発表者
門田宏太*1、神谷岳洋*2、杉浦大輔*3、鈴木孝征*4、中川強*1、蜂谷卓士*1
*1島根大学 *2東京大学 *3名古屋大学 *4中部大学

発表のポイント

  • 細胞膜プロトンポンプを根特異的に活性化させた植物は、貧栄養環境において、窒素、リン、カリウムなどの11種類の栄養元素のとりこみ量が増加することを明らかにした。
  • 細胞膜プロトンポンプを根特異的に活性化させた植物は、貧栄養環境において、地上部と根のバイオマスが増加することを明らかにした。
  • 近年、価格が高騰し、環境汚染の原因にもなっている化学肥料の使用量の削減が期待される。
  • 今後はゲノム編集技術(注5)を用いることで、低投入持続型農業(注6)に適した作物の開発への応用が期待される。

発表概要

 島根大学大学院自然科学研究科農生命科学専攻生命科学コースの大学院生・門田宏太、島根大学総合科学研究支援センターの蜂谷卓士助教、中川強教授の研究グループは、東京大学大学院農学生命科学研究科の神谷岳洋准教授、名古屋大学の杉浦大輔講師、中部大学の鈴木孝征教授との共同研究により、モデル植物であるシロイヌナズナ(注1)の細胞膜プロトンポンプ(注2)を根特異的に活性化させることによって、貧栄養環境(注3)での根の栄養塩吸収能力を高める技術を開発し、植物のバイオマス(注4)を増加させることに成功しました。
本研究成果は、国際学術誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」に6月30日にオンライン公開されました。
本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(C)[JP20K05771]、科学研究費補助金・基盤研究(B)[JP21H02087]、市村清新技術財団・植物研究助成の支援のもとで行われました。

発表内容

 研究の背景
 植物は窒素、リン、カリウムなどの栄養塩を根から吸収し、成長のために利用します。これらの栄養塩のとりこみには、細胞膜プロトンポンプのはたらきが重要とされています。植物の細胞膜プロトンポンプは水素イオンを細胞の中から外へ排出することにより、細胞膜内外で水素イオンの濃度勾配をつくり出します。この水素イオンの濃度勾配を利用して、窒素、リン、カリウムなどの栄養塩は輸送体やチャネルを介して細胞の外から中へとりこまれます。したがって、根の細胞膜プロトンポンプの機能を高めることによって、栄養塩の濃度が低い貧栄養環境においても、栄養塩を活発にとりこむことのできる植物を開発できると考えました。
 そこで、細胞膜プロトンポンプが常に活性化した性質をもつ細胞膜プロトンポンプ活性化株に着目しました。この株の細胞膜の内外には、高い水素イオンの濃度勾配がつくられるため、栄養塩のとりこみ能力の向上が期待されます。しかし、この株には、葉の気孔(注7)が常に開いたままになり、乾燥にさらされるとすぐに枯れてしまうという欠点がありました。そこで本研究では、接ぎ木技術(注8)を用いて、シロイヌナズナの野生株の根を細胞膜プロトンポンプ活性化株の根に置きかえることで、貧栄養環境での栄養塩のとりこみ能力に優れ、乾燥にも耐えられる植物の開発を目指しました。
研究の成果
 まずは、貧栄養条件で栽培した根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株と野生株について、地上部の成長を解析しました。その結果、野生株と比較して、根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株では、地上部の生重量と乾重量(バイオマス)がそれぞれ28%、31%ずつ増加することが明らかになりました。さらに、根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株では、葉の大きさも29%増加することがわかりました。
 次に、貧栄養条件で栽培した根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株と野生株について、地上部の栄養元素の量を分析しました。その結果、野生株と比較して、根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株では、地上部の窒素、カリウム、リンなどの11種類の栄養元素の含量が23-65%増加することも明らかになりました。
 最後に、貧栄養条件で栽培した根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株と野生株について、根の成長と栄養塩のとりこみに関与する輸送体遺伝子の発現量を解析しました。その結果、野生株と比較して、根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株では、根の生重量と乾重量がそれぞれ28%、23%ずつ増加することが明らかになりました。さらに、野生株と比較して、根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株では、根の硝酸イオン輸送体遺伝子のNRT2.1、カリウムイオン輸送体遺伝子のHAK5、広範囲の金属イオン輸送体遺伝子のIRT1のmRNA発現量が増加することが明らかになりました。
 以上の結果から、根特異的な細胞膜プロトンポンプ活性化株では、貧栄養環境における根の栄養塩吸収能力が向上した結果、バイオマスが増加したと考えられます(図1)。
今後の展望
 細胞膜プロトンポンプの遺伝子は多くの植物種に保存されています。したがって、ゲノム編集技術を用いてさまざまな細胞膜プロトンポンプ活性化作物を作成できる可能性があります。今後は本研究成果を応用展開することで、肥料投与を抑えた条件でも高い収量が得られるような低投入持続型農業への貢献を目指します。

