発表者
木田 美聖(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程)
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任講師:研究当時)
小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
下澤 達雄(国際医療福祉大学大学院医学研究科 医学専攻 教授)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 健常な人の尿と比較して、COVID-19患者の尿中には、炎症の誘発に関与するプロスタグランジンやトロンボキサンなどの代謝物が多く排泄されていることを発見した。
  • 一部の脂質代謝物の尿中濃度は、COVID-19の症状に反応して変化すると報告されている血漿中のフェリチン濃度と正の相関があった。
  • これらの発見はバイオマーカーとして診断や治療に応用できる可能性がある。

発表概要

COVID-19の猛威は依然として収まっておらず、経済や医療体制に大きな負担がかかっている。今後も周期的な感染拡大は否定できず医療現場に過度な負担をかけない形での、適切かつ迅速、簡便な診断や治療方法の開発が望まれている。ウイルス感染などにより組織が障害をうけると、ダメージをうけた細胞の膜から生理活性脂質が産生され、これが炎症反応を引き起こす。つまり、体外に排泄される生理活性脂質の濃度を見ることで、体内で起こっている炎症の質や程度を評価することができる。東京大学大学院農学生命科学研究科の村田幸久准教授と国際医療福祉大学大学院医学研究科の下澤達雄教授らのチームは、COVID-19患者の尿中に排泄される約200種類の生理活性脂質、濃度を網羅的に測定した。この結果健常な人の尿と比較して、患者の尿中には、炎症の誘発に関与するプロスタグランジンやトロンボキサンなどの代謝物が多く排泄されていることが分かった。またこれらの一部は、すでに報告されている血中の炎症マーカーであるフェリチンの濃度とも相関することが分かった。今後の引き続き研究が必要であるが、尿を用いた検査キットが開発できれば、家で簡便かつ迅速にCOVID-19症状の程度を評価することができるようになる可能性がある。

発表内容

図1:健常者とCOVID-19患者の尿中脂質検出値(濃度)
図の縦軸は質量分析におけるシグナル強度を示す(任意単位)。各患者における尿の脂質濃度をプロットで示す。また棒グラフはその平均値を示す。すべてp<0.01で、有意差があったものを示す。 (拡大画像↗)


図2:COVID-19患者の血漿中フェリチン濃度と尿中tetranor-PGEM値との相関
縦軸は各患者における血漿中のフェリチン濃度を、横軸は尿中のtetranor-PGEM検出値(濃度)を示す。血漿中フェリチン濃度が上昇するほど、尿中tetranor-PGEM濃度は上昇し、双方の濃度に正の相関が確認された。 (拡大画像↗)


図3:尿を用いたCOVID-19診断技術の開発(概要)(拡大画像↗)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、現在もなお世界的に終息のめどが立たない状況にある。COVID-19患者の症状は発熱や咳、味覚嗅覚異常、呼吸困難など多岐にわたる。COVID-19の症状が重篤な場合、患者は人工呼吸器を装着する必要があるが、その他大半の患者の症状は中等症以下であり、非医療機関での療養方法を確立していく必要がある。重症患者の治療や中等症以下の患者が急激に悪化した場合において、PCR検査やCTスキャン、血液検査を用いた診断が行われているが、非医療機関においても非侵襲的かつ経時的に症状の程度(病態)を把握できるバイオマーカーの開発が求められてきた。

脂質は生体を構成する主要な成分の一つであり、生体には10万種類以上の脂質分子とその代謝物が存在していると考えられている。脂質の産生量や種類は体の状態に応じて変化し、生理活性の調節に関与する。近年、COVID-19患者の肺胞洗浄液中で検出される脂質の組成が健常者のそれとは異なることが報告された。これはCOVID-19患者における炎症反応によって組織中の脂質産生が変化していることを示す。しかし肺胞洗浄液の採取は侵襲性を伴い、簡便に行うことはできない。そこで本研究では、簡便に採取できる尿を検体とし、含まれる脂質を網羅的に濃度測定することで、COVID-19患者特異的な尿中の脂質組成を見出すことを目的に研究を行った。

国際医療福祉大学成田病院において、RT-PCR法によってCOVID-19と診断された患者と同病院で健康診断を受診した健常者から尿を採取した。COVID-19患者は人工呼吸器を必要としない中等症以下の症状を呈する患者をリクルートした。尿を精製後、検体中に含まれる約200種類の脂質代謝産物の濃度を質量分析装置(SHIMADZU LCMS-8060)によって網羅的に測定した。

本研究で採取した尿標本中に21種の脂質代謝産物が安定的に検出された。このうちCOVID-19患者尿において、炎症性脂質としての報告があるプロスタグランジン(PG)E2やPGF2α、トロンボキサン(TX)A2の代謝物であるtetranor-PGEM(注1)、tetranor-PGFM(注2)、11-dehydro-TXB2(注3)、および必須脂肪酸の1つであるドコサヘキサエン酸(DHA)の含有量が、健常者の尿と比較して有意に増加していた(図1)。

COVID-19患者の病態進行を予測するには、血漿中CRP(注4)やD-dimer(注5)、プロカルシトニン(注6)、フェリチン(注7)などのマーカーが有用であることが先に報告されている。これらの血中マーカーと尿中脂質量との相関について解析したところ、10項目において有意な相関が見られ、そのうちtetranor-PGEMとフェリチンにおいて最も強い正の相関が見られた(図2)。

これらの結果から、COVID-19患者の尿中脂質代謝産物は健常者のそれとは異なっており、COVID-19の病態進行を反映する血中マーカーとの相関も見られることが分かった。

将来これらの脂質濃度が測定できる簡易キットが開発できれば、家でも簡単に尿を用いてCOVID-19の症状評価を行うことが可能になる(図3)。

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Medicine
論文タイトル
Urinary Lipid Profile of Patients with COVID-19
著者
Misato Kida¶, Tatsuro Nakamura¶, Koji Kobayashi¶, Tatsuo Shimosawa¶, Takahisa Murata¶*(¶は共同第一著者 *責任著者)
DOI番号
10.3389/fmed.2022.941563
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmed.2022.941563/full

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 tetranor-PGEM
     アラキドン酸がシクロオキシゲナーゼによって代謝されることで生じるプロスタグランジン(PG)E2の代謝産物。
  • 注2 tetranor-PGFM
     アラキドン酸がシクロオキシゲナーゼによって代謝されることで生じるプロスタグランジン(PG)F2αの代謝産物。
  • 注3 11-dehydro-TXB2
     アラキドン酸がシクロオキシゲナーゼによって代謝されることで生じるトロンボキサン(TX)B2の代謝産物。
  • 注4 CRP
     C-reactive proteinの略。炎症反応や組織の破壊が生じる時に血中に産生されるため、炎症性マーカーとして用いられる。
  • 注5 D-dimer
     血液凝固の指標として用いられる血中マーカー。
  • 注6 プロカルシトニン
     健康な人の血中には存在しないが、細菌などの感染により炎症性サイトカインが産生されると血中に放出されるようになるため、細菌性敗血症の診断マーカーなどに用いられる。
  • 注7 フェリチン
     鉄結合性タンパク質の一種。COVID-19において、血中フェリチン濃度の上昇はマクロファージ活性化症候群の特徴であり、重症度との相関が報告されている。