発表者
渡辺 祥(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程)
須藤 優里(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程:研究当時)
牧野 巧(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程)
木村 聡(東京大学大学院農学生命科学研究科技術基盤センター 技術専門職員)
富田 憲司(東京大学大学院農学生命科学研究科技術基盤センター 技術専門職員)
野口 惇(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程)
櫻井 英俊(京都大学iPS細胞研究所 准教授)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任准教授)
高橋 裕(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)
山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)

発表のポイント

  • ヒトiPS細胞由来骨格筋細胞およびマウス骨格筋細胞から分泌されるエクソソームよりヒトとマウスに共通する骨格筋特異的なエクソソームマーカーを同定しました。
  • 骨格筋由来エクソソームの体内動態を解析し、骨格筋エクソソームが主に骨格筋組織内にとどまり、筋分化を促進する機能を有することを示しました。
  • 骨格筋エクソソームマーカーが骨格筋のバイオマーカーとして利用されることが期待できるほか、骨格筋エクソソームが筋再生に応用されることも期待されます。

発表概要

エクソソーム(注1)は、細胞が分泌する直径50〜150ナノメートル(注2)程度の非常に小さな小胞で、その中にはマイクロRNA(注3)をはじめとする生理活性を有する様々な分子が包み込まれています。細胞から分泌されたエクソソームは血液等を介して他の組織や細胞に運ばれ、輸送先の組織や細胞の機能を調節しています。しかしながら、各組織から分泌されるエクソソームを同定するマーカーはほとんど明らかになっていないため、血液中に放出されたエクソソームの由来を同定することは極めて困難です。東京大学大学院農学生命科学研究科の山内祥生准教授らのグループは、人体最大の臓器である骨格筋が分泌するエクソソームの体内動態や機能を明らかにするため、ヒトiPS細胞から分化誘導した骨格筋細胞とマウス骨格筋細胞が分泌するエクソソームを用いて、ヒトとマウスに共通する骨格筋由来エクソソームマーカーを同定するとともに、骨格筋エクソソームの体内動態を明らかにしました。さらに、骨格筋エクソソームが、骨格筋組織内で筋細胞の分化を誘導する機能を有することを見出しました。本研究で得られた成果は、骨格筋エクソソームのバイオマーカーとしての利用のほか、筋再生への応用にもつながることが期待されます。

発表内容

図1:骨格筋エクソソームの特徴および機能発現機構
骨格筋から分泌されるエクソソーム(細胞外小胞)には、筋特異的なタンパク質やマイクロRNAが含まれている。骨格筋エクソソームは、骨格筋組織内に蓄積し、筋分化を促進する機能を発揮すると考えられます。 (拡大画像↗)

