発表者
カビール アハマド(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 博士課程3年)
家田 梨櫻(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 博士課程3年:研究当時)
細谷 将(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 助教)

発表のポイント

  • ゲノム中を動き回る性決定遺伝子を、フグ類の中にみつけた。
  • この遺伝子を取り囲む特殊なゲノム構造が原因で、この遺伝子は動き回らざるをえなかったという仮説を提唱した。
  • 本研究の成果は、性染色体が急速に置き換わるしくみの解明につながるとともに、これまで困難であった一部の水産生物の性判別マーカー開発(注1)に重要な指針をあたえる。

発表概要

図1 トラフグの仲間たち(一部) (© 長嶋祐成)
今回はトラフグをふくむ12種の近縁種を調べたが、その中の5種がこの絵に描かれている。
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図2 ゲノム中を動き回るフグ3類の性決定遺伝子
22本の染色体を模式的にしめした。緑色は多くのトラフグ属魚類がもつ性決定遺伝子Amhr2。赤色は、本研究で同定された転移性(転座性)の性決定遺伝子。この遺伝子をふくむ約100kbのゲノム領域は、クサフグ、ショウサイフグ、ナシフグにおいて、非常に似た遺伝子構成をもつが、そのゲノム上の位置は異なる。
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図3 性決定遺伝子と周辺遺伝子の構造
性決定領域(遺伝子複合体)はトランスポゾン様配列に挟まれており、この構造が遺伝子複合体全体の転移(転座)に関与した可能性がある。また性決定遺伝子に近接するオス特異的遺伝子は、オスの適応度増大に寄与した可能性がある。種間で相同な遺伝子をリボンでむすんだ。
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図4 性決定遺伝子が動き回る理由の推測
おそらく「最初は有利だが後に不利になる」という転移性の性決定遺伝子複合体がもつ性質が原因で、性決定遺伝子はゲノム中を移動し続け、その結果、性染色体がつぎつぎと置き換わってしまったのだろう。この移動する性決定遺伝子が祖先型の性決定遺伝子との競争に打ち勝ったことから、移動する性決定遺伝子に近接する遺伝子がオスの適応度増大に寄与したと想像できる。これが「最初は有利」ということである。「後に不利」とは、この領域が有害な反覆配列の蓄積をまねきやすい性質をもつことである。つまり、この性決定遺伝子複合体は、転移した先でただちに組換え率の低下をひきおこすので、反覆配列が蓄積しやすくなり、その結果、オスの適応度が下がってしまうのだろう。この有害反覆配列を除去するためには、性決定遺伝子複合体が再び転移する必要がある(転移したほうが有利)。
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 われわれヒトをふくむ哺乳類の性決定遺伝子は、1億年以上前に誕生してから今まで、同じ染色体上にあります。つまり、性染色体が1億年以上は保存されているということです。ところが哺乳類以外の多くの動物では、過去に何度も性染色体が置き換わっていることが最近わかってきました。しかし、この置き換わりのプロセスの詳細はほとんど不明です。トラフグはゲノム研究や性決定研究でよく知られている魚ですが、本研究ではその仲間11種を対象として、性染色体の置き換わりを調べました。その結果、3つの近縁種で染色体の置き換えが最近おきたこと、そして、その置き換えがゲノム中を動き回る性決定遺伝子によって引きおこされていたことが明らかとなりました。これまで、「動き回る性決定遺伝子」は稀で特殊なものと考えられてきましたが、実は多くの生物に存在していて、まだ、その遍在性が知られていないだけなのかもしれません。

