発表者
中里 一星(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程1年/ 日本学術振興会特別研究員DC1)
奥野 未来(東京工業大学 生命理工学院 博士研究員(当時)/久留米大学医学部医学科 助教)
周 暢(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程2年)
伊藤 武彦(東京工業大学 生命理工学院 教授)
堤 伸浩(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)
竹中 瑞樹(京都大学大学院理学研究科 准教授)
有村 慎一(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)

発表のポイント

  • モデル植物シロイヌナズナにおいて、細胞当たり数十から百個ほどあるミトコンドリアゲノムコピーの全てで、標的の一塩基の書換えに初めて成功しました(図1)。
  • 以前開発した植物ミトコンドリアゲノム編集技術と比べて、ゲノム構造の大きな変化を伴わない精緻なゲノム改変が達成されました。
  • 植物ミトコンドリアゲノムの基礎研究に役立つ可能性があり、またミトコンドリアゲノムを利用した作物品種改良のための基盤技術になり得ます。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の中里一星大学院生と有村慎一准教授らのグループは、モデル植物(注1)シロイヌナズナのミトコンドリアゲノム約36万7千塩基対のうち狙った1塩基対のみを、細胞当たり数十から百個ほどあるミトコンドリアゲノムコピーの全てで置換することに成功しました。以前、有村准教授らのグループが開発した植物ミトコンドリアゲノム安定改変法(DNA切断タンパク質を用いてミトコンドリアゲノムの狙った箇所を切る方法)では、狙った箇所を中心に数百から数千塩基対の長さの欠損が生じ、また遺伝子の並び順が変わるなど、ゲノム構造の変化を引き起こしてしまうことが問題になっていました。今回報告する標的一塩基置換法では、このようなゲノム構造の変化は生じず、従来法と比べて精緻なゲノム改変を達成することができました。本研究は、これまで不可能だったミトコンドリアゲノムの人為改変を利用した作物品種改良の基盤技術になることが期待されます。