発表雑誌

雑誌名
Biochemical and Biophysical Research Communications
論文タイトル
Root-specific activation of plasma membrane H+-ATPase 1 enhances plant growth and shoot accumulation of nutrient elements under nutrient-poor conditions in Arabidopsis thaliana
著者
門田宏太*1、神谷岳洋*2、杉浦大輔*3、鈴木孝征*4、中川強*1、蜂谷卓士*1
*1島根大学 *2東京大学 *3名古屋大学 *4中部大学

問い合わせ先

研究に関すること
島根大学総合科学研究支援センター
助教  蜂谷 卓士 (はちや たくし)
TEL: 0852-32-6288
FAX: 0825-32-6109
E-mail: takushi.hachiya@life.shimane-u.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授  神谷 岳洋  (かみや たけひろ)
TEL: 03-5841-5105
FAX: 03-5841-8032
E-mail: akamiyat@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

名古屋大学大学院生命農学研究科
講師  杉浦 大輔  (すぎうら だいすけ)
TEL: 052-789-4023
E-mail: dsugiura@agr.nagoya-u.ac.jp

中部大学大学院応用生物学研究科
教授  鈴木 孝征  (すずき たかまさ)
TEL: 0568-51-6369
FAX: 0568-52-6594
E-mail: cu35617@fsc.chubu.ac.jp

報道に関すること
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TEL: 0852-32-6603
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中部大学 学園広報部広報課
TEL: 0568-51-7638
E-mail: cuinfo@office.chubu.ac.jp

用語解説

  • 注1 シロイヌナズナ
     植物研究のモデル植物としてよく利用されている。利点として、全ゲノムが解読されている、世代時間が短い、実験室で扱いやすい、などが挙げられる。
  • 注2 細胞膜プロトンポンプ
     細胞膜を介した水素イオンの濃度勾配をつくり出すために、細胞の内側から外側に水素イオンを放出する一次輸送体のこと。植物において気孔の開口や栄養塩のとりこみなどに寄与する。
  • 注3 貧栄養環境
     窒素、リン、カリウムなどの栄養塩の濃度が低く、植物の栽培にあまり適さない環境のこと。
  • 注4 バイオマス
     生物資源(植物体)の量のこと。
  • 注5 ゲノム編集技術
     特定の遺伝子を狙って変化させることができる技術のこと。ゲノム編集作物として、高GABAトマトが有名である。
  • 注6 低投入持続型農業
     化学肥料の投与を最小限に抑えて、自然生態系のエネルギーを利用することで、環境への負荷をかけずに行う農業のこと。
  • 注7 気孔
     植物の葉の表皮にある小さな穴のこと。
  • 注8 接ぎ木技術
     2つの植物体を人為的につくった切断面でつなぎ合わせることで、1つの植物体にする技術のこと。本研究では5日齢のシロイヌナズナの胚軸部分を切断し、つなぎ合わせた。