくることを妨げる働きを持つ可能性を明らかにしています。そこで、この遺伝子をミトコンドリアゲノム編集技術の標的として処理したところ、この遺伝子のみを破壊することに成功しました。また、この遺伝子が破壊されたトマトでは、花粉の稔性が完全に回復することを明らかにしました。つまり、orf137遺伝子は、正常な花粉発達を阻害して雄性不稔性を引き起こす原因遺伝子であることが証明されました。
 本研究成果により、トマトをはじめとする多くの作物で、ミトコンドリアゲノム編集技術を活用した品種開発が進むことが期待されます。

研究代表者

有泉  亨(筑波大学生命環境系 准教授)
有村 慎一(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)
白澤 健太(かずさDNA研究所 先端研究開発部 主任研究員

研究の背景

図 本研究に用いた実験手法と結果
ミトコンドリアゲノムに存在し、花粉発達を阻害すると予測されていたorf137遺伝子を持つトマトに、ミトコンドリアゲノムゲノムの改変を誘導するmitoTALENベクターを導入したところ、orf137遺伝子が破壊され、花粉が発芽するようになり稔性が回復した。

 ゲノム編集技術を活用した新しい品種を開発する基礎的な研究が世界各国で活発になっています。それにはCRISPR/Cas9と呼ばれるゲノム編集技術が頻繁に活用されていますが、これは核ゲノムの改変を可能にする技術であり、呼吸やエネルギー代謝に関する遺伝子が多数存在するミトンコンドリアゲノム(注1)を改変することはできませんでした。一方、本研究グループの東京大学は、これまでに、ミトコンドリアゲノムを改変するゲノム編集技術mitoTALEN(注2)を開発し、これがイネ、ナタネ、あるいはシロイヌナズナのミトコンドリアゲノムを改変できることを明らかにしています。本研究では、このmitoTALEN技術をトマトに適用し、トマトでもミトコンドリアゲノム編集が可能かを検証しました。
 この際、orf137遺伝子を標的としました。orf137遺伝子は、正常な花粉発達を阻害し、細胞質雄性不稔性(注3)を引き起こす原因遺伝子の候補として、本研究グループがすでに同定しているものです。

研究内容と成果

 まず、orf137遺伝子を破壊する、ミトコンドリアゲノム編集技術mitoTALEN用のベクター(遺伝子を運ぶDNA分子)を構築しました。次に、そのベクターをアグロバクテリウム法(土壌微生物を利用した遺伝子導入法)を用いて、orf137遺伝子を保有し細胞質雄性不稔性を示すトマトに導入しました。このmitoTALENベクターが遺伝子導入された個体において、orf137遺伝子の周辺のゲノム配列を調査したところ、orf137遺伝子を含む周辺のゲノムが大きく欠失していることが分かりました。このことは、mitoTALENベクターがorf137遺伝子のゲノム配列を認識し、そのゲノム配列上で二本鎖DNA切断(注4)を誘導したことを意味しており、mitoTALEN技術がトマトにも適用可能であることが明らかになりました。また、orf137遺伝子が破壊されたトマトの花粉稔性を調べたところ、正常な花粉稔性を示していました(参考図)。従って、orf137遺伝子が、正常な花粉発達を阻害するミトコンドリア遺伝子であることが証明されました。

今後の展開

 本研究チームの成果により、世界で最も生産される野菜の一つであるトマトにおいて、ミトコンドリアゲノムを編集できることが実証されました。本研究成果により、例えば、より環境ストレスに対する耐性を持つ新しいトマトなどの品種開発につながることが期待されます。

詳細はこちら

用語解説

  • 注1 ミトコンドリアゲノム
     細胞の核にあるゲノム(DNA全体)とは独立に、細胞内小器官であるミトコンドリアにもDNAが存在し、ミトコンドリアゲノムという。ミトコンドリアが細胞内に共生したバクテリアに由来するという細胞内共生説を支持するものである。
  • 注2 mitoTALEN技術
     生物の遺伝情報の実態であるDNAは二本の鎖が相補的に結合している。mitoTALENは、この二本鎖DNAを切断する働きのあるヌクレアーゼ(核酸分解酵素)に、DNAの特異的な部分を認識することができるTALEと呼ばれる部位と、ミトコンドリアに移行する機能を持つ配列部分を連結させた融合酵素を発現させるベクター。このベクターを植物細胞に作用させると、ミトコンドリアゲノムの特定の部位で二本鎖DNA切断を誘導することができる。
  • 注3 細胞質雄性不稔遺伝子
     ミトコンドリアゲノム、葉緑体ゲノムによる遺伝現象を細胞質遺伝と呼び、受精の際、父方の細胞質は伝わらないので、細胞質遺伝は母系のみ伝えられるという特徴がある。細胞質雄性不稔遺伝子は花粉ができない性質を担っている遺伝子で、細胞質遺伝の性質がある。
  • 注4 二本鎖DNA切断
     DNA二本鎖が同時に切断される現象。ミトコンドリアゲノム上で二本鎖DNA切断が発生すると、その近傍のゲノム領域が欠失することが知られており、標的とした遺伝子を破壊したり、ゲノム構造を改変することができる。

研究資金

 本研究は、イノベーション創出強化研究推進事業(課題番号30010A・03016B1)、科学研究費補助金科(課題番号17H03761・21H02181・21J20479・20H05680)の助成を受けて実施されました。

掲載論文

題名
A novel mitochondrial gene orf137 triggers cytoplasmic male sterility in tomato.
(ミトコンドリアゲノムにコードするorf137遺伝子はトマトの細胞雄性不稔性を引き起こす)
著者名
Kosuke Kuwabara, Shin-ichi Arimura, Kenta Shirasawa and Tohru Ariizumi
掲載誌
Plant Physiology
掲載日
2022年2月25日
DOI番号
10.1093/plphys/kiac082
論文URL
https://doi.org/10.1093/plphys/kiac082

問い合わせ先

【研究に関すること】

有泉 亨(ありいずみ とおる)
筑波大学生命環境系/つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC) 准教授
Tel:029-853-6665
E-mail:ariizumi.toru.ge<アット>u.tsukuba.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
URL:https://sites.google.com/view/ariizumi-laboratory/home

【取材・報道に関すること】

筑波大学広報室
Tel:029-853-2040
E-mail:kohositu<アット>un.tsukuba.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科事務部総務課総務チーム総務・広報情報担当
Tel:03-5841-8179
E-mail:koho.a<アット>gs.mail.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

かずさDNA研究所
Tel:0438-52-3930
E-mail:kdri-kouhou<アット>kazusa.or.jp  <アット>を@に変えてください。