発表者
松浦  遼介(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 特任助教)
河村 有理沙(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 学術専門職員)
松本  安喜(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 准教授)
福島  隆史(カルテック株式会社要素開発部 部長)
藤本  和広(カルテック株式会社要素開発部 部長)
落合 平八郎(カルテック株式会社広報部 部長)
染井  潤一(カルテック株式会社 代表取締役社長)
間   陽子(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 特任教授)

発表のポイント

  • 酸化チタン型光触媒技術により、水中のレジオネラ・ニューモフィラを1時間で99.9%殺菌することに成功し、そのメカニズムは細胞膜へのダメージであることを世界で初めて証明しました。
  • 酸化チタン型光触媒は殺菌だけでなく、殺菌された後にも残存し、敗血症の原因にもなるエンドトキシンをレジオネラ・ニューモフィラにおいて分解することを世界で初めて証明しました。
  • 新型コロナウイルス感染症やエボラ出血熱と同じく新興感染症の一つであるレジオネラ症の原因となるレジオネラ・ニューモフィラを殺菌し、熱処理や薬剤処理では除去の難しいエンドトキシンを分解する酸化チタン型光触媒は水環境を清潔に保つために重要なツールであると考えられます。

発表概要

 現在、新型コロナウイルス感染症やエボラ出血熱、腸管出血性大腸菌感染症をはじめとする新興感染症は「感染症パニック」という言葉に代表されるように、生命と社会・経済に大きな打撃を与え続けており、その対策は急務となっています。その一つであるレジオネラ症は、水中で増殖するレジオネラ・ニューモフィラ(注1)が生活空間周辺の水環境、特に加湿器や温泉、シャワーなどから感染することで引き起こされます(図1)。レジオネラ症は時に致死率の高い(5-10%)重篤な肺炎を引き起こすため、レジオネラ・ニューモフィラの感染を防止すること、そのために水環境を清潔に保つためのツールの開発が極めて重要な課題となっています。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の間特任教授らは、光触媒技術(注2)を水質浄化へと応用するための研究の一つとして、10cmシャーレに酸化チタン型光触媒を塗布したガラスを置き、リン酸緩衝液中のレジオネラ・ニューモフィラを30ml加えて撹拌しながら、405nmの発光ダイオード(LED)で光触媒反応を誘起することで、1時間で99.9%のレジオネラ・ニューモフィラを殺菌しました(図2)。透過型電子顕微鏡観察により、細胞膜へのダメージが殺菌へとつながったことを証明し、世界で始めてレジオネラ・ニューモフィラの光触媒による殺菌メカニズムを明らかにしました(図3)。加えて、敗血症の原因になるエンドトキシン(注3)の光触媒による分解もレジオネラ・ニューモフィラにおいて初めて明らかにしました(図4)。
 光触媒技術は人体に無害な殺菌方法であることから、屋内の人がいる生活空間や、人が直接接する加湿器や温泉の水も安全に殺菌することができると考えられます。本研究成果は、時に人の命を脅かすレジオネラ・ニューモフィラの感染リスクの減少に寄与すると考えられます。

発表内容

図1:レジオネラ・ニューモフィラの生活環
レジオネラ・ニューモフィラは温泉やシャワーヘッド、加湿器などから感染することが報告されている。温泉やシャワーヘッド、加湿器などに混入したレジオネラ・ニューモフィラがアメーバに感染をし、アメーバ内で約1000倍に増殖をし、水中に放出される。水中に放出されたレジオネラ・ニューモフィラはエアロゾルとして空中に飛散し、呼吸によって吸い込むことで、肺胞マクロファージに感染をし、症状を引き起こす。(拡大画像↗)

図2:レジオネラ・ニューモフィラの光触媒による殺菌
①10cmシャーレに酸化チタン型光触媒ガラスを置き、30mlのリン酸緩衝液に懸濁をしたレジオネラ・ニューモフィラを加え、405nmのLEDで光触媒を誘起することで、レジオネラ・ニューモフィラを殺菌した。②光触媒反応により、時間依存的な力価の減少を示し、1時間で99.9%のレジオネラ菌を殺菌した。(拡大画像↗)