発表内容

図1 本研究のイメージ図 Ⓒウチダヒロコ
ミトコンドリアゲノム約36万7千塩基対のうち、狙った1塩基対のみを置換する様子を表している。
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図2:塩基置換の流れ
まず、塩基置換タンパク質mitoTALECDの設計図となるDNAをシロイヌナズナの核ゲノムに導入した。そこから作られた一対の塩基置換酵素 (mitoTALECD) が、ミトコンドリア移行シグナル配列の情報に従ってミトコンドリアの中に輸送される。最終的に、シロイヌナズナのミトコンドリアゲノム約36万7千塩基対のうち標的の1塩基対のみを、細胞当たり数十から百個ほどあるゲノムコピーの全てで置換することに成功した。
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図3:ミトコンドリアゲノムの標的一塩基置換
mitoTALECD導入個体(上)では、ミトコンドリアゲノムの標的配列に塩基置換(C→T)が生じた。
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 植物の細胞内でエネルギー生産を担うミトコンドリアは独自のゲノムを有しており、そこにはエネルギー生産にとって重要な遺伝子が存在します。これらの遺伝子を改変して植物のエネルギー生産効率を高めることができれば、作物の収量が向上する可能性があるため、人口増加により生じている食糧供給問題の解消や、地球環境への負担の少ないバイオ燃料の供給増加に貢献できる可能性があります。陸上植物のミトコンドリアゲノムの安定改変は、2019年に有村准教授らのグループによって世界で初めて達成されました。これは、ミトコンドリア移行シグナル配列を付加した人工制限酵素platinum TALEN(注2、mitoTALEN)を用いて、ミトコンドリアゲノム上の狙った配列を切断する手法で、細胞当たり数十から百個ほどあるミトコンドリアゲノムの全てで標的配列の切断することができます。この方法には、ミトコンドリアゲノム上の遺伝子を破壊できるという利点がある一方で、狙った箇所周辺に数百から数千塩基対の長さの欠損が生じ、また遺伝子の並び順が変わるなど、ゲノム構造の変化を引き起こしてしまうという難点がありました。本研究では、このような難点を克服し、より精緻なミトコンドリアゲノム編集を達成しました。 本研究ではまず、ゲノム編集タンパク質mitochondria-targeted platinum TALE cytidine deaminase (mitoTALECD) の設計図となるDNAを、モデル植物シロイヌナズナの核ゲノムに導入しました。mitoTALECDは、platinum TALENのDNA結合部位(TALEドメイン)にミトコンドリア移行シグナル配列と、塩基置換酵素とを融合させたタンパク質です。植物の細胞内で作られたmitoTALECDタンパク質は、自身が持つミトコンドリア移行シグナルに従ってミトコンドリアの中へ運ばれると、二つのTALEドメインがミトコンドリアゲノム上の標的DNA配列に結合します。すると、二つのTALEドメインが結合した配列の間の、16塩基対の配列にある特定のシトシン (C) がチミン (T) という別のDNA塩基に変換されます。この方法を用いて、細胞当たり数十から百個ほどあると言われるミトコンドリアゲノムの特定のCが全てTに変換された植物体を得ることに成功しました(図2・3)。 導入した塩基置換は、調べた4系統全てで種子後代 (T2世代) に遺伝していました。この中には、親世代が核ゲノムに有していた人工DNA(ゲノム編集タンパク質の設計図となるDNA配列)を持たない可能性の高い個体も含まれました。 次に、mitoTALEN法で生じたミトコンドリアゲノム構造の変化が、mitoTALECDを用いたゲノム編集において生じたかどうかを調べました。導入した塩基置換を受け継いだT2世代のうち8個体でミトコンドリアゲノム全体の塩基配列を解読したところ、mitoTALEN法で生じたようなゲノム構造の大規模な変化は検出されず、さらにゲノム編集技術を用いる際に問題となるオフターゲット効果(注3)が総じて少なく、また一部のゲノムコピーにしかオフターゲット変異が起こっていないということも分かりました。これらの結果から、mitoTALECDを用いたゲノム編集では、ゲノム構造の変化を伴うことなく、標的塩基のみを高精度に置換できることが明らかになりました。 このゲノム編集技術を用いて、基礎科学研究へのデモンストレーション実験も行いました。植物ミトコンドリアゲノム上の遺伝子の多くは、転写産物RNAの特定位置の塩基が置換されます(この現象をRNA editingと言います)。我々は本手法を用いてミトコンドリアゲノムatp1遺伝子上のRNA editing標的塩基をDNAレベルで書き換える実験や、RNA editingを引き起こす酵素が結合する塩基配列領域を書き換える実験を行いました。これらの実験結果から、植物体の中で、ミトコンドリアゲノムの配列変化がそのゲノム遺伝子の発現様式に与える影響を解析できることが世界で初めて示されました。 本研究により、mitoTALECDタンパク質の設計図となるDNAをシロイヌナズナの核ゲノムに導入することで、ミトコンドリアゲノムの構造変化を引き起こすことなく、ミトコンドリアゲノム上の特定の塩基が置換された植物を作出できることが明らかになりました。本手法によって、タンパク質を構成するアミノ酸の種類を変えることや、タンパク質の長さを短くすることができるため、ミトコンドリアゲノム上の遺伝子の機能解析の高速化に貢献できる可能性があります。さらに、本手法は作物の農業的性質を強化するミトコンドリアゲノム上の塩基置換を調べるための貴重な手段になる可能性も秘めており、植物科学の基礎研究だけでなく作物品種改良にも役立つことが期待されます。
なお、本研究成果は、先進ゲノム支援(PAGS, 16H06279)、並びに科研費補助金(19H02927, 19KK0391, 20H05680)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
論文タイトル
Targeted base editing in the mitochondrial genome of Arabidopsis thaliana
著者
Issei Nakazato, Miki Okuno, Chang Zhou, Takehiko Itoh, Nobuhiro Tsutsumi, Mizuki Takenaka, and Shin-ichi Arimura
DOI番号
10.1073/pnas.2121177119
論文URL
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2121177119

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授 有村 慎一(ありむら しんいち)
E-mail:arimura<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 モデル植物
    生活環が短い、狭い空間で生育可能、ゲノムが解読済み、ゲノムが比較的単純で遺伝子操作しやすい等の理由により、研究でよく用いられる植物。シロイヌナズナは双子葉植物のモデル生物としてよく使用される。
  • 注2  人工制限酵素platinum TALEN
    TALENはtranscription activator-like effector nucleaseの略で、任意のDNA配列に結合し、その近傍のDNA配列を切断する酵素。platinum TALENは広島大学の佐久間哲史氏や山本卓氏らによって作られた改良型TALEN。
  • 注3  オフターゲット効果
    標的以外の配列が改変されてしまうこと。