発表者
Luis Carrasco(東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻 海外特別研究員:当時(現 Descartes Labs, Applied Scientist in Sustainability))
藤田 剛(東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻 助教)
鬼頭健介(東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻 修士課程(2021年3月まで)) 
宮下 直(東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻 教授)

発表のポイント

  • 当研究科 生物多様性科学研究室のグループでは、島嶼部を除く日本全域を対象に、過去35年にわたる水田分布の変化を、5年単位で高解像度(30m四方)な地図化を行なうことに成功しました。
  • 数10m解像度の水田の広域地図は、2000年代より前のものがありませんでした。過去を対象とした解析では、データの欠損が多いために推定が困難だったためです。本研究では、Landsatデータの最小単位であるピクセルごとに統計量を推定する手法によって、欠損の多い過去のデータの解析も可能にしつつ、現在の大量のデータを要約する方法を提案しました。そして、水田を特徴づける田植え時期からの一時的な入水による光反射特性の変化に注目し、その光反射特性の季節変化に基づいて水田を識別することで、1980年代からの日本全域の水田分布を高解像度で地図化することに成功しました。
  • 今回の結果では、1985年から2019年までの区間を5年ごとに7つの年代に区切り、それぞれの水田分布を高解像度で推定しました。これにより、様々な年に行なわれた生物の分布調査データと対応させた生物多様性のトレンドを高い精度で推定することが可能になるとともに、ある地域で行なわれた農業政策が水田の増減におよぼした影響を推定可能になります。全国規模で進む耕作放棄や都市化による水田の消失とその影響を可視化し、減少が顕著な場所を特定するなど、農業政策や生物多様性保全の国家戦略の策定にも貢献できると考えられます。

発表内容

 当研究科 生物多様性科学研究室のグループでは、35年におよぶ全国の水田分布の変遷を高解像度(30m四方)で地図化し、その地図を閲覧できるアプリtambomaps.app(https://luiscartor.shinyapps.io/tambomaps/)を作成するとともに公開しました。
 温暖化による異常気象の増加や農業人口の減少が進む中、広域にわたる水田増減の地図化は、食料問題や地球環境問題に取り組むための重要な基礎資料となります。国土全域にわたって急速に進む耕作放棄や都市化によって、水田の分布は時々刻々と変化しており、その地図化には多くの困難がありました。
 Landsatなどの衛星画像は、こうした地表の急速な変化を比較的高い解像度で広域にわたって記録しており、広域の土地利用や植生分布の地図化に有効なデータであることは、広く知られています。しかし、衛星画像を用いて作成された数10m解像度の水田の広域地図は、世界的にみても2000年代以前の地図がありませんでした。過去を対象とした解析では、雲の被覆などによるデータ欠損が多いために推定が困難だったためです。加えて、近年を対象とした場合は、 データ量が多すぎて処理が困難で、データの一部のみを利用するなどの対策がとられており、蓄積されている画像 情報を充分に利用できていないという課題もありました。
 研究グループでは、水田を自然植生や他の農地から識別するために、水田の入水による地表面の光反射特性の季節変化に注目しました。この識別法を実行するためには、1年を通した光特性の変化パターンを把握する必要となるだけでなく、耕作時期の地域差が顕著なため特定の場所のデータ欠損により 推定が困難になるという課題にも取り組む必要性が生じました。こうした問題は、衛星データのより少ない過去ほど、深刻なものになります。
 それらの課題を解決する対策として、本研究では、Landsatデータの最小単位であるピクセルごとに統計量(中央値、パーセンタイルなど)を推定し、それらの値を基に地図化を行なう新しい手法を用いました。これによって、欠損の多い過去のデータの解析も可能になり、かつ、近年の大量のデータも要約しつつ地表面の光反射特性の季節変化を把握できるようになりました。加えて農業統計の農事暦データを県単位で組み込むことで、人の事情によって気候や地理と関係なく変化する水田の季節変化の地域差によって生じる水田の識別誤差を小さくしました。
 その結果、1985年以降の35年にわたる水田の地図化に成功し、全国ではこの期間で水田が23%減少した可能性があることなどを示しました。具体的には、 1985年から2019年までの区間を5年ごとに7つの年代に区切り、それぞれの水田分布を高解像度で推定しました。
 これにより、様々な年に行なわれた生物の分布調査データと対応させた生物多様性のトレンドを高い精度で推定することが可能になるとともに、ある地域で行なわれた農業政策が水田の増減におよぼした影響を推定可能になります。全国規模で進む耕作放棄や都市化による水田の消失とその影響を可視化し、減少が顕著な場所を特定するなど、農業政策や生物多様性保全の国家戦略の策定にも貢献できると考えられます。
 今回の推定結果のデータは、Mendeley データレポジトリと呼ばれデータベースで公開し (https://data.mendeley.com/datasets/v4xmd5kgck/1) 、tambomaps app というアプリケーション (https://luiscartor.shinyapps.io/tambomaps/)も作成し、専門家以外の多くの人にも分りやすい形でデータ利用を可能にしました。このアプリでは、日本全国から市町村よりもさらにくわしい範囲までのさまざまなスケールで、推定した7つの時期の地図を見ることできます。
 本研究成果は、2022年8月9日に科学誌「Journal of Photogrammetry and Remote Sensing」に掲載されました。本研究は、科研費「日本における大規模な農地景観の変化が鳥類の多様性と個体数におよぼす長期的影響 (課題番号: 20F30101)」の支援により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Photogrammetry and Remote Sensing
論文タイトル
Historical mapping of rice fields in Japan using phenology and temporally aggregated Landsat images in Google Earth Engine
著者
Luis Carrasco*, Go Fujita, Kensuke Kito, Tadashi Miyashita
DOI番号
10.1016/j.isprsjprs.2022.07.018
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0924271622001964?dgcid=author

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 生物多様性科学研究室
助教 藤田 剛(ふじた ごう)
Tel:03-5841-7542
E-mail:go<アット>es.a.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。