図3:レジオネラ・ニューモフィラの光触媒による形態変化
光触媒で処理したレジオネラ・ニューモフィラと未処理のレジオネラ・ニューモフィラの透過型電子顕微鏡写真の矢状面①と横断面②であり、バーの長さは500nmである。③低倍率の透過型電子顕微鏡写真で赤い矢頭は生きた菌を青い矢頭は死んだ菌を示し、バーの長さは2 µmである。④低倍率の透過型電子顕微鏡写真3枚中の死んだレジオネラ・ニューモフィラの数は光触媒処理群で有意に増加していた。⑤光触媒処理により、力価が99.6%減少したレジオネラ・ニューモフィラを透過型電子顕微鏡写真の撮影に用いた。(拡大画像↗)

図4:レジオネラ・ニューモフィラのエンドトキシンの光触媒による分解
①10cmシャーレに湿らせたろ紙を置き、その上にプラスチックチューブで上げ底をして、その上にカバーガラスを乗せ、カバーガラスの上に酸化チタン型光触媒を塗布したガラスシートを乗せ、そこにレジオネラ・ニューモフィラから抽出したエンドトキシンを乗せ、405nmのLEDで光触媒を誘起し、エンドトキシンの分解試験を行った。②Limulus Amebocyte Lysate法でエンドトキシン濃度を測定した結果、光触媒処理により81%減少していた。③銀染色により、エンドトキシンの検出を行ったところ、光触媒処理前のサンプルでは、15kDaから20kDaの分子量のバンドが確認されたが、光触媒処理前のサンプルではバンドは検出されなかった。④15kDaから20kDaの分子量のバンドの濃度を測定した結果、78%のエンドトキシンの減少が確認された。(拡大画像↗)

 1970年代以降、人類は後天性免疫不全症候群や、新型コロナウイルス感染症、エボラ出血熱、腸管出血性大腸菌感染症をはじめとする新興感染症の脅威にさらされ続けています。これらの新興感染症に対抗するための技術開発への関心が高まっており、ワクチン、抗生物質や薬、紫外線をはじめとする光技術などの様々な対策が盛んに研究されています。光触媒技術は人体に無害な殺菌・抗ウイルス素材として、非常に注目を浴びており、実際に、多くの微生物を殺菌できることが報告されています。また、グラム陰性菌を抗生物質や紫外線で処理した際に放出されることがある敗血症の原因となるエンドトキシンも光触媒は分解できることが報告されています。一方で、新興感染症であり、時に重篤な肺炎症状を引き起こすレジオネラ症の報告件数は検査法の開発・普及により増加傾向にあり、今年の大きな社会問題となっています(出典)。レジオネラ症を引き起こすレジオネラ・ニューモフィラは生活空間周辺の水環境、特に加湿器や温泉、シャワー、空調設備の冷却塔、循環式の浴槽、給油設備、貯水槽などから感染することが報告されています(図1)。具体的には、加湿器や温泉などにレジオネラ・ニューモフィラが混入し、アメーバなどに感染をして、水の中で増え、その後エアロゾルとして飛散したレジオネラ・ニューモフィラを、吸い込むことで、肺胞マクロファージに感染をします。そのため、生活空間周辺の水環境を清潔に保つことが感染防止の上で非常に重要になります。しかし、人が直接接する加湿器や温泉の水に多量の消毒剤を用いることは現実的ではありません。そこで、人体に無害な光触媒が注目され、実際にエアロゾル中や雨水中、流水中などのレジオネラ・ニューモフィラを殺菌する様々なアプリケーションが報告されています。一方で、レジオネラ・ニューモフィラにおける光触媒の不活化メカニズムは明らかになっておらず、レジオネラ・ニューモフィラのエンドトキシンを分解できるかも不明なままです。
 間特任教授らは、10cmシャーレに酸化チタン型光触媒をコーティングした5cm角のガラスを置き、30mlのレジオネラ・ニューモフィラ懸濁液を加え、405nmのLEDで光触媒を誘起して反応させることで(図2①)、懸濁液中のレジオネラ・ニューモフィラを1時間で99.9%不活化することを明らかにしました(図2②)。加えて、同グループは96.3%殺菌されたレジオネラ・ニューモフィラ(図3⑤)を用いた透過型電子顕微鏡解析により、光触媒反応によって、細胞膜の形態が変化すること(図3①)、細胞質が染色されなくなること(図3②)、これらの異常な形態をした菌の割合が29.5%から80.2%と有意に増加することを明らかにしました(図3③、④)。この電子顕微鏡による観察の結果は、光触媒が細胞膜にダメージを与え、細胞質の構成成分が流出し、これにより、レジオネラ・ニューモフィラが殺菌されたことを示唆します。本研究によって初めて、光触媒による細胞膜の損傷がレジオネラ・ニューモフィラの殺菌メカニズムであることが証明されました。続いて、光触媒によるレジオネラ・ニューモフィラのエンドトキシンを分解するかどうかを証明するために、図4①のような実験を行いました。10cmシャーレに湿らせたろ紙を置き、その上にプラスチックチューブで上げ底をし、その上にカバーガラスを乗せ、カバーガラスの上に酸化チタン型光触媒を塗布したガラスシートを乗せ、そこにレジオネラ・ニューモフィラから抽出したエンドトキシンを乗せ、405nmのLEDで光触媒を誘起して反応させました(図4①)。光触媒で処理したエンドトキシン濃度をLimulus Amebocyte Lysate法で測定した結果、エンドトキシンの力価が81%減少していました(図4②)。この光触媒で処理したエンドトキシンを銀染色によって検出すると、光触媒処理前のサンプルにおいて検出された15kDaから20kDaの分子量のバンドが、光触媒処理後のサンプルでは検出されませんでした(図4③)。このバンド濃度をデンシトメータ―で測定すると処理前に比較して78%まで薄くなっていました(図4④)。これらの結果から、確かに酸化チタン型光触媒は、レジオネラ・ニューモフィラのエンドトキシンを分解することが世界で初めて証明されました。
 光触媒反応は紫外線のように人体への有害な作用がないことが知られています。そのため、人が実際に生活している環境や人が直接接する水環境への応用が可能であり、生活空間周辺の水質浄化に寄与するものと考えられます。加えて、光触媒反応は一般的な不活化方法では除去することが難しいエンドトキシンも分解が可能であることから、より安全で安心な環境の創出につながると考えられます。
 本研究において、世界で初めて、光触媒技術の水中におけるレジオネラ・ニューモフィラの殺菌メカニズムを明らかとし、光触媒技術がレジオネラ・ニューモフィラのエンドトキシンを分解することが実証されたことは、レジオネラ症の感染防止のみならず、これまで光触媒による殺菌メカニズムが明らかとなっていない他の細菌の機序を示唆するものであり、光触媒のより幅広いアプリケーションへの応用が期待され、今後、ますます光触媒技術の社会への貢献度が増すと考えられます。

