発表者
清水 啓介(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
鈴木 道生(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • Zona Pellucida (ZP)ドメインを含む新規の貝殻基質タンパク質が遺伝子重複と新機能の獲得によって進化した。
  • ZPドメインは様々な機能を持つ基質タンパク質の複合体形成に関与する。
  • 本研究成果は、軟体動物の様々な貝殻微細構造の多様性創出機構の解明につながるだけでなく、タンパク質複合体を用いた新規の材料開発や炭酸固定技術開発への応用が期待できる。

発表概要

 貝殻には、炭酸カルシウム結晶と様々な基質タンパク質が含まれています。多くの基質タンパク質は軟体動物で独自に進化していることが知られていますが、その多様化のメカニズムはわかっていませんでした。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の清水啓介特任助教、鈴木道生教授と東京大学理学系研究科、沖縄科学技術大学院大学、三重県水産研究所の研究グループは、アコヤガイの貝殻に含まれる新規の貝殻基質タンパク質EGF-like(EGFL)をコードする遺伝子の進化的な起源を探るため、分子系統解析、ゲノム解析、遺伝子の発現解析を行い、EGFL遺伝子が二枚貝の翼形類の共通祖先においてEGFZP遺伝子の遺伝子重複(注1)によって進化したことを明らかにしました。また、EGFZPタンパク質に含まれるZPドメインの機能解析から、ZPドメインが他の貝殻基質タンパク質と複合体を形成していることを明らかにしました。

本研究は生物による鉱物形成の分子メカニズムや、それらの進化プロセスの解明だけでなく、新たな機能性材料の開発や炭酸固定の技術の開発などへの応用が可能と考えられます。

発表内容

図1:アコヤガイの貝殻(拡大画像↗)


図2:アコヤガイのEGFLタンパク質とEGFZPタンパク質の模式図(拡大画像↗)


図3:EGFLの進化のまとめ(拡大画像↗)

