発表者
永田 隆平(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 特別研究員/日本学術振興会特別研究員PD)
小林 正弥(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 博士課程3年/日本学術振興会特別研究員DC1:当時)
西山  真(東京大学大学院農学生命科学研究科附属アグロバイオテクノロジー研究センター 教授)
葛山 智久(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)

発表のポイント

  • スクアレン合成酵素とよく似た酵素LvqB4が芳香族化合物へのプレニル基転移反応を触媒するメカニズムを明らかにしました。
  • LvqB4はスクアレン合成酵素と酷似した立体構造をもちながら、芳香族化合物とプレニル二リン酸という2つの基質を重ねて配置する芳香族基質プレニル基転移酵素の特徴をあわせ持つことを見出しました。
  • 従来の芳香族基質プレニル基転移酵素とは異なるLvqB4の反応機構を提唱しました。

発表概要

 最近、スクアレン合成酵素と推定されていた酵素が、実際は芳香族化合物へのプレニル基転移反応を触媒することが分かってきました。しかし、この新規酵素は既知の芳香族基質プレニル基転移酵素とのアミノ酸配列の類似性が低いため、その反応機構は謎のままでした。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の分子育種学研究室と鳥取大学大学院工学研究科化学・生物応用工学専攻の永野構造生物学研究室などからなる共同研究グループは、芳香族化合物であるprecarquinostatin(PCQ)へのプレニル基転移反応を触媒する酵素LvqB4の立体構造を解明しました。LvqB4はスクアレン合成酵素とよく似た構造をもつ一方で、既知の芳香族基質プレニル基転移酵素と同様にPCQとプレニル二リン酸の2つの基質を重なるように結合していました。そのため、LvqB4は異なる2つの酵素の特徴をあわせ持つ酵素だと言えます。また、PCQの結合や反応中間体の脱プロトン化を担うアミノ酸残基を特定し、2つのアミノ酸残基と1つの水分子が触媒三残基のように働く新しい脱プロトン化機構を提唱しました。本研究は、新しいプレニル基転移酵素である「カルバゾールプレニル基転移酵素」の反応機構に迫った初めての研究になります。

発表内容

図1 スクアレン合成酵素とカルバゾールプレニル基転移酵素LvqB4の触媒する反応

図2 芳香族基質プレニル基転移酵素とLvqB4とスクアレン合成酵素との構造比較

図3 水分子が触媒三残基のように働くLvqB4の推定反応機構

 スクアレン合成酵素(注1)は動植物から微生物まで様々な生物に存在し、細胞膜やホルモンの原料となるスクアレンを合成します。この酵素の反応は、ファルネシル二リン酸と呼ばれる直鎖状炭化水素の分子間縮合反応と補酵素NADPH依存的な還元反応の2段階で進行します(図1)。また、スクアレン合成酵素と類似した酵素が藻類の油成分や細菌の抗酸化物質の生合成に関わることが知られていますが、その反応もファルネシル二リン酸の縮合から始まります。一方で、放線菌に存在するスクアレン合成酵素と似た酵素は、carbazole-3,4-quinoneを有する芳香族化合物へのプレニル基転移反応(注2)を触媒する酵素(カルバゾールプレニル基転移酵素)であることが明らかになってきました(参考文献1, 2)(図1)。この酵素はこれまで知られていた3種類の芳香族基質プレニル基転移酵素とのアミノ酸配列の類似性を示さないため、その反応機構は不明でした。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の分子育種学研究室と鳥取大学大学院工学研究科化学・生物応用工学専攻の永野構造生物学研究室などからなる共同研究グループは、carbazole-3,4-quinoneを有する化合物precarquinostatin(PCQ)へのプレニル基転移反応を触媒する酵素LvqB4の反応機構の解明を目指して、X線結晶構造解析に取り組みました。