出典:
2022年4月14日 日本郵政株式会社プレスリリース「「かんぽの宿有馬」入浴施設に於けるレジオネラ属菌検出と感染症発生について」

発表雑誌

雑誌名
「Catalysts」(2022年8月11日)
論文タイトル
Rutile-TiO2/PtO2 Glass Coatings Disinfects Aquatic Legionella Pneumophila via Morphology Change and Endotoxin Degradation under LED Irradiation
著者
Ryosuke Matsuura, Arisa Kawamura, Takashi Fukushima, Kazuhiro Fujimoto, Heihachiro Ochiai, Junichi Somei, Yasunobu Matsumoto and Yoko Aida
※責任著者
DOI番号
10.3390/catal12080856
論文URL
https://www.mdpi.com/2073-4344/12/8/856

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 地球規模感染症制御学社会連携講座
特任教授 間 陽子(あいだ ようこ)
Tel:090-2314-5229
E-mail:yoko-aida<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
カルテック株式会社広報部
Tel:06-6244-0760
E-mail:info@kaltec.co.jp

用語解説

  • 注1 レジオネラ・ニューモフィラ
     新型コロナウイルス感染症やエボラ出血熱、腸管出血性大腸菌感染症と同様に新興感染症に分類されるレジオネラ症の主要な原因菌です。細菌寄生性のグラム陰性の桿菌であり、水場の原生生物(アメーバ)などに寄生をし、増殖をします。水中で増えたレジオネラ・ニューモフィラを含むエアロゾルを吸入することで、肺胞マクロファージに感染をします。
  • 注2 光触媒技術
     光触媒とは光を照射することにより、触媒作用を示す物質の総称であり、特に代表的な光触媒活性物質として、本研究でも用いた酸化チタンが知られています。酸化チタンは光を吸収することで、強い酸化還元反応を示すことが知られており、本研究では、この酸化還元反応を利用して、レジオネラ・ニューモフィラを殺菌しています。
  • 注3 エンドトキシン
     グラム陰性菌の外膜の構成成分の一つであり、敗血症などの原因物質の一つであり、極めて致死率の高い症状を引き起こすことから、化粧品や医療品などに混入しないように厳しく制限されています。