発表者
高橋 裕(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
野口 惇(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程)
井上 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程)
佐藤 慎太郎(大阪大学微生物病研究所 ウイルス免疫分野 特任准教授:研究当時)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授)
小島 宏建(東京大学大学院薬学系研究科附属創薬機構 副機構長)
岡部 隆義(東京大学大学院薬学系研究科附属創薬機構 特任教授)
清野 宏(東京大学医科学研究所 粘膜免疫学部門 特任教授:研究当時)
山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授:研究当時)

発表のポイント

  • 株化細胞であるCaco-2細胞と比較して、ヒトiPS細胞由来小腸オルガノイドより調製した単層上皮細胞では、小腸上皮細胞に発現している遺伝子が適切なレベルで発現していることを見出しました。
  • オルガノイド由来単層上皮細胞では、薬剤代謝酵素の誘導、糖取り込み、カイロミクロン分泌といった、Caco-2細胞では評価困難な小腸上皮の機能を評価できることを示しました。
  • 既存薬、既知薬理活性ライブラリの化合物スクリーニングを行った結果、Caco-2細胞選択的に細胞毒性を示す化合物は抗がん剤が多く見出され、Caco-2細胞は正常な腸管上皮細胞というよりはがん細胞としての性質を反映することが示唆されました。

発表概要

 小腸は、糖や脂質といった栄養素や薬剤が体内で吸収される第一関門となる臓器であり、絨毛領域において小腸上皮細胞の大部分を占める吸収上皮細胞がその主な役割を果たします。外界と接する絨毛領域に存在する小腸上皮細胞は1週間程度で細胞死を起こし、陰窩に存在する小腸上皮幹細胞から分化した細胞が置き換わることで、臓器の恒常性が保たれています。従来、ヒト小腸上皮のモデルとしては、ヒト結腸腺がんから樹立された株化細胞であるCaco-2細胞が汎用されてきました。Caco-2細胞は、コンフルエントの状態で2週間以上培養すると吸収上皮細胞様の形質、特徴を示すことから、特に薬剤の透過、吸収を予測する上でのモデルとして有用であると考えられています。しかし、Caco-2細胞はがん細胞由来であるために染色体の異常が存在し、正常な小腸上皮細胞とは異なる形質を示します。その他にも、小腸で重要な役割を果たす遺伝子の発現が低い、逆に小腸ではほとんど発現が見られない遺伝子の発現が高い、といった複数の報告があります。そのため、正確なヒト小腸上皮細胞の機能を解明する上で、Caco-2細胞に代わるヒト小腸上皮モデルの樹立が切望されていました。そこで佐藤隆一郎教授、高橋裕助教のグループは、ヒトiPS細胞由来小腸オルガノイドに着目して研究を進めました。
 オルガノイド(注1)は臓器特異的な幹細胞およびその分化細胞から構成される三次元構造体であり、臓器としての性質を示すことから、従来の細胞株よりも高度に生理的なin vitroの培養モデルとして見なされています。小腸オルガノイドは、2009年にマウス、2011年にヒト由来のものが報告されて以来、様々な研究分野で実験材料として活用されています。オルガノイドは生体組織からだけではなく、iPS細胞などの多能性幹細胞から分化させることでも樹立することが可能です。ただし、オルガノイドは操作が煩雑な三次元培養を行う必要があることに加え、培地には非常に高価なサイトカインを必要とするため、これまでに我々はオルガノイドを安価で扱いやすくするための様々な方法を開発してきました(Takahashi et al., Stem Cell Reports 10: 314-328, 2018)。さらに破砕したオルガノイドを二次元培養することで、共培養や吸収評価を可能にする単層上皮細胞の樹立にも成功しています(Takahashi et al., EBioMedicine 23: 34-45, 2017)。しかし、これらの細胞が従来の培養モデルに比べて実際により生理的な機能を発揮するかについての解析はこれまでに実施していませんでした。本研究では、ヒトiPS細胞より分化させた小腸オルガノイドから調製した小腸上皮細胞の機能、性質をCaco-2細胞と比較し、オルガノイドおよびオルガノイド由来単層上皮細胞がCaco-2細胞よりも生理的に優れたヒト小腸上皮モデルになるという具体的な証拠を提示しました。

発表内容

本論文で行った、ヒト小腸オルガノイド由来上皮細胞を用いた細胞評価系の概略図
ヒトiPS細胞由来小腸オルガノイドから作製した小腸上皮細胞を用いることで、Caco-2細胞では実現できなかった、様々な小腸上皮細胞機能の評価が可能になった。(拡大画像↗)