 エクソソームには、マイクロRNAや機能性タンパク質などの重要な生理活性分子が内包されています。細胞から分泌されたエクソソームは、血液等の体液を介して他の臓器や細胞に運ばれ、受容した臓器や細胞の機能を調節することから、臓器間もしくは細胞間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たしています。また、エクソソームは血液や尿などの体液に含まれていることから、エクソソーム中の分子は、がん等の疾患を低侵襲で診断するバイオマーカーになると期待されています。一方で、全ての細胞や組織がエクソソームを分泌するため、一旦血液等に放出されると特定のエクソソームがどの組織に由来するかを同定することはほぼ不可能です。そのため、組織特異的なエクソソームマーカーを同定することは重要な課題になっています。骨格筋は体重の約40%を占める人体最大の臓器であり、血中エクソソームの主要な供給源となっている可能性があります。また、骨格筋は、糖尿病やフレイル、サルコペニア(加齢性筋萎縮)等で重要な役割を果たしており、超高齢社会において、骨格筋の状態を侵襲性の低い方法で評価する技術の開発は重要です。
 本研究では、骨格筋由来エクソソームマーカーを同定し、体内動態を解析するとともに、その機能を明らかにすることを試みました。まず、ヒトiPS細胞由来骨格筋細胞とマウス骨格筋細胞から分泌されるエクソソームを単離し、形態学的観察と生化学的解析から骨格筋細胞がエクソソームを分泌することを確認しました。さらに、これらの骨格筋細胞が分泌するエクソソームの定量プロテオミクス解析を行い、骨格筋に特徴的に発現する複数のタンパク質(ATP2A1,β-enolase,desminなど)が、骨格筋細胞が分泌するエクソソームに含まれることを明らかにし、これらのタンパク質が骨格筋エクソソームのマーカータンパク質となることを見出しました。
 次に、マウスの血液と骨格筋間質からエクソソームを単離し、同定した骨格筋エクソソームマーカータンパク質が含まれるか検討しました。その結果、骨格筋間質中のエクソソームに骨格筋エクソソームマーカーが多量に含まれることや、骨格筋間質にエクソソーム様の小胞が存在することを見出しました。一方、予想に反して、血液中に含まれる骨格筋エクソソームマーカータンパク質の量は想像以上に少なく、骨格筋は血中エクソソームの主要な供給源になっていないことが示唆されました。また、運動によって血中エクソソームが増加することが知られていたため、運動によって血中や骨格筋間質中に骨格筋エクソソームマーカーが増加するか検証しましたが、運動による変化は認められませんでした。以上の結果より、骨格筋はエクソソームを活発に分泌していますが、その大部分は骨格筋組織内に留まり、組織内で機能していると考えられました。
 最後に、骨格筋組織内での骨格筋エクソソームの機能を明らかにするため、骨格筋間質から単離したエクソソームに含まれるマイクロRNAを解析しました。その結果、骨格筋に特異的に発現するとともに筋分化に重要な役割を果たす複数のマイクロRNA(miR-1,miR-206,miR-431,miR-486)が骨格筋間質エクソソームに多量に含まれることを見出し、さらに骨格筋間質エクソソームが筋芽細胞の分化に重要なPax7遺伝子の発現を抑制し、筋分化を促進することを見出しました(図1)。
 骨格筋量を維持することは、健康寿命を延伸する上で極めて重要になっています。本研究では、人体最大の臓器である骨格筋が分泌するエクソソームのヒトとマウスに共通するマーカータンパク質を同定するとともに、骨格筋エクソソームが骨格筋組織内で筋細胞の分化を正に制御していることを明らかにしました。本研究成果より、骨格筋エクソソームの分泌を促進することで、筋再生が活性化される可能性が示されました。また、本研究で同定された骨格筋エクソソームマーカーが、血液などの体液中の骨格筋バイオマーカーとして利用されることも期待されます。
 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:19H02908,20H00408,22H02281)、並びに日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の支援により実施されました。

発表雑誌

雑誌名
PNAS Nexus
論文タイトル
Skeletal muscle releases extracellular vesicles with distinct protein and miRNA signatures that function in the muscle microenvironment
著者
Sho Watanabe, Yuri Sudo, Takumi Makino, Satoshi Kimura, Kenji Tomita, Makoto Noguchi, Hidetoshi Sakurai, Makoto Shimizu, Yu Takahashi, Ryuichiro Sato, Yoshio Yamauchi*(*:責任著者)
DOI番号
10.1093/pnasnexus/pgac173
論文URL
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgac173

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 食品生化学研究室
准教授 山内 祥生(やまうち よしお)
Tel: 03-5841-5179
Fax: 03-5841-8029
E-mail:yoshio-yamauchi<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/

用語解説

  • 注1 ナノメートル
     ミリメートルの100万分の1の単位(1ナノメートル= 100万分の1ミリメートル)。
  • 注2 エクソソーム
     細胞から分泌される直径50〜150ナノメートル程度の脂質二重膜から成る小胞で内部にマイクロRNAやタンパク質など様々な生理活性分子を含んでいる。
  • 注3 マイクロRNA
     タンパク質をコードしない、20〜25塩基の短い一本鎖RNA。マイクロRNAは、タンパク質をコードするメッセンジャーRNAに結合して翻訳を抑制する機能を持つ。