発表者
村上 晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
北村知也(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程院生:当時)
松郷宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教:当時)
上間亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任助教)
堀本泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • 日本のヒナコウモリおよびクビワコウモリからMERSコロナウイルスに近縁なウイルスを検出しました。
  • 今回検出したウイルスは、MERSコロナウイルスの受容体であるヒトDPP4は用いないことが示唆されました。
  • 日本にもMERSコロナウイルスと遺伝的に近縁なウイルスが複数存在することから、今後さらなるコウモリの持つウイルスの調査をするとともに、ヒトに感染するウイルスに変化する可能性について評価する必要があります。

発表概要

ベータコロナウイルスは、過去20年間でSARS、MERS、COVID-19と3回もヒトに致死的な感染症を引き起こしました。これらの原因ウイルスはコウモリ由来であると考えられていますが、その詳細はほとんど明らかになっていません。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻の村上晋准教授および堀本泰介教授らのグループは、日本国内のヒナコウモリ科に属するヒナコウモリとクビワコウモリから新規のコウモリのMERS関連コロナウイルスを検出しました。これらのウイルスは、中国で検出されたウイルスと系統的に最も近縁であることがわかりました。ウイルスのスパイクタンパク質上に予測されるウイルス受容体との結合モチーフをアラインメントした結果、日本のコウモリメルベコウイルスは、MERS-CoVがヒトに感染する際に受容体として用いるジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)に結合する特定のアミノ酸残基を有していないことがわかりました。本研究により、ヒナコウモリ科の複数種のコウモリがMERS関連コロナウイルスを保有していることが示されました。コウモリコロナウイルスに関するさらなる疫学・生物学的研究の必要性が強調される結果となりました。

発表内容

図1:日本で検出されたMERS関連コウモリコロナウイルスの進化系統樹 (拡大画像↗)
ウイルスゲノムの全長配列を用いて系統樹を作成しました。今回、検出したウイルスは赤字で示してあります。日本のウイルスは中国のウイルスと遺伝的に近いことがわかります。


図2:日本のMERS関連コロナウイルスの受容体結合モチーフ(拡大画像↗)
MERSコロナウイルスおよびその関連コロナウイルスのDPP4結合領域(RBM)にあるアミノ酸配列を比較しました。MERSコロナウイルスでヒトのDPP4と結合する部位のアミノ酸を赤い丸で示しています。今回検出した日本のウイルスはDPP4との結合に重要なアミノ酸残基はそのすべてが異なっているか欠損していることがわかります。

