発表者

関根  渉(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生)
上間 亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
神木  春彦(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:当時)
石田  大歩(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:当時)
松郷  宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教:当時)
村上   晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
堀本  泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • 米国の猫でH7N2ネコインフルエンザウイルスが流行し、人にも偶発的に感染しました。
  • H7N2ネコウイルスは、わずかな変異でヒト呼吸器細胞での増殖性が高まることがわかりました。
  • H7N2ネコウイルスには、新たなパンデミックの引き金になる潜在性があります。

発表概要

 ニューヨークのシェルターネコ500匹以上にH7N2ネコインフルエンザウイルスが感染し、呼吸器疾患をひき起こしました。獣医師を含む2名への感染も報告され、新たなパンデミックウイルスの出現が危惧されましたが、その後収束しました。今回、このネコウイルスが人の呼吸器で効率よく増殖するようになるためには、どういった変異が必要であるのかを調べました(図1)。ウイルスをヒト呼吸器培養細胞で連続継代したところ、ウイルス表面の糖タンパク質HANA(注1)に複数の変異が導入されました。そこで、リバースジェネティクス法(注2)で各変異ウイルスを作出し調べたところ、HA膜融合活性のpH要求性とHA-NA機能バランスをヒト呼吸器細胞のレセプター環境に適合させる変異が、その増殖性の獲得に重要であることがわかりました。今回見つかった変異は、今後のウイルスモニタリングなどに高く貢献することが期待されます。

発表内容

2016年から2017年にかけて、米国・ニューヨークのシェルターネコ500匹以上にA/H7N2低病原性鳥インフルエンザウイルスに由来するH7N2ネコインフルエンザウイルスが感染し、呼吸器疾患をひき起こしました。獣医師を含む2名への感染も報告され、軽い呼吸器症状がみられました。新たなパンデミックウイルスの出現が危惧されましたが、その後収束しました。今回、このネコウイルス(A/feline/New York/WVDL-14/2016:ウイスコンシン大Toohey-Kurth博士より分与)が人の呼吸器で効率よく増殖するようになるメカニズムを調べる目的で、ウイルスをヒト呼吸器A549細胞で連続継代することで、増殖性が1,200倍以上に上昇した3種類の変異ウイルスを回収しました。それらのゲノム全塩基配列を決定し親株と比較したところ、ウイルス表面の糖タンパク質HAのレセプター結合性を担うヘッド領域および膜融合活性を担うストーク領域に変異が認められました(図2)。一方、ウイルスの細胞からの遊離を担うNAの膜貫通領域にも変異がみられました。他の遺伝子分節には変異がありませんでした。次に、リバースジェネティクス法で各変異ウイルスを作出しそれらの表現型を調べました。HAヘッド領域に変異を導入した組換えウイルス(rHA1-G99S, rHA1-N199S)はいずれも親株より増殖性のわずかな上昇がみられた一方、HAストーク領域に変異を導入した組換えウイルス(rHA1-H16Q, rHA2-I47T, rHA2-Y119H)では増殖性の大幅な上昇がみられました(図3)。さらに、NA膜貫通領域に変異を導入した組換えウイルス(rNA-I28S/L, rNA-Δ34-36)は中程度の増殖性の向上がみられました。各変異ウイルスの増殖性向上のメカニズムを検索した結果、HA膜融合活性のpH要求性(図4)とHA-NA機能バランス(注3)をヒト呼吸器細胞に適合させる変異が、H7N2ネコウイルスがヒト呼吸器細胞における効率的な増殖性を獲得するメカニズムとして重要であることがわかりました。今回同定されたこれらの変異は、パンデミック(注4)のサーベイランス予測を担うウイルスモニタリングに高く貢献することが期待されます。

 本研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤A:18H03971)の助成により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Viruses
論文タイトル
Adaptation of the H7N2 Feline Influenza Virus to Human Respiratory Cell Culture
著者
Wataru Sekine, Akiko Takenaka-Uema, Haruhiko Kamiki, Hiroho Ishida, Hiromichi Matsugo, Shin Murakami, Taisuke Horimoto
DOI番号
10.3390/v14051091
論文URL
https://www.mdpi.com/1999-4915/14/5/1091

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel:03-5841-5397
Fax:03-5841-8184
E-mail:taihorimoto<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 HAとNA
     A型インフルエンザウイルスのエンベロープ糖タンパク質には、赤血球凝集素(hemagglutinin: HA)とノイラミニダーゼ(neuraminidase: NA)がある。HAは、ウイルスの細胞への感染に必要なシアル酸レセプターへの結合とエンドソーム膜との膜融合活性を担う。一方、細胞表面のシアル酸をNAが消化することでウイルスが細胞から遊離する。
  • 注2 リバースジェネティクス法
     A型インフルエンザウイルスのゲノムRNA分節(PB2, PB1, PA, HA, NP, NA, M, NS分節)を合成する8種類とゲノムの転写・複製を担うタンパク質(PB2, PB1, PA, NP)を発現する4種類の計12種類のプラスミドを、同時に培養細胞に導入することでウイルスを人工的に作出する方法。ゲノムRNA転写プラスミドに変異を導入することで、任意の変異ウイルスを作出できる。
  • 注3 HA-NA機能バランス
     HAの細胞レセプターへの特異性・結合力とNAの細胞レセプター消化能のバランスは、ウイルスの増殖性、細胞特異性や宿主特異性を制御する重要な因子の一つである。
  • 注4 パンデミック
     A型インフルエンザウイルスの世界的大流行のこと。過去にはスペイン風邪(H1N1ウイルス)、アジア風邪(H2N2)、香港風邪(H3N2)、そして2019年の豚由来パンデミック(H1N1pdm)がある。人はH7ウイルスに対する防御抗体をもたないため、仮にH7N2ネコウイルスが効率よく人集団に感染・伝播する変異を獲得すると、新たなパンデミックの発生が危惧される。