 遺伝子発現解析の結果、ヒト小腸上皮において本来発現しておらずCaco-2細胞では高発現している遺伝子はオルガノイド由来単層上皮細胞で発現せず、逆にヒト小腸上皮において高発現しているがCaco-2細胞ではほとんど発現していない遺伝子はオルガノイド由来単層上皮細胞で高発現していることが分かりました。次に単層上皮細胞で高発現していた遺伝子の一つ、核内受容体PXR(pregnane X receptor)に着目しました。PXRは肝臓、小腸においてCYP(cytochrome P450)3A4の発現誘導を制御するため、ヒトPXRリガンドであるリファンピシンを用いたCYP3A4誘導の評価を行いました。単層上皮細胞においてリファンピシンは濃度依存的にCYP3A4の発現を顕著に誘導しましたが、Caco-2においては誘導しませんでした。この結果は、CYP3A4プロモーターを用いたレポータージーンアッセイにおいても同様でした。また、Caco-2細胞では小腸上皮における糖輸送体であるSGLT1(sodium/glucose cotransporter)の発現が低いことが報告されているため、SGLT1を介した糖輸送に着目しました。単層上皮細胞において、SGLT1のmRNA発現量はCaco-2細胞よりも高く、放射線同位体標識の基質を用いた実際の糖取り込み活性についても、同様の結果が得られました。さらにCaco-2細胞では脂肪酸負荷した際の脂質輸送能が低いとする報告があるため、カイロミクロン(注2)分泌に着目しました。カイロミクロン分泌に関与する遺伝子発現量を比較したところ、MTP(microsomal triglyceride transfer protein)の発現量がCaco-2細胞では低く、単層上皮細胞で高いことが分かりました。カイロミクロン分泌を反映するApoB-48のタンパク質量を調べたところ、単層上皮細胞においては脂肪酸負荷した際に増加したApoB-48分泌量はMTP特異的阻害剤処理により顕著に減少した一方で、Caco-2細胞においては脂肪酸負荷によるApoB-48分泌量の増加は見られず、MTP阻害剤処理による抑制も見られませんでした。すなわち、単層上皮細胞を用いることでMTP依存的なカイロミクロン分泌を評価可能であることが明らかとなりました。さらに東京大学創薬機構が保有する既存薬および既知薬理活性ライブラリより化合物スクリーニングを行った結果、オルガノイドにおいてはほとんど毒性を示さず、Caco-2細胞選択的に毒性を示す化合物として、様々な作用機序を持つ抗がん剤が見出されました。したがって、Caco-2細胞は正常な小腸上皮細胞というよりはがん細胞としての性質を強く反映することが示唆されました。最後に、CYP3A4を誘導するリファンピシンを非添加もしくは添加条件でオルガノイドに対して細胞毒性を示す化合物のスクリーニングを行いました。その結果、リファンピシン添加条件で細胞毒性が顕著に減少する化合物として、フェンレチニドを見出しました。CYP3A4は薬剤などの低分子化合物を代謝し、その生理活性を変化させることが知られていますが、オルガノイド由来の細胞を用いることでCYP3A4代謝による生理作用の変化を予測し、生体内における薬剤や食品成分の真の生理活性をこれまでよりも正確に評価可能であることが示唆されました。本研究の結果は、オルガノイドおよびヒトiPS細胞から分化させたオルガノイド由来小腸上皮細胞が従来のヒト小腸上皮モデルであるCaco-2細胞よりも優れたモデルになり得ることを示しており、今後、本細胞を用いることで、ヒト小腸における未知なる生理機能の解明および新薬や機能性食品の開発に大きく貢献することが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
iScience
論文タイトル
Organoid-derived intestinal epithelial cells are a suitable model for preclinical toxicology and pharmacokinetic studies
著者
Yu Takahashi *, Makoto Noguchi, Yu Inoue, Shintaro Sato, Makoto Shimizu, Hirotatsu Kojima, Takayoshi Okabe, Hiroshi Kiyono, Yoshio Yamauchi, and Ryuichiro Sato *(*責任著者)
DOI番号
10.1016/j.isci.2022.104542
論文URL
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35754737/

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
助教 高橋 裕(たかはし ゆう)
Tel:03-5841-5179
Fax:03-5841-8029
E-mail:ayutaka<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
教授 佐藤 隆一郎(さとう りゅういちろう) (現 社会連携講座「栄養・生命科学」特任教授)
Tel:03-5841-5136
Fax:03-5841-8029
E-mail:roysato<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nls/

用語解説

  • 注1 オルガノイド
     臓器特異的幹細胞およびその幹細胞から分化した細胞群を含む細胞集団で、臓器に類似した構造、機能を有する。脳や腎臓、膵臓など、様々な臓器由来のオルガノイドが報告されている。オルガノイドは生体組織からだけではなく、多能性幹細胞からも分化誘導することが可能である。小腸オルガノイドには、小腸上皮幹細胞以外に、吸収上皮細胞、パネート細胞、杯細胞、腸内分泌細胞が含まれる。
  • 注2 カイロミクロン
     食事由来の脂肪酸から再合成されたトリアシルグリセロールを豊富に含む、小腸から分泌される低密度なリポタンパク質。1分子のカイロミクロンには1分子のApoB-48タンパク質が含まれる。血液循環中に血管内皮に存在するリポタンパク質リパーゼによって加水分解を受け、放出された脂肪酸は末梢組織に取り込まれた後、エネルギー源として蓄積もしくは消費される。トリアシルグリセロールを失ったカイロミクロンレムナントは、最終的に肝臓に取り込まれ、異化される。