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)などのSARS関連コロナウイルス(サルベコウイルス)と中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)などのMERS関連コロナウイルス(メルベコウイルス)を含むベータコロナウイルスは、過去20年間にSARS、MERS、COVID-19と3回もヒトに致死的な感染症を引き起こしました。特に COVID-19は2019年のパンデミック以来いまだ終息が見通せず、社会的な大問題となっています。MERSは2012年の発生から2591人が感染し894人が死亡という高い致死率(34.5%)を示す感染症です。主な流行地はサウジアラビアなどの中東であり、現在も流行が続いています。MERSの原因ウイルスであるMERSコロナウイルスは、ヒトで検出されるウイルスとほぼ同一のウイルスが中東のヒトコブラクダからみつかっていること、MERSの患者の多くがヒトコブラクダとの接触歴があることなどからヒトコブラクダが感染源であることがわかっています。さらにヒトコブラクダやヒトのMERSコロナウイルスと非常に近縁なウイルスがアフリカのヒナコウモリ科のコウモリから複数検出されているため、コウモリを自然宿主とするウイルスがヒトコブラクダに侵入してMERSが発生したと考えられています。これまでに、アフリカだけでなく中国や香港といった東アジアでもコウモリからMERSコロナウイルスに近縁なMERS関連コロナウイルスが見つかっていますが、日本では見つかっていませんでした。
今回研究グループは、青森県、秋田県、岩手県、栃木県、埼玉県、東京都、長野県の12種のコウモリから276の糞検体を採取し、RT-PCRでコロナウイルスの遺伝子を検出しました。その結果、青森県、岩手県、埼玉県と東京都のヒナコウモリ(注1)と長野県のクビワコウモリ(注2)からMERSコロナウイルスに近縁なウイルスの遺伝子を検出しました。青森県、埼玉県と東京都のヒナコウモリのウイルス(それぞれVsCoV-a7、VsCoV-kj15、VsCoV-1)と長野県のクビワコウモリのウイルス(EjCoV-3)のゲノム全長配列を決定し、進化系統樹解析したところ、これらのウイルスはMERSコロナウイルスと同じベータコロナウイルス属メルベコウイルス亜属に属し、VsCoV-a7、VsCoV-kj15、VsCoV-1は中国のヒナコウモリから見つかったウイルスと同じクレードに属し、EjCoV-3は中国のGreat evening batと同じクレードに属することがわかりました(図1)。またMERSコロナウイルスとは別のクレードに属することもわかりました。次に、これら日本のウイルス(注3)がMERSコロナウイルスの受容体であるヒトDPP4(注4)と結合するかどうかをSタンパク質の受容体結合モチーフ(注5)の配列を比較することで推定しました(図2)。その結果、MERSコロナウイルスのSタンパク質がDPP4とコンタクトするアミノ酸残基とはすべて異なっており、日本のウイルスがヒトDPP4とは結合しないことが示唆されました。したがって、今回見つかった日本のMERS関連コロナウイルスはMERSコロナウイルスと同じメカニズムでヒトに感染する可能性は低いと考えられました。
 日本にもMERSコロナウイルスと遺伝的に近縁なウイルスが複数存在することから、今後さらなるコウモリの持つウイルスの調査をするとともにヒトに感染するウイルスに変化する可能性について評価する必要があります。

本研究は、AMED研究委託研究(k0108602)、JSPS科学研究費補助金(26252048、 18H03971)、東京大学農学創発基金(若手研究者支援事業)、日本科学財団笹川科学研究助成の助成により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Transboundary and Emerging Diseases
論文タイトル
Detection and genetic characterization of bat MERS-related coronaviruses in Japan.
著者
Shin Murakami#,*, Tomoya Kitamura#, Hiromichi Matsugo, Terumasa Yamamoto, Ko Mineshita, Muneki Sakuyama, Reiko Sasaki, Akiko Takenaka-Uema, Taisuke Horimoto*
#Contributed equally
*Corresponding authors
村上晋1、北村知也1,2、松郷宙倫1、山本輝正3、峰下耕作4、山宗樹4、佐々木玲子4、上間亜希子1、堀本泰介1 所属1.東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻、2.農研機構動物衛生研究部門、3. 岐阜県立土岐紅陵高等学校、 4.NPO法人コウモリの保護を考える会
DOI番号
10.1111/tbed.14695
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tbed.14695

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
准教授 村上 晋(むらかみ しん)
Tel:03-5841-5398
Fax:03-5841-8184
E-mail:shin-murakami<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ヒナコウモリ
     北海道、本州、九州、四国に分布する食虫性コウモリ。ヒナコウモリ科ヒナコウモリ属に属する。
  • 注2 クビワコウモリ
     東北南部、関東北部、中部に分布する食虫性コウモリ。ヒナコウモリ科クビワコウモリ属に属する。
  • 注3 スパイク(S)タンパク質
     コロナウイルスの粒子表面にあるとげ状のタンパク質。ウイルスが細胞に吸着し、侵入する際に使用する。
  • 注4 DPP4受容体
     ジペプチジルペプチダーゼ4 (DPP4: dipeptidyl peptidase 4)のことCD26とも呼ばれる。ウイルスのSタンパク質と結合して、ウイルスの細胞内侵入の足場となるタンパク質。通常は体の様々な細胞表面でみられ、細胞の信号伝達や炎症反応などにおいて様々な役割を果たしている。
  • 注5 受容体結合モチーフ(RBM: receptor-binding motif)
     Sタンパク質が受容体と結合するために重要なアミノ酸配列。