発表者
内田 圭  (東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 助教)
岡崎 翌見 (北海道大学大学院環境科学院 博士前期課程学生)
赤坂 卓美 (帯広畜産大学環境生態学分野 助教)
根岸 淳二郎(北海道大学大学院地球環境科学研究院 准教授)
中村 太士 (北海道大学大学院農学研究院 教授)

発表のポイント

  • 100年規模の河川洪水で発生した倒木や流木(攪乱レガシー:注)が、河川砂礫堆における植物多様性の回復に寄与することを明らかにしました。
  • 攪乱レガシーからの距離が3m以内の調査プロットでは、それより離れたプロットよりも植物多様性の回復が顕著であることを示しました。
  • 今後、気候変動により洪水が増加することが予想されますが、そのような中、災害復興に当たって、撹乱レガシーとして流木や倒木を残置することの重要性を明らかにしました。

発表概要

図1 十勝川および札内川の河川洪水後の状況
攪乱レガシー(倒木・流木)の在/不在およびそれぞれで回復してきた植物種の写真を掲載している。攪乱レガシーが存在している砂礫堆では植物種が回復傾向にあり、不在の砂礫堆では植物種がほとんど回復してきていないことが見て取れる。
 (拡大画像↗)

図2 植物多様性と攪乱レガシー(倒木・流木)の在/不在および距離との関係
図から、2017年および2019年どちらの調査でも、攪乱レガシーが存在しており、距離が0m(レガシー直下)の区画で植物種数が顕著に高いことが示されている。植物多様性の指標は、調査区(1×1m)内に出現した全ての植物の種数である。
(図中のアルファベットは統計的に有意な差(< 0.05)があることを示している)
 (拡大画像↗)

 東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構の内田圭助教らは、北海道十勝川および札内川において、100年に1度の確率で起きる規模の河川洪水により発生した倒木・流木が、攪乱レガシーとして河川砂礫堆における植物多様性の回復に寄与するという仮説を検証しました。
 調査の結果、攪乱レガシーが残されている砂礫堆では、レガシー不在の対照区に比べて顕著に植物種数が多いことが明らかとなりました。また、この回復過程に寄与している植物は、主に多年生の在来種であることが明らかとなりました。以上のことから、大規模な洪水攪乱後には植物多様性が一時的に失われますが、その後の植物多様性回復に攪乱レガシーが重要な役割を担っていることが明らかになりました。
 近年、日本を含め世界中で気候変動による自然攪乱が頻発しています。そのような状況の中、自然攪乱を完全に防ぐことは難しく、気候変動への適応を考えていく必要があります。本研究は、自然攪乱で発生した倒木や流木(攪乱レガシー)が、生態系を回復させる機能を保持していることを明らかにしました。
 本研究成果は2022年6月13日(日本時間)に、国際科学誌「Journal of Environmental Management」の電子版に掲載されます。 なお、本研究の一部は、河川砂防技術研究開発公募による助成を受けて行われました。

 注:攪乱レガシーとは、洪水や火災など自然現象で生態系が攪乱されたのちに、生態系の中に残された遺産(レガシー)を指す。本研究では、発生した倒木・流木である植物遺体を攪乱レガシーとして定義している。

発表内容

 近年、各地で気候変動が要因と考えられる河川洪水が発生しています。2016年夏、北海道地域へ3つの台風(台風第9、10、11号)が上陸し、未曽有の河川洪水を引き起こしました。本台風に起因する豪雨によって、札内川および十勝川では、100年に1度の確率で起きる規模の大洪水が発生しました。その結果、河道内に生育する河畔林の多くが破壊され、倒木・流木が河川上流から下流へ流されました。洪水の後、それらの倒木・流木の一部は河川の砂礫堆(洪水敷)に堆積します。堆積した大径の倒木・流木は「不要な残骸」として認識されがちですが、生態系の回復に寄与する「攪乱レガシー」としての機能を発揮する可能性があります。世界的にも枯死した樹木が、生態系回復に重要な役割を担うことを裏付ける研究が増加傾向にあります。
 本研究では、十勝川および札内川において洪水で発生した倒木・流木(以後、攪乱レガシーとする)が、植物多様性の回復へ寄与するとの仮説を検証しました(図1)。調査では、砂礫堆に残った攪乱レガシーからの距離(0, 3, および10m)ごとに、洪水攪乱翌年の2017年秋から2019年夏まで3年間にわたり、倒木や流木(攪乱レガシー)の残されていない砂礫堆(対照区)と植物多様性の比較を行いました。
 その結果、攪乱レガシーが残されている砂礫堆では、対照区に比べて顕著に植物種数が多いことが明らかとなりました(図2)。また、植物種数の回復が特に顕著なのは攪乱レガシーの直下である0mでした(図2)。さらに、種数が特に回復したのは、多年生の在来種でした。以上のことから、攪乱レガシーは、大規模な洪水攪乱後、植物多様性を回復させる重要な生態系機能を持つことが考えられました。
 本研究で注目されるポイントは、これまで河川管理において、二次災害を引き起こす可能性から除去されてきた倒木・流木に代表される生物遺体が、生態系の中で果たす「生態系機能」を明らかにしたことです。近年、日本を含め世界中で気候変動による自然攪乱が頻発しています。将来、さらなる自然攪乱が頻発することが予想されています。そのような状況の中、自然攪乱を防ぐことのみならず、気候変動への適応を考えていく必要があります。本研究から、これまでの河川管理で実施されてきたように倒木・流木を全て取り除くのではなく、生態系の保全や回復のための攪乱レガシーとしてそれらを保持することの重要性が提案できます。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Environmental Management
論文タイトル
Disturbance legacy of a 100-year flood event: large wood accelerates plant diversity resilience on gravel-bed rivers
著者
Kei Uchida(責任著者), Azumi Okazaki, Takumi Akasaka, Junjiro N. Negishi, Futoshi Nakamura

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
助教 内田 圭(うちだ けい)
〒188-0002 東京都西東京市緑町1-1-1
Tel: 070-6442-9529
E-mail:uchida023<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp ※<アット>を@に変えてください。