発表者
堤 隼馬 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士研究員(当時))
森脇 由隆 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)
寺田 透 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
清水 謙多郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)
新家 一男(産業技術総合研究所 上級主任研究員)
勝山 陽平 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
大西 康夫 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)

発表のポイント

  • X線結晶構造解析と計算科学を利用して、酵素によるゲラニルピロリン酸メチル化反応の詳細が初めて明らかになりました。
  • タンパク質の構造に基づいた酵素機能改変により、ファルネシルピロリン酸をメチル化する新たな酵素を創出しました。
  • この酵素はテルペノイドと呼ばれる化合物群の構造多様性の増大に貢献できます。

発表概要

 テルペノイドは、天然物の中で最も大きな分類であり、様々な生物活性を持つ化合物(クスリになる化合物)がこの分類に属します。テルペノイドは炭素数5 (C5) のイソプレンユニットから誘導される炭素数5×n (C5n) を基本として合成されますが、まれに、メチル化反応により炭素数6 (C6) や炭素数11 (C11) となる構成要素が作られ、テルペノイドの生合成に用いられる場合があります。東京大学と産業技術総合研究所の共同研究グループはベンザスタチンの生合成からGPPのC6位をメチル化することで、6-メチルゲラニルピロリン酸(6MGPP, C11)を合成する酵素(GPPC6MT、BezA)を見出していました。しかし、その詳細な反応機構は未解明でした。今回、同グループはX線結晶構造解析と計算科学を組み合わせることで、このGPPメチル化反応の詳細を明らかにしました。さらに、構造情報をもとに酵素に改変を加えることで、ファルネシルピロリン酸をメチル化する新規酵素の創出に成功しました。

発表内容

図1 6-メチルゲラニルピロリン酸合成酵素の反応
(拡大画像↗)


図2:X線結晶構造解析とQM/MM法により明らかになったBezAによるGPPメチル化の様子(拡大画像↗)

図3:アミノ酸置換によるBezAの基質特異性の合理的改変(拡大画像↗)

 テルペノイド (注1) は、天然物の中で最も大きな分類であり、様々な重要な生物活性を持つ化合物がこの分類に属します。テルペノイドの構造多様性は、炭素数5 (C5) のイソプレンユニットから誘導される炭素数5×n (C5n) のポリプレニルピロリン酸の環化反応とそれに続く酸化、メチル化などの修飾反応の多様性によって生じるのが一般的です。また、ポリプレニル鎖を芳香族化合物に転移するプレニル基転移酵素はテルペノイドと他の天然物骨格を融合させることで同様にテルペノイドの構造多様性を拡張することができます。
 しかし、最近の研究によりテルペノイドの生合成に通常とは異なる構成要素、すなわち、炭素数5×n (C5n) のユニット以外が用いられる例が複数報告されました。これらの構成要素はポリプレニルピロリン酸メチル化酵素により作られます。例えば、炭素数6のメチルイソペンテニルピロリン酸(C6)と炭素数11の2-メチルゲラニルピロリン酸(2MGPP、C11)は、それぞれジメチルアリルピロリン酸(DMAPP、C5)とゲラニルピロリン酸(GPP、C10)が直接修飾されることで合成されます。これらの珍しい構成要素は、テルペノイドの構造多様性を拡張することに寄与しています。
 東京大学醗酵学研究室と産業技術総合研究所が行った共同研究により放線菌が生産するベンザスタチン (benzastatin) の生合成からGPPのC-6位をメチル化することで、6-メチルゲラニルピロリン酸(6MGPP、C11)を合成する酵素(GPPC6MT、BezA)が発見されました[1]。この酵素はSアデノシルメチオニン (SAM) のメチル基をGPPのC-6位に移動させる反応を触媒します (図1)。しかし、この酵素を含む、ポリプレニルピロリン酸メチル化酵素の詳細な反応機構は明らかになっていませんでした。
 そこで、東京大学醗酵学研究室、東京大学生物情報工学研究室と産業技術総合研究所の共同研究グループはX線結晶構造解析 (注2) とQuantum Mechanics/Molecular Mechanics (QM/MM) 法 (注3) を組み合わせて、この酵素(GPPC6MT、BezA)の詳細な反応機構の解明に取り組みました。まず、X線結晶構造解析により明らかにしたBezAの構造に、基質となるGPPやSAMを分子モデリングによりはめ込みました。GPPの結合位置は類縁酵素についての統計的な手法と分子動力学法(注4)の組み合わせによって精度良く求められ、その後の生化学的な変異実験によってこれの妥当性を示しました。これにより得られた構造をもとにQM/MM法を用いて、SAMのメチル基がGPPに移動する様子を調べました (図2)。これにより、メチル基がGPPに移動したあとにBezAの170番目のグルタミン酸 (図2のE170) の側鎖のカルボン酸が中間体からプロトンを受け取り、塩基触媒 (注5) として働くことで反応が完結することがわかりました。実際、170番目のグルタミン酸をグルタミンに置き換えたところBezAは反応が進行しなくなりました。このことから、170番目のグルタミン酸側鎖のカルボン酸が反応に重要であることが示されました。
 次にこの酵素の基質認識の改変に取り組みました。BezAの基質格納ポケットの構造から、210番目のトリプトファンをより小さいアラニンに置き換えると、GPPより大きいファルネシルピロリン酸 (FPP) を基質として認識することができるようになると予想しました。実際にこのアミノ酸置換を酵素に導入したところ、このアミノ酸置換型BezAはGPPを全く認識せず、FPPのみを認識し、6-メチルファルネシルピロリン酸 (C16) を合成する酵素へと変化しました。これによりFPPの6位のメチル化酵素の創出に初めて成功しました。
 本研究によりグルタミン酸残基の側鎖のカルボン酸がポリプレニルピロリン酸メチル化の過程において塩基触媒として働くことが初めて明確になりました。また、構造情報を基盤として、BezAの基質認識の合理的な改変に成功しました。これらの研究を継続することで、酵素機能の改変を利用し、新しい化合物の生産が可能となり医薬品開発などに貢献できると期待されます。
【参考文献】
[1] H. Tsutsumi, Y. Katsuyama, M. Izumikawa, M. Takagi, M. Fujie, N. Satoh, K. Shin-Ya, Y. Ohnishi. Unprecedented Cyclization Catalyzed by a Cytochrome P450 in Benzastatin Biosynthesis. J. Am. Chem. Soc. 140, 6631-6639

