発表者
栗田 悠子(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設 助教)
菅野 里美(名古屋大学高等研究院 准教授)
杉田 亮平(名古屋大学アイソトープ総合センター 講師)
廣瀬 農(星薬科大学薬学部 准教授)
大西 美輪(京都大学大学院理学研究科 研究員)
手塚 あゆみ(龍谷大学農学部 研究員(研究当時))
出口 亜由美(千葉大学大学院園芸学研究院 助教)
石崎 公庸(神戸大学大学院理学研究科 教授)
深城 英弘(神戸大学大学院理学研究科 教授)
馬場 啓一(京都大学生存圏研究所 助教)
永野 惇(龍谷大学 農学部 植物生命科学科 准教授 / 慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任准教授)
田野井 慶太朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設 教授)
中西 友子(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授)
三村 徹郎(神戸大学 名誉教授 / 國立成功大學生物科學與科技學院轉譯農業科學博士學位學程 教授)

発表のポイント

  • 落葉木本植物ポプラにおいて、落葉前に葉から回収され貯蔵されたリンが次の春に成長部へと輸送され、年単位のリサイクルが行われていることを、放射性同位体を用いて証明しました。
  • 短縮周年系と放射性同位体イメージングを用いてリン転流経路の長軸方向・放射軸方向の季節的な切り替わりを可視化し、リン輸送関連遺伝子の発現プロファイルを取得しました。
  • 本研究の成果は、樹木の季節的な転流経路の変化を実験室内で研究することを可能にし、その分子メカニズムの解明を加速させることが期待されます。

発表概要

植物は個体内の貴重な栄養素を効率的に利用するため、個体内でリンのリサイクル、すなわち転流(注1)を行うことが知られています。落葉木本植物では秋の落葉前にリンを含む様々な栄養素を葉から回収することが知られていました。本研究では実験室内でポプラの四季を再現する短縮周年系と放射性同位体イメージング(注2)を用いて、樹木個体内の季節的なリンの転流経路を可視化し、樹木のリン転流経路が季節的に切り替わり、秋に葉から回収されたリンが冬の休眠後にリサイクルされることを明らかにしました。また短縮周年系において季節的なRNA-Seq解析を行い、季節ごとに発現変動を示すリン輸送関連遺伝子を同定しました。今後は短縮周年系を用いてこれらの転流関連候補遺伝子の機能を解析することで、樹木の季節的な転流を行う分子機構の解明につながると期待されます。本研究成果は、2022年3月29日に科学誌「Plant, Cell & Environment」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

図1 本研究の実験手法と結果
(A) 実験室内でポプラの落葉〜開芽を短期間に模倣する短縮周年系とリアルタイムイメージング、ミクロ・マクロオートラジオグラフィーを用いてリンの輸送方向や貯蔵を解析しました。
(B) 成長期にはリン(P)は主に上部の若い葉や茎頂へ篩管経由で輸送され、落葉前には輸送方向が切り替わり、下部の幹の内側の細胞や根へと蓄えられることが明らかになりました。
(拡大画像↗)


図2:セミミクロオートラジオグラフィの解析例(3D 構築像の様子)(拡大画像↗)

【研究の背景】
 リンは植物の多量栄養素の一つですが、世界の多くの土壌ではリン含量は低く、農業においてリン肥料の施肥が必須となります。しかしリン肥料の素となるリン鉱石は数十年以内の枯渇が危惧されているため、施肥だけに頼るのではなく、植物自身が持つリンの利用能力を最大限に活用する研究が求められています。これまで主に草本植物を用いて吸収・輸送などのメカニズムが精力的に研究され、土壌からのリンの吸収や、植物個体内のリンの輸送・転流が植物の生育に大きく影響を与えることが明らかにされており、それらに関わる遺伝子も多く同定されてきました。
 一方、樹木では、研究室内の実験材料として扱いにくいこともあり、まだ明らかにされていない現象が多くあります。落葉樹ではリン酸化合物の測定結果から、秋の落葉前に葉からリンが回収され、冬の間に枝などに貯蔵されることが明らかにされていました。また、枝におけるリン酸化合物濃度が冬から春にかけて速やかに減少することから、冬の間に貯蔵しておいたリンを次の春の新しい枝葉の成長に利用しているのではないかと考えられていました。各器官で測定されたリンが一体どこから来たのか、生体内の元素の追跡には古くから放射性同位体イメージングが用いられています。放射線植物生理学研究室ではこの技術を発展させ、リアルタイムで放射性同位体元素の動きを追跡できるリアルタイムラジオアイソトープイメージングや、高い解像度で組織内の局在を可視化できるミクロオートラジオグラフィーが開発されていました。
【研究の内容】
 本研究では落葉木本植物のポプラを用いて「樹木は秋に葉から回収したリンを次の春に再利用する」ことを証明するために、様々な放射性同位体イメージングと、実験室内において5ヶ月でポプラの四季を再現する短縮周年系を用いて、落葉前に葉に与えた放射性同位体のリンがどのように輸送・貯蔵されるのか、器官・組織レベルでの観察を行いました(図1A, 図2)。
 放射性同位体の動きを追跡すると、短縮周年系の春夏のステージ(ポプラが旺盛に成長している時期)には、与えられたリンは成熟葉から回収され、幹の上部のより新しい葉へと転流されました。一方で落葉前の秋のステージでは、葉に与えられたリンは幹や根へと転流され、組織レベルでは幹の篩部柔細胞やより内部の放射柔細胞などに蓄積され、葉からのリンの転流経路が季節ごとに切り替わることが明らかになりました(図1B)。冬のステージの後に再び春のステージへ移すと、落葉前に葉から回収されて幹や根に貯蔵されたリンが開芽後に新しく成長を始めた枝葉へと転流されました。このことから一枚の葉に与えたリンが落葉後の貯蔵を経て、次の春に新しい枝葉で再利用されることが証明されました。また将来的な分子メカニズム解明に向けて、短縮周年系でRNA-Seq解析を行い、リン酸トランスポーターファミリー(PHT1, PHT5, PHO)のうち、ステージごとに発現が変化する遺伝子を明らかにしました。
【今後の展望】
 本研究では放射性同位体を用いて実験室内での季節的なリン転流を可視化し、季節ごとの輸送方向の変化に対して発現変動を示すリン輸送関連遺伝子を明らかにしました。しかし、これらの遺伝子がどのように季節的な転流に寄与しているのか、長軸方向・放射軸方向の輸送がどのように駆動・制御されるのか、まだ多くの謎があります。今後はこれらの発現変動を示すリン輸送関連遺伝子の形質転換体作出とその表現系の解析から、各遺伝子の季節的なリン転流に関する詳細な機能解析が期待されます。

 本研究は、科研費「特別研究員奨励費(15J03992, 19J00707)(栗田)」、「若手研究(18K14735)(栗田)」「新学術領域研究(22120006, 18H05493)(三村)」「さきがけ(JPMJPR15Q7)(田野井)」の支援により実施されました。また本研究の実施期間においてご支援いただいたSUNBOR SCHOLARSHIP(栗田:博士課程)に厚く御礼申し上げます。

発表雑誌

雑誌名
「Plant, Cell & Environment」(オンライン版:2022年3月29日)
論文タイトル
Visualization of phosphorus re-translocation and phosphate transporter expression profiles in a shortened annual cycle system of poplar.
著者
Yuko Kurita, Satomi Kanno, Ryohei Sugita, Atsushi Hirose, Miwa Ohnishi, Ayumi Tezuka, Ayumi Deguchi, Kimitsune Ishizaki, Hidehiro Fukaki, Kei’ichi Baba, Atsushi J. Nagano, Keitaro Tanoi, Tomoko M. Nakanishi, Tetsuro Mimura
DOI番号
10.1111/pce.14319
アブストラクトURL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/pce.14319

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 助教 栗田悠子
E-mail:kuritayuko<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 転流
古い葉から新しい葉へ、または葉から枝へなど、一度土壌から吸収されて各器官へ分配された栄養素が再び他の器官へ輸送されることを“転流”と呼びます。植物は個体内で転流を行うことで、貴重な資源であるリンなどの栄養素をリサイクルし効率的に利用することができます。
注2 放射性同位体イメージング

放射性同位体元素から放出される放射線を検出することで、与えた元素が生体内のどこに存在するのかを調べる手法。そこから元素の生体内の輸送過程を明らかにすることができます。