ジアゾ化を伴う新規芳香族アミノ基除去機構を放線菌二次代謝において発見
- 発表者
- 川合 誠司 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程1年、日本学術振興会特別研究員 DC1、2021年度研究科長賞)
萩原 亮太 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程 : 当時)
新家 一男 (産業技術総合研究所 上級主任研究員)
勝山 陽平 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
大西 康夫 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)
発表のポイント
- 亜硝酸生成酵素をコードする未知の天然物生合成遺伝子クラスターがアベナルミ酸 (avenalumic acid) 生合成を担うことを示しました。
- 遺伝子破壊実験と組換えタンパク質の試験管内での機能解析からアベナルミ酸の生合成経路が解明されました。
- 生合成経路の中に芳香族アミノ基をジアゾ化し、そのジアゾ基をNADPH由来の水素化物イオン (ヒドリド:H-) と置換することで、アミノ基を除去する反応が存在することが明らかになりました。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命工学専攻のグループはこれまでに、放線菌 (注1) が生産する複数のジアゾ基 (注2) 含有天然物の生合成研究に取り組んできました。その中で、ジアゾ基合成のために必要な亜硝酸をアスパラギン酸から作る独自の経路 (ANS経路) (注3) を明らかにしてきました。さらに、ゲノムデータベース上にはこの亜硝酸生成経路をコードする遺伝子を有する未知の天然物生合成遺伝子クラスター (注4) が多数存在することがわかりました。そこで本研究では、その中でもavaクラスターと命名した生合成遺伝子クラスターに着目し、異種生産実験からavaクラスターがアベナルミ酸 (avenalumic acid) の生合成を担うことを示しました。さらに、遺伝子破壊株の解析・組換えタンパク質を用いた試験管内酵素反応実験などからアベナルミ酸の全生合成経路を解明しました。この生合成経路中には、芳香族アミノ基をジアゾ化した後に、ジアゾ基にNADPH由来のヒドリド (注5) を転移させることで芳香族アミノ基を除去するという全く新しい反応が存在することが明らかになりました。
※本研究論文は、掲載誌においてHot Paperに選出されました。
発表内容
図1:これまでにANS経路を用いて生合成されると報告がある天然物の例。亜硝酸由来の窒素原子を赤で示しました。 (拡大画像↗)
図2:ava生合成遺伝子クラスター (A) とアベナルミ酸(avenalumic acid)の生合成経路 (B)。(拡大画像↗)
微生物が生産する天然物は構造多様性に富み、様々な生物活性を有することから医薬品や農薬、動物薬の原料として人類に利用されてきました。近年、このような天然物の特徴的な化学構造を合成する酵素の同定や機能解析に注目が集まっています。新しい化学反応を触媒する酵素を見つけ、その触媒機構を解明することで有用な化合物の創出に繋がると期待されます。
東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命工学専攻のグループはこれまでにクレメオマイシン (cremeomycin)1 やアラゾペプチン (alazopeptin)2といった放線菌 (注1) が生産するジアゾ基 (注2) 含有化合物の生合成研究を行ってきました。ジアゾ基はその反応性の高さから、天然物の構造中に存在することで、抗菌活性などの生物活性を付与することができます。これらのジアゾ基は、ANS経路 (注3) と命名された天然物生合成特異的な亜硝酸生合成経路から供給される亜硝酸をアミノ基に縮合することで合成されることが明らかになっています。また、これらの研究以後、他のグループから、このANS経路由来の亜硝酸が、ジアゾ基をはじめとする窒素-窒素 (N-N) 結合含有天然物の生合成に利用されているとの報告がなされています (図1)。さらに、ANS経路を構成するタンパク質をコードする遺伝子は多数の放線菌の未知天然物生合成遺伝子クラスター (注4) に存在していることから、ジアゾ基等のN-N結合を有する未知の化合物が天然には多数存在することが示唆されています。これらの生合成遺伝子クラスターの産物を同定し、その生合成経路を明らかにすることで、N-N結合を有する新規天然物の単離や、天然物生合成における亜硝酸の新たな役割に対する理解が深まることが期待されます。
そこで同グループは、産業技術総合研究所で単離された放線菌Streptomyces sp. RI-77株のゲノム中に存在する、ANS経路関連遺伝子を含む機能未知の生合成遺伝子クラスター (avaクラスターと命名) に着目しました。まず、avaクラスターの産物を同定するために、ANS経路を構成する2つの酵素をコードする遺伝子 (avaE, avaD) と生合成に関係ないトランスポーターをコードする遺伝子以外の全ava遺伝子を放線菌Streptomyces albusに導入した異種発現株 (S. albus-ava) を作製しました。亜硝酸ナトリウムを添加した培地でこの株を培養し、その代謝産物を解析したところ、S. albus-avaは亜硝酸ナトリウム添加時にだけアベナルミ酸 (avenalumic acid) を生産することがわかりました。また、亜硝酸ナトリウムを添加しなかった場合には、3-アミノアベナルミ酸 (3-aminoavenalumic acid; 3-AAA) のアミノ基がアセチル化された化合物 (Ac-3-AAA) が生産されました。Ac-3-AAAは3-AAAのシャント化合物 (細胞内の酵素による修飾を受けた本来の生成物ではない化合物) であると考えられることから、avaクラスターによるアベナルミ酸の生合成には亜硝酸依存的な芳香族アミノ基の除去機構が存在すると予想しました。
そこで、アベナルミ酸の生合成経路の全容を明らかにするため、S. albus-avaの遺伝子破壊株を複数作製し、代謝解析を行いました。アシルキャリアタンパク質をコードするavaA2の破壊株ではアベナルミ酸とAc-3-AAAの両者の生産が消失しました。酸化還元酵素をコードするavaA7と機能未知遺伝子をコードするavaBの破壊株は、両者ともアベナルミ酸を生産しました。既知のジアゾ化酵素と相同性を示すAvaA6の遺伝子破壊株は亜硝酸ナトリウム添加時にもアベナルミ酸を生産せず、Ac-3-AAAのみ生産したことから、芳香族アミノ基の除去反応にジアゾ化反応が関わっていることが示唆されました。
