発表者
趙  孟晨 (王子ホールディングス株式会社 イノベーション推進本部/
     東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程)
藤澤 秀次 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 助教)
齋藤 継之 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • リン酸化セルロースナノファイバー(CNF)中に存在するモノリン酸基やポリリン酸基といった種々のイオン性官能基の存在を明らかにした。
  • これらのイオン性官能基は、リン酸化CNF表面に位置選択的に導入されていた。

発表概要

図1 バイオマス由来の機能性材料、セルロースナノファイバー

図2 リン酸化CNFの表面化学構造

 近年、循環型社会の実現に向けて、バイオマス由来の機能性材料であるセルロースナノファイバー(CNF)に注目が集まっています。CNFは樹木細胞壁の最小構成単位であるセルロースミクロフィブリルを取り出したものであり(図1)、高弾性率、高強度、低線熱膨張性といった優れた特性を有しています。実用化は着実に進んでおり、化粧品やインク・塗料の増粘剤、樹脂・プラスチック複合材料の補強材としての利用が期待されています。
 一般的に、CNFは紙の原料であるパルプを機械的に解きほぐすことにより製造します。当研究室では、パルプにTEMPO酸化という化学前処理を施すことで、CNFを効率的に製造する手法を2006年に確立しています。TEMPO酸化では、ミクロフィブリル表面にイオン性官能基であるカルボキシ基が導入され、その結果生じる電気二重層斥力によりミクロフィブリル同士の分離が容易になります。同様の発想に基づき、近年は様々な化学前処理法が提案されており、その一つがリン酸化です。
 リン酸化は、有機溶媒を使用しないこと、反応時間が短いこと、さらにはCNFを高収率で回収できることに特徴があります。本手法により得られるリン酸化CNFは、ミクロフィブリル元来の特性に加え、高い電荷密度、幅広いpH領域における分散安定性、難燃性を有しています。これらのユニークな特性は、二価のイオン性官能基であるモノリン酸基の存在に起因すると考えられてきました。しかし、リン酸化CNF中に存在するイオン性官能基は本当にモノリン酸基だけなのか、グルコース単位のどの水酸基に導入されるかといった構造特性については、これまで明らかになっていませんでした。そこで我々は、リン酸化CNFの表面化学構造について解析を行いました。
 その結果、リン酸化CNF表面には当初考えられていたモノリン酸基だけではなく、ジリン酸基やトリリン酸基といった、複数のリン酸が結合してなるポリリン酸基が存在することが明らかになりました(図2)。各リン酸基構造の導入比率はリン酸化の加熱時間に依存し、長時間加熱によってポリリン酸基が最大30%近く導入されることが分かりました。さらに、これらのリン酸基構造は、ミクロフィブリル表面に露出したグルコース単位のC2位とC6位の水酸基にのみ導入されており、パルプのリン酸化には位置選択性があることも確認されました。
 以上のことから、リン酸化CNFは、位置選択的に導入されたモノリン酸基やポリリン酸基といった種々のイオン性官能基がCNF表面に分布するという、これまでにない構造を有するCNFであることが分かりました。本研究の成果により、リン酸化CNFの表面化学構造に対する理解が深まり、用途に合わせてCNFをカスタマイズする技術体系の構築に貢献できるものと期待されます。
 本研究は、JST未来社会創造事業(JPMJMI17ED)、JSPS科研費(21H04733; 20K15567)の助成を受けた研究です。

発表雑誌

雑誌名
Biomacromolecules (2021, 22, 5214–5222)
論文タイトル
Distribution and Quantification of Diverse Functional Groups on Phosphorylated Nanocellulose Surfaces
著者
Mengchen Zhao*, Shuji Fujisawa, Tsuguyuki Saito* (*責任著者)
DOI番号
10.1021/acs.biomac.1c01143
論文URL
https://doi.org/10.1021/acs.biomac.1c01143

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
准教授 齋藤継之 (さいとう つぐゆき)
Tel:03-5841-5271
研究室URL:https://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp