発表者
陸   鵬(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
瀧口 沙希(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程:当時)
本田 裕佳(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程)
盧   翌(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
光井 太一(アピ株式会社)
加藤 真悟(アピ株式会社)
小寺 里奈(アピ株式会社)
降旗 一夫(東京大学大学院農学生命科学研究科先端機器分析室 学術専門職員)
張  迷敏(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
岡本  研(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
伊藤 英晃(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
鈴木 道生(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)
河野 宏行(アピ株式会社)
永田 宏次(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • スペイン、中国、オーストラリア産ビーポーレン各数年分について、品質管理のためのメタボローム解析(NMRとHPLCによる成分分析に基づく特徴づけ)を行いました。
  • NMRは低分子成分の定量分析に、HPLCは含有フラボノイドの特徴づけに有効でした。
  • 生産年により花粉源組成が変動したにもかかわらず、成分組成の年ごとの変動は小さなものでした。
  • スクロース、ヌクレオシド、アミノ酸、フラバノールの含量から原産国を特定することが可能でした。スペイン産とオーストラリア産のビーポーレンはスクロースとアデノシンを、中国産のビーポーレンはトリゴネリン、ウリジン、シチジンを多く含んでいました。また、中国産のみ酢酸が検出されました。

発表概要

 蜜蜂産品の一つ「ビーポーレン」は、ミツバチがはちみつと花粉を団子状に固めたもので、250種類以上の成分を含む高栄養価食品として注目を集めています。市販のビーポーレン製品は多花性であるため、成分組成のばらつきも大きく、品質評価のための普遍的な基準はありません。本研究では、スペイン、中国、オーストラリア産の11 種類のビーポーレンサンプルについて、品質管理のためのメタボローム解析(注1)[NMR(注2)とHPLC(注3)による成分分析に基づく特徴づけ]を行いました。NMRは低分子成分の定量分析に、HPLCは含有フラボノイドの特徴づけに有効でした。成分分析の結果、各国産のビーポーレンは生産年により花粉源組成が変動したにもかかわらず、成分組成の年ごとの変動は小さなものでした。生産国により、スクロース、ヌクレオシド、アミノ酸、フラバノールの含量に違いが見られました。スペイン産とオーストラリア産のビーポーレンはスクロースとアデノシンを、中国産のビーポーレンはトリゴネリン、ウリジン、シチジンを多く含んでいました。また、中国産のみ酢酸が検出されました。今回得られたビーポーレンサンプルの成分組成プロファイルは、ビーポーレンの品質評価のための普遍的な基準設定に寄与するものです。

発表内容

図1:ビーポーレン11種類のD2O抽出液を1H NMRを用いて定量測定し得られた22種類の溶質の濃度を示すヒートマップ[低濃度(緑)-平均(黄)-高濃度(赤)]。右上のスケールバーはヒートマップの色とZ-Scoreとの対応を示す。Z-Score = 0は濃度が平均値(μ)、Z-Score = ± 1は濃度が平均値 ± 1 x 標準偏差(μ ± 1 σ)、Z-Score = ± 2は濃度が平均値 ± 2 x 標準偏差(μ ± 2 σ)であることを示す。 (拡大画像↗)

1.背景と目的
 ビーポーレンは養蜂製品のひとつで、蜜蜂が花粉を集め唾液や花蜜等を加えて団子状に丸めたものである。古くから世界中で薬品や食品として用いられ、現代ではヨーロッパやアメリカを中心に栄養価の高い食品として消費されてきたが、近年日本でもスーパーフードとして注目が高まっている。ビーポーレンは特にタンパク質やビタミンを豊富に含み、アミノ酸やミネラル、核酸類、酵素、フェノール類、色素など250種類以上の生理活性物質を含有するとの報告がある。ポリフェノール類の豊富さはビーポーレンの特徴の一つで、これによる抗酸化活性に加え、抗菌、抗アレルギー、抗老化、抗炎症など様々な活性が報告されている。しかし、ビーポーレンの成分組成は花粉源となる植物に大きく依存することから、複数の植物由来の花粉が混在しているビーポーレン製品の場合、採取地の気候や時期により成分組成が変動するため、品質の安定性管理が問題となる。
 近年NMRを食品分析に応用した研究例が増加している。NMRは混合物のノンターゲット分析が可能であり、迅速に多成分を定量することができる。ただし、感度が低いために低濃度成分の検出には限界がある。HPLCによる成分分析の場合は、高い感度で微量成分も検出可能であるが、定量には成分の単離と標準試料による検量線の作成が必要となる。本研究では双方の特長を組み合わせ、ビーポーレン成分分析にNMRを適用し、加えてHPLCを用いてNMRでは観測することが難しいフラボノイド類の分析を行うことにより、複数生産国、複数年分のビーポーレン製品の成分組成の特徴付けを幅広く行った。

