発表者
貴田 大樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程:研究当時)
山崎 愛理沙(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程:研究当時)
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師 :研究当時)
小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
吉本 翔(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程:研究当時)
前田 真吾(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
中川 貴之(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
西村 亮平(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 犬の肝臓腫瘍は早期発見が難しく、診断された時点では進行していることも多い。本研究では、本疾患の罹患犬の尿中において、複数の脂質代謝物が増加していることを発見した。これらはバイオマーカーとして診断の役に立つ可能性がある。
  • 肝臓腫瘍と診断された犬の尿中には、炎症反応を引き起こす物質であるプロスタグランジン類の代謝物であるtetranor-PGEM、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、13,14-dihydro-15-keto-PGE2、tetranor-PGFM、20-hydroxy-PGF2a、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGD2 などが多く含まれていた。

発表内容

肝臓腫瘍は犬において発症の多い腫瘍の1つである。様々なタイプがあるが、その多く(約70%)は肝細胞癌である。犬の肝臓腫瘍の発症メカニズムは現在でも明らかにされていない。肝臓腫瘍の症状は、食欲不振、元気消失、体重減少、水を多く飲むなど様々である一方で、症状がでないことも多く、早期発見がむつかしい。進行した肝臓腫瘍では、肝機能の低下や嘔吐などより重篤な症状を引き起こす上に、外科手術による完全摘出ができないことも多く、予後が悪い。このため、他の腫瘍同様、肝臓腫瘍の予後には早期発見が非常に重要であり、これを早く簡単に診断するためのバイオマーカーの開発が求められてきた。

脂質はタンパク質や核酸とともに体を構成する主要な成分である。生体には10万種類以上の脂質分子とその代謝物が存在しており、体の状態に応じてその産生種や量が変化し、生理活性の調節に関与することが分かっている。近年質量分析装置の開発が進み、生体内で産生される多くの脂質の濃度を網羅的に測定することが可能となってきた。これらの背景を受け、本研究では、犬の肝臓腫瘍の尿中バイオマーカーの探索を目的に、肝臓腫瘍ができた犬の尿中脂質代謝産物の濃度測定を行った。

東京大学附属動物医療センターにて、肝臓腫瘍と診断された犬と、臨床上健康な犬から採取した尿を研究に用いた。尿を精製した後、検体中に含まれる脂質代謝産物を、高速クロマトグラフィー・質量分析装置(SHIMADZU LCMS-8060)を用いて網羅的に解析した。

本研究の尿検体から、全74種の脂質代謝産物が安定的に検出された。このうち、犬の肝臓腫瘍の尿において、以下の脂質の含有量が、健康な犬の尿と比較して有意に増加していた。

・炎症反応を引き起こすプロスタグランジン(PG)E2の代謝物tetranor-PGEM、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGE2、13,14-dihydro-15-keto-PGE2
・同じく炎症反応を引き起こすPGFやPGD2の代謝産物tetranor-PGFM、20-hydroxy-PGF2a、13,14-dihydro-15-keto-tetranor-PGD2
・必須脂肪酸の1つであるDHA、および、同じく必須脂肪酸であるEPAの酸化物8-iso-PGF3a
・強力な炎症誘発性脂質である血小板活性化因子(PAF)の前駆物質であるLyso-PAF

これらの結果から、犬の肝臓腫瘍においては炎症反応が起こっており、それに伴って尿に排泄される上記の脂質代謝物が尿中に多く排泄されることが分かった。本研究成果は、犬の肝臓腫瘍の病態生理の解明や、採血する必要なく肝臓腫瘍を診断できるバイオマーカーの開発に有用である。

発表雑誌

雑誌名
The Journal of Veterinary Medical Science
論文タイトル
Comprehensive profiling of lipid metabolites in urine of canine patients with liver mass
著者
Taiki Kida¶, Arisa Yamazaki¶, Tatsuro Nakamura, Koji Kobayashi, Sho Yoshimoto, Shingo Maeda, Takayuki Nakagawa, Ryohei Nishimura and Takahisa Murata*(¶は共同第一著者 *責任著者)
DOI番号
10.1292/jvms.22-0020
論文URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/advpub/0/advpub_22-0020/_article/-char/ja/

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。