発表者
竹ノ内 晋也(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程)
小林   唯(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程)
篠崎  達也(小山動物病院 獣医師)
小林  幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
中村  達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師:研究当時)
米澤  智洋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
村田  幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 猫の膀胱炎の主な原因である「特発性膀胱炎」は除外診断に基づくものであり、積極的な診断法は確立していない。本研究では、この疾患の尿中に特異的に認められる複数の脂質代謝物を発見した。これらはバイオマーカーとして診断の役に立つ可能性がある。
  • 特発性膀胱炎と診断された猫の尿中には、脂質の代謝産物であるPGFや15-keto-PGF、13,14-dihydro-15-keto-PGF、PGFと呼ばれる脂質代謝物が、健康猫と比較して多く排泄されていた。
  • 一方、PGD2やPGE2、PGI2といった細菌性膀胱炎の猫の尿中に多く排泄され炎症を強く引き起こすとされる脂質代謝物の増加は見られなかった。

発表概要

 下部尿路疾患は猫に非常に多い疾患であり、血尿、頻尿、排尿痛、尿しぶり、尿失禁などの症状によって動物と飼い主双方のQOLを低下させる。猫の下部尿路疾患のうち、半数以上は原因不明の膀胱炎である「特発性膀胱炎(注1)」と診断される。病態や原因が明らかではないため、その診断は他の疾患の除外に基づくものであり、積極的な診断法は確立していない。そのため、本疾患を他の疾患と区別して早く簡単に診断するためのバイオマーカーの開発が求められてきた。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、猫の特発性膀胱炎のバイオマーカーの探索を目的に、尿中に排泄される脂質代謝物を、質量分析装置を用いて網羅的に解析した。その結果、プロスタグランジン(PG)類の代謝産物である、PGFや15-keto-PGF、13,14-dihydro-15-keto-PGF、PGFの濃度が、健康猫の尿と比べ上昇していることが分かった。その一方で、細菌性膀胱炎の猫の尿中で濃度上昇が見られるPGD2やPGE2、PGI2といった炎症を広く引き起こす脂質代謝物の濃度上昇は、特発性膀胱炎の尿では見られなかった。こうした尿中脂質代謝物の濃度変化を見ることで、これまで診断が困難であった猫の特発性膀胱炎を早く、簡単に見つけることができる可能性がある。

発表内容

 猫の特発性膀胱炎(注1)は、猫の下部尿路疾患の半数以上を占め、獣医療において重要な疾患のひとつである。血尿、頻尿、排尿痛、尿しぶり、尿失禁などの症状を呈し、動物と飼い主双方のQOLを低下させる。重症例では様々な疾患を合併することがあり、基礎疾患として早期に発見して治療、管理する必要がある。しかしながら、猫の特発性膀胱炎は病態や原因が明らかではないため、その診断は膀胱炎を引き起こす他の疾患の除外に基づいて行われる。猫の特発性膀胱炎を積極的に診断する検査系や手法は確立していない。そのため、本疾患を他の疾患と区別して早く簡単に診断するためのバイオマーカーの開発が求められてきた。本研究では、猫の特発性膀胱炎の尿中バイオマーカーの探索を目的に、特発性膀胱炎に罹患した猫の尿中脂質代謝産物の濃度測定を行った。
 東京大学附属動物医療センターと小山動物病院(栃木県栃木市)にて、猫の特発性膀胱炎と診断された猫と、臨床上健康な猫から自然排尿により得られた尿を研究に用いた。固相抽出した後、検体中に含まれる脂質代謝産物を、高速クロマトグラフィー・質量分析装置(SHIMADZU LCMS-8060)を用いて網羅的に解析した。
 本研究の尿検体から、全79種の脂質代謝産物が安定的に検出された。このうち、猫の特発性膀胱炎の尿において、プロスタグランジン(PG)類の一種であるPGF、およびその中間代謝産物の15-keto-PGF、13,14-dihydro-15-keto-PGF、PGFの含有量が、健康な猫の尿と比較して有意に増加していた。
 我々は過去の研究において、特発性膀胱炎との鑑別が重要な細菌性膀胱炎の猫の尿中では、炎症性脂質としてよく知られるPGD2やPGE2、PGI2といった脂質代謝産物の濃度が上昇していることを報告している(Kobayashi JVMS 2020)。本研究で対象とした特発性膀胱炎の猫では、これらの脂質の尿中濃度は健康猫と比べて有意な差がなく、これらの2つの疾患において異なる脂質産生・代謝の違いが示された。
 本研究では、特発性膀胱炎と診断された猫において、PGFや15-keto-PGF、13,14-dihydro-15-keto-PGF、PGFが尿中に多く排泄されることを見出した。本研究成果は、猫の特発性膀胱炎の病態生理の解明や、採血する必要なく特発性膀胱炎を診断できるバイオマーカーの開発に有用である。

発表雑誌

雑誌名
The Journal of Veterinary Medical Science
論文タイトル
The urinary lipid profile in cats with idiopathic cystitis.
著者
Shinya Takenouchi, Yui Kobayashi, Tatsuya Shinozaki, Koji Kobayashi, Tatsuro Nakamura, Tomohiro Yonezawa, Takahisa Murata*(*責任著者)
DOI番号
10.1292/jvms.22-0049
論文URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/advpub/0/advpub_22-0049/_article/-char/en

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 猫の特発性膀胱炎
    尿石症や細菌感染がなく、原因がはっきりしない猫の膀胱炎のことをいう。血尿、頻尿、排尿痛、尿しぶり、粗相などの症状を示す。猫の来院理由の1.5~6.0%を占め、猫の下部尿路疾患の半数以上を占めるとされる。