2.NMRによるビーポーレンの包括的成分分析
 異なる生産国(スペイン・オーストラリア・中国)および生産年(2015-2019年)のビーポーレン製品11種類を対象に分析を行った。抽出条件検討を行った結果、重水および重メタノールを溶媒とした各2種類の抽出液を調製し、NMR測定用サンプルとした。得られた1次元NMR(1H, 13C)および2次元NMR(DQF-COSY, HSQC, HMBC)スペクトルの解析と添加実験により、糖類、アミノ酸、有機酸、核酸類など24成分を同定した。1H NMRスペクトルの積分値からビーポーレン重水抽出液中の22成分を定量することにより、中国産ビーポーレンでは酢酸・トリゴネリン・ウリジン、オーストラリア産ビーポーレンではアデノシンが共通して多く含まれることなどを見出した(図1)。また、3ヶ国11種類のビーポーレンについて、NMRスペクトルを成分プロファイリングデータとし、多変量解析を適用してさらに分析した。ビーポーレン重水抽出液のNMRスペクトルを用いた主成分分析(PCA)では、ビーポーレン中で含量の多い糖類の情報を除き、アミノ酸や核酸類など微量成分の情報を用いることによって、スコアプロット上で同一生産国のサンプルを適切に分類することに成功した。ビーポーレン重メタノール抽出液のNMRスペクトルを用いたPCAでは、NMRスペクトル上で低磁場側に観測される、ポリフェノール等の芳香環を持つ成分の情報がビーポーレンの生産国ごとの特徴を表すことが示された。

3.HPLCによるビーポーレンのフラボノイド類分析
 3ヶ国11種類のビーポーレンを対象に分析を行った。ビーポーレンには、配糖体やアグリコンなど多様なフラボノイド類が豊富に含まれるため、本研究ではHPLCを用いて各化合物を分離し、UV検出により得られたクロマトグラムをフラボノイドのプロファイリングデータとして分析を行った。3波長のUV(360 nm, 330 nm, 285 nm)でそれぞれフラボノール、フラボン、フラバノンを検出した。その結果、特にスペイン産ビーポーレンでは多種類のフラボノールが含まれ、オーストラリア産ビーポーレンではフラボノイド総含量が高いことが明らかになった。また、生産年によって花粉源植物にばらつきのあるスペイン産に比べ、8割以上の花粉源植物が統一されたオーストラリア産と中国産ではフラボノイド組成が保持されていることが示された。このフラボノイドデータを用いたPCAでは、スコアプロット上で同一生産国のサンプルを適切にグルーピングすることに成功し、フラボノイド組成がビーポーレンの生産国ごとの特徴づけに有効であることが示された。

4.総括
 本研究は、ビーポーレンの成分分析にNMRを適用した最初の研究例である。NMRとHPLCを併用してビーポーレン製品を幅広く分析することにより、オーストラリア産ビーポーレンに特徴的な成分としてアデニン、中国産ビーポーレンに特徴的な成分として酢酸、ウリジン、シチジン、トリゴネリンを見出し、生産国ごとのビーポーレンの成分組成を特徴づけた。生産年ごとに花粉源植物にばらつきのあるスペイン産ビーポーレンは、成分組成のばらつきが比較的大きかったが、プロファイリングデータを用いたPCAでは同一生産国として分類できたことから、本研究で用いた分析方法がビーポーレン製品の品質安定性評価に有用であることが示された。また、商業的規模のビーポーレン製品を対象としたことで、より実用性および応用性の高い知見が得られた。本研究の成果はビーポーレン製品の品質管理に役立ち、ビーポーレンの食品としての価値向上に寄与すると期待される。

発表雑誌

雑誌名
Food Chemistry: Molecular Science
論文タイトル
NMR and HPLC profiling of bee pollen products from different countries
著者
Peng Lu, Saki Takiguchi, Yuka Honda, Yi Lu, Taichi Mitsui, Shingo Kato, Rina Kodera, Kazuo Furihata, Mimin Zhang, Ken Okamoto, Hideaki Itoh, Michio Suzuki, Hiroyuki Kono, Koji Nagata*
DOI番号
10.1016/j.fochms.2022.100119
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666566222000478

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 永田 宏次(ながた こうじ)
〒113-8657 東京都文京区弥 1-1-1
Tel:03-5841-1117
E-mail:aknagata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
URL: http://park-ssl.itc.u-tokyo.ac.jp/fbsb/

用語解説

  • 注1 メタボローム解析
     生体試料に含まれる代謝物質の総体(すべて)をメタボローム(metabolome)と呼び、生体試料中の溶質分子の種類や濃度を網羅的に分析する手法のことを「メタボローム解析」あるいは「メタボロミクス」と呼ぶ。本研究では、ビーポーレン抽出液に含まれる化合物の総体がメタボロームであり、その成分を網羅的に分析した。
  • 注2 NMR
     NMRはNulear Magnetic Resonance(核磁気共鳴)のことで、MRI(Magnetic Resonance Imaging、磁気共鳴イメージング)と同じ原理に基づく分光分析法。本研究では、多成分からなる溶液試料中の各成分のモル濃度を定量するために用いた。
  • 注3 HPLC
     HPLCはHigh-Performance Liquid Chromatography(高速液体クロマトグラフィー)のことで、多成分からなる溶液試料中の各成分を、溶質分子の極性により分離する方法。