発表雑誌

雑誌名
「Angew. Chem. Int. Ed. Engl.」
論文タイトル
Structural and Molecular Basis of the Catalytic Mechanism of Geranyl Pyrophosphate C6-Methyltransferase: Creation of an Unprecedented Farnesyl Pyrophosphate C6-Methyltransferase.
著者
Hayama Tsutsumi, Yoshitaka Moriwaki, Tohru Terada, Kentaro Shimizu, Kazuo Shin-Ya, Yohei Katsuyama, Yasuo Ohnishi
DOI番号
10.1002/anie.202111217.

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室 准教授 勝山 陽平
Tel:03-5841-5124
Fax:03-5841-8021
研究室URL:https://www.hakko.bt.a.u-tokyo.ac.jp
E-mail:aykatsuhko<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 テルペノイド
    炭素数5のイソプレンユニットを構成単位とする天然物の一群。香料であるメントールなどが有名だが、抗マラリア薬であるアルテミシニンに代表されるように医薬品資源としても有用な化合物群である。
  • 注2  X線結晶構造解析
    タンパク質の結晶にX線を照射し、得られた回折像を解析することで、タンパク質の立体構造を明らかにする方法。
  • 注3  QM/MM法
    量子力学計算と分子力学計算を組み合わせた分子シミュレーションの方法論。量子力学計算は精度が高いが、計算に時間がかかる。一方、分子力学計算は精度が低い一方、計算が早い。そこで、特に化学反応に重要な領域だけ量子力学計算で処理し、残りの領域を分子力学計算により処理することで、タンパク質のように巨大な分子においても計算を可能とする方法。
  • 注4  分子動力学法(MD法)
    原子または分子の運動をコンピューター上で再現し、その時間発展を解析するシミュレーション手法の一つ。タンパク質についての分子動力学法は、結合している基質、周囲に配置された水分子やイオンとともに、それらを構成する原子間のニュートンの運動方程式と電気的な相互作用を考慮することで、タンパク質の溶液中の動きを再現することができる。
  • 注5  塩基触媒
    水素原子が正に荷電した原子をプロトンと呼ぶ。プロトンを受け渡す化合物を酸、プロトンを受け取る化合物を塩基と呼ぶ。プロトンを受け取ることで化学反応の進行を加速させる化合物を塩基触媒と呼ぶ。