 軟体動物の貝殻には、炭酸カルシウムと少量の有機物が含まれています。特に、貝殻に含まれる基質タンパク質(以下、貝殻基質タンパク質)の多くは、軟体動物の中で多種多様な進化を遂げています。しかし、これらの基質タンパク質がどのような仕組みで進化したのかはよく分かっていませんでした。真珠をつくる二枚貝として知られるアコヤガイの貝殻は、真珠と同じように光沢のある真珠層と、真珠層の外側に光沢のない稜柱層の2層からなっています(図1)。発表者は、これまであまり注目されて来なかったEGF-like(EGFL)タンパク質に着目することで、新規の貝殻基質タンパク質が進化する仕組みを紐解くことにしました。
 EGFLタンパク質は、名前の由来となっているEGF-likeドメインと呼ばれる特徴的な配列が2つ連続的に並んでいます(図2)。巻貝の仲間であるナスビガイの貝殻の中に含まれているタンパク質の中にも、EGFLタンパク質と似たドメイン構造を持つタンパク質が知られていました。このタンパク質には、2つ並んだEGF-likeドメインのすぐ後ろにZona pellucida(ZP)ドメインと膜貫通ドメインがありました(以下、EGFZPタンパク質と呼ぶ)。EGFZPタンパク質と表に似たタンパク質がアコヤガイのゲノムデータベースからも見つかったため、EGFZPタンパク質とEGFLタンパク質のアミノ酸配列を比較したところ、EGFLタンパク質のEGF-likeドメインの後ろにZPドメインの痕跡が残っていることがわかりました(図2)。次に、EGFLタンパク質とEGFZPタンパク質の進化的な関係を調べることにしました。分子系統解析の結果、EGFドメインとZPドメインを両方もつタンパク質は冠輪動物(注1)の中で独立に何度も進化していたこと、EGFLタンパク質は軟体動物で独自に進化したEGFZPタンパク質と最も進化的に近い関係にあり、二枚貝の翼形類(アコヤガイやホタテ、カキ、イガイなどの仲間)の共通祖先において、EGFZPタンパク質から進化したことがわかりました。また、アコヤガイのゲノムを調べると、EGFL遺伝子とEGFZP遺伝子はすぐ隣に並んでいました(図3)。また、EGFL遺伝子とEGFZP遺伝子は貝殻の稜柱層を形成する外套膜の上皮細胞と、真珠層と殻皮を形成する上皮細胞で、それぞれ異所的に発現していることがわかりました(図3)。これらの結果から、偶然生じた遺伝子重複(注2)によって余分に増えた遺伝子としてEGFLができ、さらに遺伝子発現の調節領域にも突然変異が入ることで、異なる貝殻微細構造を作る領域で働く新しい機能が進化した可能性があることがわかりました。
 次に、私たちは貝殻形成におけるZPドメインの役割を調べることにしました。これまでに、ヒトを含む脊索動物のZPドメインを持つタンパク質はタンパク質同士の相互作用に関与していることが知られていました。そこで、軟体動物のEGFZPタンパク質に含まれるZPドメイン領域が貝殻に含まれる他の基質タンパク質と相互作用をして、複合体を形成している可能性を検証することにしました。アコヤガイのEGFZPタンパク質のZP領域だけからなるタンパク質を人為的に合成し、アコヤガイの貝殻の真珠層から抽出した基質タンパク質溶液と反応させることで、ZPドメインと特異的に結合している貝殻基質タンパク質だけを集めました。それらのタンパク質を質量分析(注3)によって分析した結果、特定の機能を持つタンパク質だけではなく、以前に私たちのグループが真珠層から発見した炭酸カルシウムと結合するタンパク質(Pifファミリータンパク質)や真珠層にある有機膜と結合するタンパク質(shematrin)、タンパク質分解酵素の阻害タンパク質(セリンプロテアーゼインヒビター)など、様々な機能を持つタンパク質と相互作用して複合体を形成している可能性が示唆されました。
 本研究により、貝殻基質タンパク質の進化機構と、貝殻基質タンパク質同士の相互作用による複合体形成機構の一端を明らかにしました。前者は、遺伝子重複後の新規機能の獲得が軟体動物における貝殻基質タンパク質の多様性創出機構の1つであることが明らかとなり、後者は、ZPタンパク質が機能の異なる様々な貝殻基質タンパク質の複合体を形成して炭酸カルシウム結晶の成長制御に関与している可能性が示唆されました。今後の研究により、複数のタンパク質の複合体による軟体動物の貝殻構造の多様性が生み出されるメカニズムの解明や、タンパク質複合体を用いた新素材開発や炭酸固定技術開発への応用も期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Molecular Biology and Evolution(オンライン版:7月7日)
論文タイトル
Evolution of EGF-like and Zona pellucida domains containing shell matrix proteins in mollusks
著者
Keisuke SHIMIZU, Takeshi TAKEUCHI, Lumi NEGISHI, Hitoshi KURUMIZAKA, Isao KURIYAMA, Kazuyoshi ENDO, Michio SUZUKI*
清水啓介1、竹内猛2、根岸瑠美3、胡桃坂仁志3、栗山功4、遠藤一佳5、鈴木道生1* 所属 1.東京大学 大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻、2. 沖縄技術大学院大学マリンゲノミクスユニット、3.東京大学 定量生命科学研究所、4.三重県水産研究所、5. 東京大学 大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 *責任著者
DOI番号
10.1093/molbev/msac148
論文URL
https://academic.oup.com/mbe/article/39/7/msac148/6633355

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 分析化学研究室
教授 鈴木 道生(すずき みちお)
E-mail:amichio<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
特任助教 清水 啓介(しみず けいすけ)
E-mail:k.shimizu.bio14<アット>gmail.com  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 冠輪動物
     旧口動物は冠輪動物と脱皮動物の二つに分類される。冠輪動物は脱皮をせず、原腸胚期のあとにトロコフォア幼生期を持つグループである。貝類などの軟体動物や、ゴカイなどの環形動物、シャミセンガイなどの腕足動物、サナダムシなどの扁形動物などが含まれる。脱皮動物は昆虫などの節足動物や線虫などの線形動物が含まれる。
  • 注2 遺伝子重複
     生物がゲノムを複製する際の複製ミスによって、1つまたは複数の遺伝子がまるごと2つに増えてしまう現象のこと。
  • 注3 質量分析
     イオン化した分子を質量により分離を行うことで、分子の質量を正確に測定する手法である。本研究では、ZPタンパク質と相互作用するタンパク質を同定する際に用いた。