発表内容

 われわれヒトをふくむ哺乳類の性染色体は、1億年以上保存されています。ところが、哺乳類以外の多くの脊椎動物では、過去に何度も性染色体が置き換わっていることがわかってきました。このプロセスを理解するためには、性染色体とその上にある性決定遺伝子の両方を、置き換わりの前後で比較しなければなりません。しかし、そういった研究報告は非常に少なく、2000万年以上前に分岐したメダカとその同属種の間で、比較例があるぐらいでした。
 なぜ、どのようにして性染色体は置き換わるのか?この大きな謎を解明するヒントをえるため、当研究グループは、フグの近縁種群を解析することにしました。
 トラフグはゲノム研究でよく知られている魚ですが、その雌雄が、抗ミュラー管ホルモン受容体遺伝子上(注2)にあるひとつのDNA塩基の差で決定されていることもよく知られています。さらに、多くの近縁種が200-400万年前とごく最近に分化していることも知られています(図1)。したがって、トラフグを中心とした近縁種たちは、性染色体の進化プロセスを解明するための良いモデル生物群になるのです。
 本研究ではトラフグをふくむ12種の近縁種を研究材料とし、遺伝的連鎖解析、遺伝的関連解析、全ゲノム配列構築、ゲノム多型解析といったさまざまな手法をつかって、性染色体の置き換わりについて調べました。
 その結果、3つの近縁種で性染色体が、それぞれ別の染色体に置き換わっていることが明らかになりました。これら3種の性染色遺伝子を詳細に調べたところ、驚いたことに、それらの性染色体はお互いに異なっているにもかかわらず、性決定遺伝子とその周辺の遺伝子は同じ(相同)であることがわかりました(図2)。つまり、染色体間を移動できる単一の性決定遺伝子(とその周辺領域)が染色体間を動き回ることで、性染色体の置き換えが引き起こされていたのです。
 この性決定遺伝子と近接する複数の遺伝子は、2つのトランスポゾン様配列(注3)に挟まれた構造のなかにあり、この構造がまるごと転座または転移したと考えられました(図3)。また、性決定遺伝子に近接する遺伝子たちはオスで何らかの有利な働きをしていると予想され、過去におきた性決定遺伝子間の競争(抗ミュラー管ホルモン受容体遺伝子 vs 新しい性決定遺伝子)において、新しい性決定遺伝子が以前の性決定遺伝子(つまり抗ミュラー管ホルモン受容体遺伝子)に取って替わる際に役立ったことが想像されます(図3と図4)。
 「動き回る性決定遺伝子」は、脊椎動物のなかではサケの仲間だけがもつことが知られており、これまでは稀で特殊なものと考えられてきました。しかし、実は多くの動物に存在していて、まだ、その遍在性が知られていないだけなのかもしれません。実際、植物にも「動き回る性決定遺伝子」があることが最近報告されています。
 本研究は、水産業への貢献も期待できます。現在、養殖魚介類の性判別法開発が世界中で盛んにおこなわれています。性判別ができれば、雌雄をわけた養殖や品種改良が可能となるからです。しかし、既存のゲノム配列情報やごく近縁な種のゲノム配列情報を利用しても、性判別マーカーがえられない魚種がいることが問題となっています。このような場合でも、本研究で示した手順にしたがうことで、性判別マーカーが効率的にえられる可能性があります。

【発表者一覧】 カビール アハマド*(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 博士課程3年)
家田 梨櫻*(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 博士課程3年:研究当時)
細谷 将*(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 助教)
藤川 大学(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 修士課程2年:研究当時)
渥美 九郁(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 修士課程2年:研究当時)
田島 祥太(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 修士課程2年:研究当時)
野澤 碧(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 特任研究員:研究当時)
小山 喬(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 博士研究員:研究当時)
平瀬 祥太朗(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 助教)
中村 修(北里大学海洋生命科学部 准教授)
門田 満隆(理化学研究所 生命機能科学研究センター 技師)
西村 理(理化学研究所 生命機能科学研究センター 技師)
工樂 樹洋(理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー:研究当時)
中村 保一(国立遺伝学研究所 情報研究系 教授)
小林 久人(東京農業大学 生物資源ゲノム解析センター 准教授:研究当時)
豊田 敦(国立遺伝学研究所 ゲノム・進化研究系 特任教授)
田角 聡志(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 特任助教:研究当時)
菊池 潔(東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 教授)
(*は同等寄与者)

発表雑誌

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(オンライン版の場合:6月3日)
論文タイトル
Repeated translocation of a supergene underlying rapid sex chromosome turnover in Takifugu pufferfish
著者
Ahammad Kabir, Risa Ieda, Sho Hosoya, Daigaku Fujikawa, Kazufumi Atsumi, Shota Tajima, Aoi Nozawa, Takashi Koyama, Shotaro Hirase, Osamu Nakamura, Mitsutaka Kadota, Osamu Nishimura, Shigehiro Kuraku, Yasukazu Nakamura, Hisato Kobayashi, Atsushi Toyoda, Satoshi Tasumi, Kiyoshi Kikuchi

問い合わせ先

東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所
TEL:053-592-2821
助教 細谷 将(ほそや しょう)
E-mail:ahosoya<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp ※<アット>を@に変えてください。
教授 菊池 潔(きくち きよし)
E-mail:akikuchi<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp ※<アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 性判別マーカー開発
     多くの魚種では、成熟前のメス個体とオス個体の形態が非常に似ており、雌雄を見た目で区別することはむずかしい。しかし、商品価値や遺伝的能力が雌雄間で異なる魚種も多く、雌雄をわけた養殖、親魚養成、品種改良の要望がある。この要望に答えるため、まず雌雄間でゲノム配列に差がある場所を探索し、次に、その雌雄差の中から、簡便に検出できる領域を選び出すという試みが盛んにおこなわれている。この一連の作業を「性判別マーカーの開発」という。
  • 注2 抗ミュラー管ホルモン受容体
     トラフグは、この受容体がメス型かオス型かによって、生殖腺が卵巣となるか精巣となるかが決まる(生殖腺の性が決まる)。一方で哺乳類の場合、この受容体に、卵巣となるか精巣となるかを決定する役割はなく、オス胎児においてミュラー管を退縮させる役割をもつ。
  • 注3 トランスポゾン
     細胞内でゲノム上の位置を移動する(転移する)DNA配列