発表者
野口 惇(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 大学院生)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任准教授)
陸 鵬(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
高橋 裕(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)
佐藤 慎太郎(和歌山県立医科大学薬学部 教授)
清野 宏(千葉大学未来医療教育研究機構 特任教授)
岸野 重信(京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 准教授)
小川 順(京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 教授)
永田 宏次(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)

発表のポイント

  • γリノレン酸の腸内乳酸菌代謝物(γHYD、γKetoD)がPPARδのリガンドであることを発見しました。
  • 腸内乳酸菌によるγリノレン酸の飽和化がPPARδの活性化に重要であることを示しました。
  • ヒトiPS細胞由来小腸オルガノイドにおいてγHYD、γKetoDが脂肪分解を活性化し脂質蓄積を抑制することを示しました。

発表概要

 脂肪酸は体内のエネルギー供給源としてだけではなく、遺伝子発現などを制御するシグナル伝達因子として機能することが知られています。脂肪酸は、細胞膜上や核内に局在する脂肪酸受容体を介してシグナルを伝達します。腸内細菌由来の代謝物は、宿主の代謝や疾病発症に影響することが知られています。近年の研究で、腸内細菌は様々な脂肪酸代謝酵素を有しており、その種類により多彩な脂肪酸を産生することが明らかにされました。小腸において腸内細菌由来脂肪酸によるシグナル経路は、細胞膜上受容体を介した制御は報告されていましたが、核内の脂肪酸受容体に関する報告はありませんでした。今回、農学生命科学研究科応用生命化学専攻「栄養・生命科学」社会連携講座の清水誠特任准教授と佐藤隆一郎特任教授らのグループは、小腸に発現する核内受容体のスクリーニング実験を実施し、多価不飽和脂肪酸γリノレン酸の腸内乳酸菌代謝物(γHYD、γKetoD)がPPARδのリガンドであること、ヒトiPS細胞由来小腸オルガノイドにおいて脂肪酸分解の活性化を介して脂質蓄積を抑制することを明らかにしました。本研究により、腸内細菌由来脂肪酸の核内におけるシグナル伝達機構と、ヒト小腸の脂質代謝改善効果が解明されました。

発表内容

図:研究成果概略図(拡大画像↗)

 腸内細菌はヒト腸内においておよそ100兆~1000兆個存在し、宿主の代謝や疾病発症に影響することが知られています。腸内細菌は食事由来成分を様々な物質に変換し、宿主の代謝を制御します。小腸は、食事由来成分の吸収の場であると同時に腸内細菌が共存する場所であり、腸内細菌由来代謝物が高濃度存在することが想定されます。
 脂肪酸はエネルギー供給源としてだけではなくシグナル伝達因子としても機能します。脂肪酸シグナルは、細胞膜受容体(Gタンパク質共役型受容体GPR40、GPR120など)や核内受容体を介することが知られています。核内受容体は、ステロイドホルモンや脂肪酸など脂溶性物質をリガンドとする転写因子であり、様々な生体内代謝を制御します。核内受容体は哺乳類で48種存在し、各受容体に選択的なリガンドが報告されています。PPAR(peroxisome proliferator-activated receptor)は不飽和脂肪酸などをリガンドとする核内受容体で、3つのサブタイプ(α、γ、δ)が存在します。PPARδは小腸などにおける脂質代謝を制御することが知られています。これまで小腸における細胞膜受容体を介した腸内細菌由来脂肪酸のシグナル伝達は報告されていましたが、核内受容体については不明でした。清水誠特任准教授、佐藤隆一郎特任教授のグループは、小腸において、核内受容体を介した腸内細菌由来脂肪酸のシグナル伝達機構が存在する仮説を考えました。小腸に発現が認められ、脂肪酸で活性化され得る核内受容体(18種)と腸内乳酸菌由来脂肪酸(50種)を用いたスクリーニング実験を実施した結果、γリノレン酸由来脂肪酸(γHYD、γKetoD)がPPARδを強力に活性化することを見出しました。γHYD、γKetoDは、出発物質であるγリノレン酸と比較して約5倍のPPARδ活性化能を有していました。興味深いことに、このような現象は他の核内受容体では認められませんでした。PPARδ活性化機構を解析した結果、γHYDとγKetoDは直接PPARδに結合すること、飽和化反応により新たに形成された脂肪酸の部位がPPARδと新たな水素結合を形成することを明らかにしました。さらに、ヒトiPS細胞由来小腸オルガノイドを用いた解析の結果、γHYD、γKetoDは脂質代謝に関わるPPARδの標的遺伝子の発現を亢進し、脂肪酸分解の活性化、細胞内脂質蓄積を抑制することを見出しました。ヒト小腸オルガノイドでの機能が認められたことから、本研究で同定した脂肪酸が実際にヒト小腸で機能する可能性が強く示唆されました。

発表雑誌

雑誌名
The Journal of Biological Chemistry
論文タイトル
Lactic acid bacteria-derived γ-linolenic acid metabolites are PPARδ ligands that reduce lipid accumulation in human intestinal organoids.
著者
Makoto Noguchi, Makoto Shimizu*, Peng Lu, Yu Takahashi, Yoshio Yamauchi, Shintaro Sato, Hiroshi Kiyono, Shigenobu Kishino, Jun Ogawa, Koji Nagata, and Ryuichiro Sato*(*責任著者)
DOI番号
10.1016/j.jbc.2022.102534
論文URL
https://www.jbc.org/article/S0021-9258(22)00977-2/fulltext

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 社会連携講座「栄養・生命科学」
特任准教授 清水 誠(しみず まこと)
Tel:03-5841-8102
Fax:03-5841-8029
E-mail:amshimizu<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nls/
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 社会連携講座「栄養・生命科学」
特任教授 佐藤 隆一郎(さとう りゅういちろう)
Tel:03-5841-5136
Fax:03-5841-8029
E-mail:roysato<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nls/

用語解説

  • 注1 PPAR (peroxisome proliferator-activated receptor)
     不飽和脂肪酸などをリガンドとする核内受容体。3つのサブタイプ(α、γ、δ)が存在し、PPARαは肝臓、PPARγは脂肪組織、PPARδは小腸や骨格筋で脂質代謝に関わる遺伝子群の発現を制御します。
  • 注2 γHYD(13-hydroxy-cis-6,cis-9-octadecadienoic acid)、γKetoD(13-oxo-cis-6,cis-9-octadecadienoic acid)
     腸内乳酸菌による飽和化反応により、γリノレン酸の13位の炭素に水酸基(γHYD)もしくはケト基(γKetoD)が導入された脂肪酸。本研究により、核内受容体PPARδを強力に活性化することが示されました。
  • 注3 オルガノイド
     臓器特異的な幹細胞およびそれらの分化細胞群から構成される細胞集団で、臓器に類似した構造・機能を有しミニ臓器とも称されます。小腸オルガノイドには、小腸上皮幹細胞以外に、吸収上皮細胞、パネート細胞、杯細胞、腸内分泌細胞が含まれます。