 LvqB4の構造解析に先立って、この酵素の試験管内での機能解析を行いました。その結果、LvqB4は環状のプレニル二リン酸であるシクロラバンデュリル二リン酸(CLPP)をプレニル基供与体として用いてPCQへのプレニル基転移反応を触媒することが確認できました。また、CLPPと同じ炭素数10の直鎖状プレニル二リン酸であるゲラニル二リン酸(GPP)も基質として受け入れましたが、炭素数が異なるプレニル二リン酸ではほとんど反応が進行しませんでした。この結果を受けて、LvqB4と芳香族基質PCQおよび反応が進行しないGPP類縁体との複合体結晶を作製し、その構造をX線結晶構造解析法によって明らかにしました。その結果、LvqB4の全体構造はスクアレン合成酵素の構造と非常によく似ていました(図2)。一方で、PCQとGPP類縁体は基質ポケット内で重なるように配置されており、既知の芳香族基質プレニル基転移酵素で見られる基質配置とよく似ていました。よって、LvqB4はスクアレン合成酵素の全体構造と芳香族基質プレニル基転移酵素の基質配置とをあわせ持った新しい酵素であることが分かりました。次に、立体構造に基づいて作製した変異型酵素の機能解析により、基質ポケットに存在するイソロイシン残基とアスパラギン酸残基がPCQの芳香環部位とオルトキノン部位の認識にそれぞれ重要であることを明らかにしました。加えて、このアスパラギン酸残基は近傍のヒスチジン残基と水分子と共に触媒三残基(注3)のように働いて、プレニル基を受け取るPCQの炭素原子から水素原子を引き抜く役割を果たしていると推定されました(図3)。これらの重要な残基は、これまで見つかっているカルバゾールプレニル基転移酵素ですべて保存されており、上記反応メカニズムはカルバゾールプレニル基転移酵素で共通のものであると考えられます。

 本研究はカルバゾールプレニル基転移酵素の反応機構に迫った初めての研究であり、ここからカルバゾールプレニル基転移酵素の基質特異性改変などのさらなる研究が発展することが期待できます。また、カルバゾールプレニル基転移酵素とスクアレン合成酵素との進化的な関係についても今後の研究が待たれます。

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「生合成リデザイン」(16H06453, 19H04658, 19H04661)・「高速分子動画」(19H05780)と日中韓フォーサイト事業(16822333)および日本学術振興会特別研究員奨励費(15J10131, 19J00870)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル
Structural Basis for the Prenylation Reaction of Carbazole-Containing Natural Products Catalyzed by Squalene Synthase-Like Enzymes

著者
Ryuhei Nagata (永田 隆平)1+, Hironori Suemune (末宗 周憲)2+, Masaya Kobayashi (小林 正弥)1, Tetsuro Shinada (品田 哲郎)3, Kazuo Shin-ya (新家 一男)4, Makoto Nishiyama (西山 真)1, Tomoya Hino (日野 智也)2, Yusuke Sato (佐藤 裕介)2, Tomohisa Kuzuyama (葛山 智久)1*, Shingo Nagano (永野 真吾)2*

1Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo
2Graduate School of Engineering, Tottori University
3Graduate School of Science, Osaka City University
4National Institute of Advanced Industrial Science and Technology
+These authors contributed equally to this work.
*Corresponding authors

DOI番号
10.1002/anie.202117430
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202117430

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 分子育種学研究室
教授 葛山 智久(くずやま ともひさ)
Tel/Fax:03-5841-3080
E-mail:utkuz<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:https://webpark2107.sakura.ne.jp/index.html
研究室Twitter:@Kuzuyama_Lab

用語解説

  • 注1 スクアレン合成酵素
     幅広い生物種に存在し、2分子のファルネシル二リン酸(炭素数15)をNADPH依存的に縮合してスクアレン(炭素数30)を合成する酵素。ホルモンや細胞膜などの生合成において重要な酵素。
  • 注2 プレニル基転移反応
     炭素数5のイソプレン単位が繋がってできたプレニル基をプレニル二リン酸から別の基質へと移す反応。様々な基質への転移反応を触媒する酵素が知られているが、芳香族化合物へのプレニル基転移反応を触媒する酵素は特に芳香族基質プレニル基転移酵素と呼ばれ、これまでCloQ/NphBタイプ・DMATSタイプ・UbiAタイプの3種類のみが知られていた。
  • 注3 触媒三残基
     いくつかの酵素の活性部位で見られる触媒反応を協働して行う3つの残基。代表的なものはセリンプロテアーゼで見られるセリン・ヒスチジン・アスパラギン酸の3残基であり、セリン残基が他の2残基によって活性化を受ける。

参考文献

  • 1
     M. Kobayashi, et al. An Unprecedented Cyclization Mechanism in the Biosynthesis of Carbazole Alkaloids in Streptomyces. Angew. Chem. Int. Ed. 58, 13349–13353 (2019).
  • 2
     M. Kobayashi and T. Kuzuyama, Recent advances in the biosynthesis of carbazoles produced by actinomycetes. Biomolecules 10, 1147 (2020)