続いて、ava クラスター内の5遺伝子 (avaA1, avaA2, avaA3, avaA6, avaA7) を大腸菌にそれぞれ導入し、組換えタンパク質を生産・精製し、試験管内でその機能を解析しました。これらの結果を、遺伝子破壊株の代謝解析やバイオインフォマティクス解析の結果と合わせることで、アベナルミ酸の生合成経路の全容が次のように明らかになりました。まず、AvaHとAvaIにより合成された3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸 (3-amino-4-hydroxybenzoic acid; 3,4-AHBA) がAvaA1により活性化され、キャリアタンパク質であるAvaA3にロードされます。その後、高還元型II型ポリケタイド合成酵素 (注6) システムを構成するAvaA2, AvaA4, AvaA5, AvaA8により、ジエンが形成され、3-AAAへと変換されます。この際、伸長基質であるマロニル基の運搬をキャリアタンパク質であるAvaA2が担います。次にAvaA6が、ANS経路を構成するAvaE, AvaDにより合成された亜硝酸を、ATPを用いて活性化し、3-AAAのアミノ基に縮合させることでジアゾ化させ、3-ジアゾアベナルミ酸(3-diazoavenalumic acid; 3-DAA) を合成します。最後に、酸化還元酵素であるAvaA7が3-DAAのジアゾ基をNADPH由来のヒドリド (注5) に置換する反応を触媒し、アベナルミ酸が生合成されます (図2)。
本研究では、ゲノムデータベースに存在する生合成遺伝子クラスターを異種発現により解析することで、天然物として知られるアベナルミ酸の生産を担うavaクラスターを同定するとともにその生合成経路を解明しました。本研究で見出された、ジアゾ化を介したアミノ基の除去反応は天然物生合成経路においてこれまで報告例がなく、亜硝酸の新たな役割が明らかになったといえます。今回の発見で得られた知見を用いて、ANS経路に関連する天然物をさらに探索することで、新たな医薬品原料の発見等に繋がることが期待されます。
参考文献
- Yoshinori Sugai et al., (2016). A nitrous acid biosynthetic pathway for diazo group formation in bacteria, Nat. Chem. Biol., 12, 73-75.
- Seiji Kawai et al., (2021). Complete biosynthetic pathway of alazopeptin, a tripeptide consisting of two molecules of 6-diazo-5-oxo-L-norleucine and one molecule of alanine, Angew. Chem. Int. Ed., 60, 10319-10325.
発表雑誌
- 雑誌名
- Angewandte Chemie Internationl Edition(9月17日 オンライン公開, e202211728)
- 論文タイトル
- Bacterial Avenalumic Acid Biosynthesis Includes Substitution of an Aromatic Amino Group for Hydride by Nitrous Acid Dependent Diazotization
- 著者
- Seiji Kawai, Ryota Hagihara, Kazuo Shin-ya, Yohei Katsuyama, and Yasuo Ohnishi
- DOI番号
- 10.1002/anie.202211728
- 論文URL
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/anie.202211728
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室
准教授 勝山 陽平(かつやま ようへい)
Tel:03-5841-5124
Fax:03-5841-8021
研究室URL:https://www.hakko.bt.a.u-tokyo.ac.jp
E-mail:aykatsuhko<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
- 注1 放線菌
主に土壌中に生息する、グラム陽性細菌の一群のことを指します。原核生物としては高度な形態分化を示す他、ゲノムDNAのGC含量が高いことなどが知られています。また、抗生物質や抗がん剤として用いられている多くの医薬品の生産を担うことから、人類にとって極めて有用な細菌群でもあります。 - 注2 ジアゾ基
窒素原子2つからなる官能基 (=N+=N-)のことです。反応性が高いため、様々な化学反応の足場として利用されるほか、染料の原料などとしても利用されます。 - 注3 ANS経路
アスパラギン酸のアミノ基を酸化することで、ニトロコハク酸を合成し、さらにニトロ基を切り離すことで亜硝酸を合成する経路です。本経路を構成する2つの遺伝子のホモログ遺伝子を多数の放線菌が保有することが知られています。合成された亜硝酸は天然物の生合成においてジアゾ基などの窒素-窒素 (N-N) 結合の形成などに用いられることが明らかになりつつあります。 - 注4 生合成遺伝子クラスター
微生物のゲノムにおいて、多くの場合特定の天然物生合成遺伝子が一箇所にまとまって存在することが知られています。このような生合成遺伝子の集まりのことを生合成遺伝子クラスターと呼びます。 - 注5 ヒドリド
水素原子が一つの電子を受け取ってできた一価の陰イオン(H–)のことです。水素化物イオンとも呼ばれます。 - 注6 ポリケタイド合成酵素
酢酸ユニットを基本骨格として多様な構造を示す化合物の総称であるポリケタイドを合成する酵素のことを指します。アベナルミ酸はポリケタイド化合物の一種ですが、そのジエン構造の生合成を担うポリケタイド合成酵素は、高還元型II型システムという比較的珍しい酵素群に分類されます。